2008-06-30 19:01:11

マニアは集まった

テーマ:鹿鳴館サロン
 鹿鳴館サロンがオープンすると、意外なことが起こった。
当初期待していた私の古巣であるところのマニア雑誌に情報を掲載しても、いっさい来客はなかった。四ヶ月の掲載で、電話はたったの四本。私は落胆した。情報ページ連載中には、私と会いたい、一度で会って私の話を直接聞きたい、というマニアがたくさんいた。しかし、私は業者や投稿者には会うことができても、個人のマニアとまで会うことはできなかった。
 しかし、今度は会えるのである。私は毎日サロンにいるのだ。しかもマニア雑誌は引退している。今こそ、これまで封印していた、あらゆる話ができるのだ。
 ところが、誰も私目当てにはサロンには来なかった。
 雑誌の売り上げが落ち過ぎていたのか、私の人気がなかったのか、どちらかは分からないが、しかし、どちらにしても、反応はなかった。広告の反応もなかった。当初のサロンには痛い出費が嵩んだ。
 しかし、意外なところからマニアたちが集まってくれた。それはMIXIだった。鹿鳴館サイトでサロンに来たマニアがMIXIをやるべきだと言い、言われた通りにMIXIをはじめると、そこから意外なほど多くのマニアたちがやって来たのだ。
 あるカリスマのS男性も来た。そして、すぐに彼の日ができた。十年以上もつきあいのあった女王様の日もMIXIがあってくれたおかげで、すぐに盛況となった。いろいろなマニアたちが集まった。
 私はこのとき、マニアたちは死んでなかったと悦んだのだ。それこそ、手放しに悦んでいた。今から思い出せば、まったく恥ずかしいほどに私は悦んでいたのである。私は、女王様の日ができ、個人のSの日ができ、そのうちには、性犯罪の日、おむつプレイ愛好者の日、女装の日、ホモの日など、次々と新しい日が作られていくものだと考えて、一年後には、普通の日がカレンダーにないほどになるのではないかとワクワクしていた。
 イベント日だからといって人なんか集まらなくてもいい。私はこんなビジネスではお金持ちになんかなれない。それは分かっていた。しかし、それでも、いろいろな性嗜好の人たちが、思い思いに集会を開いてくれるなら、それは楽しいと思ったのだ。
 一人だけでもイベント、二人ならイベント、三人集まるなら楽しいイベント、それでいいと思っていた。
 江戸緊縛を考える、なんてイベントを作り、一人しか来ないで、私と二人で、寂しいねえ、と、話すなら、それも素敵な夜だと、私は思っていたのだ。そして、それができそうなほど、そのときには、面白いマニアたちが集まっていたのである。
 ところが、イベントは増えなかった。カリスマSの日はなくなった。女王様の日もなくなった。縛りの日も「むすび」の日もなくなった。イベントは人が集まらないと寂しいのだ。私だけでなく、その日、集まった人までもが惨めな気分になるものなのだ。なんとかしなくては、二人だけでもいい、二人だけだって楽しいイベントにできるんだ、と、私は焦っていた。しかし、私が焦れば焦るほど、イベントは寂しく惨めになった。
 面白いマニアたちは、やがて、一人消え、二人消えして、サロンに顔を出さなくなった。イベントの失敗と、サロン内での恋愛のこじれなどが原因して来なくなるのだ。そして、新しい人たちも、そうそう増えなかった。鹿鳴館という場所があり、そこに友情のようなものが作られるという私の幻想は脆くも崩れて行った。
 鹿鳴館にかかわっていれば、新しいアダルトビジネスのヒントを得られる、というコンセプトは活かされなかった。鹿鳴館は遊びを提供したかったのだ。ビジネスを提供したかったのだ。そうしなければマニア世界は支えを失うことになる、と、そう思ったからだ。
 そして、それに賛同してくれるマニアたちが、最初は集まってくれたのである。確かに一度は集まったのだ。
 それを維持できなかったのは、何よりも私が悪かったのだろう。
2008-06-28 12:47:22

