向田邦子の随筆「夜中の薔薇」の中に、
「箸置」という題名の印象深い一編があった。
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友人で物を書ことを仕事にしている人がいる。
彼女は遅くに結婚し、その後しばらくして筆を置くことにするのだが、
「能力があるのにもったいない」と言う向田邦子に向かい、彼女が言う一言。
「箸置も置かずに、せかせか食事をするのが嫌になったのよ」
それを聞き、
”時々箸を休めながら食事をする、それが人間の暮らしだ”と言われたのだ、
と締めている。
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ほんの半ページほどの文章で、
私が意訳する必要もないほどあっけない文章だが、じわりと心に響いた。
筆力とはこういうものだと思う。
自分の思いを伝えたくても、
表面的な言葉だけがむなしく重なっていくことがよくある。
言葉で伝えようとすればするほど真実から遠くなっていくこともある。
物をみる洞察力や観察力そして相手を思う想像力。
全てが重なって活きた言葉になる。
どの文章も秀逸で捨てがたいのだが、
この「箸置」と「楠」が特に良かった。



