nakayanの公立高入試問題解説メモ

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中学歴史-明治時代1


明治時代のおおまかな流れ

五箇条の御誓文→廃藩置県→地租改正→日清修好条規→千島樺太交換条約
→日朝修好条規→西南戦争(西郷隆盛)→自由民権運動→内閣制度
→大日本帝国憲法→帝国議会→教育勅語→不平等条約の改正
→日清戦争→下関条約→三国干渉→日英同盟→日露戦争
→ポ-ツマス条約→韓国併合→辛亥革命


「五箇条の御誓文」
新政府が,政治の方針として定めた
「広ク会議ヲ興シ 万機公論に決スヘシ」
  意味:世論を大切にして政治を行うこと
「智識ヲ世界二求メ,大二皇基ヲ振起スヘシ」
  意味:外国の文化を取り入れ国を発展させること


「版籍奉還」
藩が支配していた土地と人民を朝廷(天皇)に返させたこと


「廃藩置県」
明治政府は、「中央集権国家を作るため」に藩を廃して府・県をおき
府知事や県令を派遣して地方の政治を行った
 江戸時代の「藩」は大名がそれぞれ独自に治めていたが、「廃藩置県」による
 府・県は派遣された役人が治めるようになった


「四民平等」
それまでの身分制度は廃止
国民はすべて名字を名のり,職業や居住地の自由を認められた。
ちょんまげをゆうことや,刀をさすことはしだいに廃止された。


富国強兵
欧米に負けない強い国を作るために、近代産業を育て、軍事力の強化を
しようとした。こういう政策を富国強兵


殖産興業
近代産業を育てることをめざして進めた政策
官営模範工場を作り近代産業を育てようとした
群馬県の富岡製糸場(生糸の生産)

日本の産業革命の中心は軽工業だった。当時の日本の軽工業における
代表的な産業は「製糸業」
輸出品の中心だった「生糸」は、横浜の港に集まった
日本の貿易額のしめる割合がもっとも大きかったのが横浜であった


明治政府が進めた富国強兵政策は
「学制」・「地租改正」・「徴兵令」の3つ


「学制」
6歳以上の男女すべてが小学校教育を受ける」こととしたきまり
初めのうちは、「授業料が負担になり」小学校に入るのは少なかった
明治時代、義務教育は6年とした
昭和時代になってから義務教育は9年になった


「徴兵令」
満20歳になった男子は、士族・平民に関係なく兵役の義務があった


「地租改正」
地価を定めて土地の所有者に地券を交付し、地価の3%を現金で納める税制」
地券には、土地の値段(地価)と納税額が書かれていた
地租改正の目的
[国の財政を安定させるために、税として納めるものを米から現金に変えた]
または
[米の収穫高から地価に変更して、納めるものを米から現金に変えた]
明治10年、地租を地価の3%から2.5%に引き下げた理由
国の改革に対し、各地で士族の反乱や地租改正反対の
農民一揆が起きたから


「開拓史」
北海道の開発のための役所


「文明開化」
江戸時代から続いた習慣を変えて、欧米の文化を取り入れようとした
明治時代初期の風潮
都市では、れんが造りなど洋風の建物が増えた 道路は人力車や馬車が走った
ガス灯がつけられた。洋服やコ-ト、帽子が流行。
牛肉が食べられるようになった。
新橋-横浜間に最初の鉄道が開通した
当時、横浜は日本最大の貿易港だった


明治時代2へ続く

教科書に載っている、表・写真・図は全部、確認しておく



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