マニア雑誌編集者として

テーマ:鹿鳴館サロン
 私はマニア雑誌にながくかかわっていた。正直、これは鹿鳴館サロンを運営して行く上での武器になると考えていたのである。三十年からマニアビジネスを見てきた私の経験や話は、これからマニアビジネスに参入しようとする人たちの参考になると思っていた。さらに、自分の古巣であるマニア雑誌の編集者やその出版社の人たちが、気楽に遊びに来てくれるようになれば、そこで、私がマニアとマニア雑誌をつなぐ役目を担うこともできると思っていたのである。
 サロンで企画が生まれ、それが雑誌となり、その相乗効果でサロンも雑誌も利益を得ることが可能だ、と、そう信じていたのである。
 しかし、結果として、私の期待は裏切られることになる。マニア雑誌からは、ほとんどサロンを訪れる者はなかった。
 思えば、私が編集にかかわっていた頃から、仕事を離れて居酒屋で飲んでいるときなどには、仕事の話をするのは嫌われていたのであった。私たちの頃には、昼飯を食べに行ってさえ仕事の話ばかりしていたのだが、そうしたことを嫌う世代になっていたのである。自分のお金を使ってまで仕事をしたくない、それが現代サラリーマン型の編集者たちなのであった。
 それでは、サロンなどに来るはずもない。もちろん、私が慕われていなかったというのも原因なのだろう。そうしたところも私には誤算だった。もう少し自分が好かれていると、そう思っていたのである。
 結果、私の元マニア雑誌編集者としてのメリットはほとんど鹿鳴館サロンにはいかされなかった。鹿鳴館サイトを運営していた十年前には、私は現役のマニア雑誌編集者だったから、この肩書きは役だったのだが、そうしたメリットが今の私にはなかったのである。
 新しいビジネスのヒントがいくらでも隠されているサロン、そうしたサロンにしたいという私の目論見ははずれた。それどころか、サロンはマニア世界の異端となりつつあった。マニア世界の辺境にと追いやられることとなった。しかし、その気分は決して悪いものではなかった。もともとが辺境の性癖なのだ。辺境に居ることは、かえって気が休まるというものだったのである。
 そして、そんなサロンでも、いっときは、このまま、維持できるのではないかという時期もあったのである。失敗の原因ばかりを追求していても仕方ないので、今度からは、サロンの良かったことも書いていくことにしよう。
2008-06-26 10:33:07

会話だけでいい

テーマ:鹿鳴館サロン

「会話しかないって、そんなところに誰が来るんだよ」「若い女、雇わなきゃ無理だよ」と、しばしば言われてきました。これはエロ本作りのときにも言われました。
「文章なんかどうでもいいんだよ。若い女が過激に露出してるほど本は売れるんだから」「内容はいいよ。どの程度の女がどの程度のことするんだよ」
 その度に、私は「マニアをなめるな」と、心で叫んできました。マニアは会話があるからマニアなのであり、文章こそがエロなのだ、と、訴えてきました。
 そこに裸なんかなくても、そこに擬似でも恋愛のようなものがなくても、つまり、若くて可愛い女や格好いい男がいなくても、マニアは、次に何をしようか、昔、こんなことをしたんだ、と、そうした話をしているだけで満足するのだ、と、考えていたのです。いえ、それこそがマニアなんだ、と、そう信じていたのです。
 実際に、最初の頃は、それを喜ぶ人たちもいたのです。しかし、その一方で、最初から、いつ、エロショーをはじめるのか、どのように若い女を入れるのか、男しかいないのに何をするんだよ、酒なんか安酒でいいからエロを入れてくれ、と、言われていたのです。そうした話の度に、私は寂しくなり意固地になりました。これでは、エロ本作りにいた頃と同じじゃないかと思ったのです。エロとして過激なら文章もデザインもどうでもいい、そんなところにこだわるのはバカなんだ、読者はそんなオシャレなんか求めてなくて、ただ、エロを求めているだけなんだ、と、言われて反抗した、その頃と同じじゃないかと思ったのです。
 やっつけなのは嫌でした。貧しくてもいい、きちんとしたものを提供したかったのです。それがマニアを喜ばせるということだと思っていたのです。オシャレであれば内容はどうでもいいという、そうした考えも嫌でした。私がしたいのはアートでも文学でもなく、ちゃんとしたエロマニア雑誌だったからです。オシャレな上に、内容はけっこうエロだよね、と、そう言われるものが作りたかったのです。
 エロでありさえすれば内容がなくてもいいという小説が嫌いでした。スーパーの大売り出しのチラシのようなデザインで写真だけが過激なエロが嫌いでした。製作者の思い込みだけで格好いいだけでエロが喪失した作品も嫌いでした。
 オシャレなほど残酷、オシャレがゆえにエロ、そんなものが好きだったのです。
 飲み屋でSMは嫌だったのです。隣の家でSMも嫌だったのです。どこかの隠れ家でSMをする、そうした世界を作りたかったのです。
 実は、こうした話に賛同してくれるのは、女ではなく男だと私は思っていました。格闘技の話をするために、野球の話をするために、ジャズの話をするために、ただ、それだけのために飲み屋に集まるのが男たちだったからです。そうした人たちが、本当に楽しみにしているのは、そこで思う存分に自分の趣味の会話ができるからではないのです。ただ、その雰囲気の中に自分を置いておきたい、それだけなのです。それなら、SMの話をするだけの場所があってもいいと私は思ったし、それには多くのマニアの男たちが賛同してくれると思ったのです。
「女がいない夜だからこそ、今日は、とことんSMについて語り合おうよ。私はSMというのは、こういうことだと思うんだよ」
 と、そうして話たがるのは男だと思ったのです。
「付き合えそうな女はいるのか」「何かエッチなハプニングはないのか」
 と、そうした話を超越した男たちは集まると思ったのです。
 誰れもが気楽にするSMではなく、もう一度、SMを、閉じた扉の向こうに押しやりたかったのです。

