マニアは集まった
テーマ:鹿鳴館サロン当初期待していた私の古巣であるところのマニア雑誌に情報を掲載しても、いっさい来客はなかった。四ヶ月の掲載で、電話はたったの四本。私は落胆した。情報ページ連載中には、私と会いたい、一度で会って私の話を直接聞きたい、というマニアがたくさんいた。しかし、私は業者や投稿者には会うことができても、個人のマニアとまで会うことはできなかった。
しかし、今度は会えるのである。私は毎日サロンにいるのだ。しかもマニア雑誌は引退している。今こそ、これまで封印していた、あらゆる話ができるのだ。
ところが、誰も私目当てにはサロンには来なかった。
雑誌の売り上げが落ち過ぎていたのか、私の人気がなかったのか、どちらかは分からないが、しかし、どちらにしても、反応はなかった。広告の反応もなかった。当初のサロンには痛い出費が嵩んだ。
しかし、意外なところからマニアたちが集まってくれた。それはMIXIだった。鹿鳴館サイトでサロンに来たマニアがMIXIをやるべきだと言い、言われた通りにMIXIをはじめると、そこから意外なほど多くのマニアたちがやって来たのだ。
あるカリスマのS男性も来た。そして、すぐに彼の日ができた。十年以上もつきあいのあった女王様の日もMIXIがあってくれたおかげで、すぐに盛況となった。いろいろなマニアたちが集まった。
私はこのとき、マニアたちは死んでなかったと悦んだのだ。それこそ、手放しに悦んでいた。今から思い出せば、まったく恥ずかしいほどに私は悦んでいたのである。私は、女王様の日ができ、個人のSの日ができ、そのうちには、性犯罪の日、おむつプレイ愛好者の日、女装の日、ホモの日など、次々と新しい日が作られていくものだと考えて、一年後には、普通の日がカレンダーにないほどになるのではないかとワクワクしていた。
イベント日だからといって人なんか集まらなくてもいい。私はこんなビジネスではお金持ちになんかなれない。それは分かっていた。しかし、それでも、いろいろな性嗜好の人たちが、思い思いに集会を開いてくれるなら、それは楽しいと思ったのだ。
一人だけでもイベント、二人ならイベント、三人集まるなら楽しいイベント、それでいいと思っていた。
江戸緊縛を考える、なんてイベントを作り、一人しか来ないで、私と二人で、寂しいねえ、と、話すなら、それも素敵な夜だと、私は思っていたのだ。そして、それができそうなほど、そのときには、面白いマニアたちが集まっていたのである。
ところが、イベントは増えなかった。カリスマSの日はなくなった。女王様の日もなくなった。縛りの日も「むすび」の日もなくなった。イベントは人が集まらないと寂しいのだ。私だけでなく、その日、集まった人までもが惨めな気分になるものなのだ。なんとかしなくては、二人だけでもいい、二人だけだって楽しいイベントにできるんだ、と、私は焦っていた。しかし、私が焦れば焦るほど、イベントは寂しく惨めになった。
面白いマニアたちは、やがて、一人消え、二人消えして、サロンに顔を出さなくなった。イベントの失敗と、サロン内での恋愛のこじれなどが原因して来なくなるのだ。そして、新しい人たちも、そうそう増えなかった。鹿鳴館という場所があり、そこに友情のようなものが作られるという私の幻想は脆くも崩れて行った。
鹿鳴館にかかわっていれば、新しいアダルトビジネスのヒントを得られる、というコンセプトは活かされなかった。鹿鳴館は遊びを提供したかったのだ。ビジネスを提供したかったのだ。そうしなければマニア世界は支えを失うことになる、と、そう思ったからだ。
そして、それに賛同してくれるマニアたちが、最初は集まってくれたのである。確かに一度は集まったのだ。
それを維持できなかったのは、何よりも私が悪かったのだろう。






