どんな遊びかというと、息子の悠ちゃんをサンドイッチの具にして、ばあちゃんと、わたしがパンになり、両側から、ぎゅ~っと抱き合ってはさむのです。
そして、そのまま『ママこちょサービス』とネーミングしている、こちょこちょ、こそばしあいっこをするんです
悠ちゃん、これがたまらなく好きなんです

やろうとい出だしたのは私なんですが、これは、子どものためだけではなく、結果、子どもを通して母と抱き合うことで、抱きしめられたかった私の子どもの部分を癒すセラピーになりました
子どもを介しながらも、母とぎゅーっと抱き合うのには、めちゃテレや抵抗もあったんですが、
母の温もり、やわらかさを感じたときは、涙が出そうでした
思いっきりこそばしあい、大笑いするんです
お母さん、抱っこしてと言えなくなった時の淋しい気持ち、
永らく、愛されてないと思い込んでた傷ついてた部分が解けていきました
癒すというよりは、愛されてた自分を思い出す・・・感じ
傷んだことで、抱きしめられた温もりを、忘れてたんだ~って思いました

母に触れた時に、わたしの中にあった、愛されているよ・・・という感覚にスイッチが入ったようでした

思い出せたよ~
いつも息子が愛に帰るサポートをしてくれています
癒すと言うことは、愛を思い出すことかも

ホントにありがとう
後日、母にそのことをシェアしました

すると母が、
「昔、ゆかりが3年生の懇談の時に、ゆかりにどう接したらいいかわからない、と先生に聞いたことがあるねん。
なんでもおねえちゃんだからって、自分でさせてきたし、おとなしくって手がかからなくて、
妹たちもいるから、親を楽させて・・・っていう気持ちが強かったんやろうね。
先生に、ゆかりのこと聞かれて、ほったらかしにしてきたことに気づいたんよ・・・。
そしたら、先生が『ただ、抱きしめてあげてください』って、言うたったんよ。
お母さん、ほんまや、ゆかりを早く離してしまって、抱きしめてあげてないわ~って、涙でたん。
でもな、その後、何回もその言葉出てきたけど、自分変えられなくって、今更恥ずかしいとか、エゴいっぱいで、無理やって、出来なかってん。ごめんね。
やっと出来るように、私もなれたんやなぁ~。」
と、話してくれました
決して、愛されてないわけではなく、お互い、自分の傷みで精一杯だったんだね~と。
二人でやさしい涙を流しました

母も、同じことで苦しんでいたのです
そして、母も、甘えられずに、淋しいのを我慢した子どもだったのです。
母と二人で、一緒に学んだ道のりでもあるんですね

親子でこういう話が出来ることも、ホントにありがたいです

親も、かつては誰もみんな、子どもだった

子どもに願う、してあげたい思うことは、かつての子どもの頃の自分の思いがルーツにあるのですね

今日、また実家に帰るのですが、悠ちゃんが『じいちゃんとサンドイッチした~い
』って
ちょっと~
、まだ、ママ無理かも~
読んでくださって、ありがとうございます

いつもホントにありがとう








」




って、自分にツッコミながら・・・

