妻沼聖天山歓喜院

テーマ:
本日、誕生日。



妻沼聖天山歓喜院 にて名を付けてもらった縁もあり
長年通っていたが御朱印は初めてもらった。

御朱印

奉拝ではなくて奉納と書かれていた。

っていうかブームの中、御朱印帳ができたいた。
御朱印帳
今使っているのがあと10ページくらいあるので 来年は聖天山のを使うかな?

めぬま商人会会誌 もある。

歓喜院:御本尊、(秘仏)御正躰錫杖頭が通常保管されている(らしい。秘仏だから見られないのでわからない)。



本殿の彫刻の縁もあり囲碁の歓喜院本坊書院が本因坊戦第2局の会場となった。



本殿

本殿:奥殿・中殿・拝殿よりなる権現造。 江戸時代に創建された本殿彫刻に
再び当時の極彩色を取り戻すよう修復工事が完了。

そのためか平成24年5月18日妻沼聖天山の本殿である「歓喜院聖天堂」が国宝に認定される。

本殿の周囲の彫刻の拝観は700円取られる。
日光東照宮と同じ職人たちが築いたとされる彫刻は
小日光といわれていて鷲と猿(本殿彫刻)は

聖天11
左甚五郎の作と伝えられている。

大黒様と布袋様と恵比寿様が囲碁をしている図などもありこれが
本因坊戦が開かれるきっかけにもなった。

聖天10


また彫刻にはサルが多く隠れていたり
多くの龍があしらわれている。

聖天14
竜といえば玉だが玉もちの彫刻は
2体だけらしい。

またこういったものは完成された時から崩壊・衰退が始まるといわれ
職人が敢えて完成させない工夫も施されており
一部で色が塗られていない部分もある。

それらは自分で確認してください。
修復前
個人的にはの極彩色の色がない本殿も年月という名の赴きもあり
好きだったのですが。



仁王門:仁王(金剛力士)像はを構える門、向かって右側が「ア」形、左側が「ウン」形

中門:江戸時代初期の災火の際、唯一焼けずに残っていた聖天山最古の建造物。    

甚五郎が一夜にして作った甚五郎門とも言われている


聖天12
貴惣門:側面から見ると3つの破風をもつ特異な形式の門。右側に毘沙門天、左側に持国天の像があり足元に邪鬼を踏んだ像(現在、持国天は修復中)
AD