 会話だけでいい、私は確かにそう信じていたのである。

2008-06-25 11:17:02

サロンの当初の目的

テーマ:鹿鳴館サロン
 鹿鳴館サロンの目的は「隠れ家」だった。マニアが数人でマンションを借りて、そこを「隠れ家」にして、個人的な遊びに使ったり、撮影やイベントの場所に使ったりしよう、という話から、全てがはじまったのである。
 その頃は、私自身にも金銭的な余裕がまだあった。二十万円の家賃でも五人で負担すれば月に四万円だと考えた。四万円なら、女の子と行くホテル代より安い、という人たちがいた。私は遊びに使用することは考えていなかったが、個人的な映像製作の場所にはなると考えていた。月に三本以上の撮影をするなら、やはりホテル代より安いし、何よりホテルより機動性がある。重い機材はその部屋に置いておけるのだから。また、女の子に突然のキャンセルをされたときの被害も、部屋があれば最小限ですむのだ。
 しかし、マンションを借りるには、代表者が必要だった。複数で共有するなどと不動産屋に話すわけにはいかないのだ。そうなると問題がある。もし、いっしょに借りた者が一人、家賃を滞納したらどうするのか、とりあえず誰がそれを負担するのか。もし、それが二人になったら、残った人間でそれを負担できるのか。
 そこで出たのが、家賃ぐらいを稼ぐサロンの運営だった。もともと、いっしょにマンションを借りたい、と、言っていた者たちは、家賃を負担するつもりなのだ。それにプラス、サロンにいくらかのお金が集まれば、もし、一人、二人、家賃の負担を補えなくなった者が出たとしても、なんとかなるに違いない、そう思ったのだ。
 しかし、これは大きな間違いだった。
 マンションの家賃を払い合おうと言っていた者は、結果として一人もサロンを支えていない。皆、それぞれに事情はあるのだろうが、人とはそうしたものなのだ。
 結果として、たかが家賃が大きな負担となって、ただ一人、私を襲った。その上、私は時間的な制約も受けた。サロンは意外なほど時間をとられる仕事だったのだ。お金と時間、私は二つのものに追い立てられることになった。
 それでも、最初の頃、サロンは上手く行くように見えた。そのときには、そう見えたのだ。もちろん、それは私の希望がそう見せていただけかもしれないのだが。次回はそうしたところについて書き記そう。
2008-06-24 16:50:39

マニアが集う場所

テーマ:鹿鳴館サロン
 マニアが集うサロンを運営することは、楽しく、そして、そう難しいことではないように私は思っていた。マニアというものは、自分の居場所をたいせつにする人たちだという確信のようなものが私にはあったからだった。
 普通のお客さんというのは、楽しみを、ただ、提供してもらいたい、と、望む他人なのだ。これは当然である。ファミレスに通って、そのファミレスを愛し、それを維持させたい、そう思う人は、なかなかいないものなのだ。
 これは雑誌でもそうだ。ファッション雑誌や車の雑誌のようなものは、好きで買うが、その雑誌に対する強い思いいれのようなものはないものなのだ。しかし、マニアは違う。好きになった雑誌は、少しでもながく刊行され続けるようにと願うものなのだ。ただのお客さんではなく、いっしょに雑誌を育てる仲間となるのがマニアなのだ。他人ではないのだ。
 それがゆえに、私は、サロンというものも、一部の熱狂的なマニアの人たちによって、その維持運営が成されていくものだと考えていたのである。私は、そうした人たちに使われる立場にあって、そうした人たちをお客として招く主人の立場にはないものだと考えていた。私が自らを「執事」と名乗ったのは、そうした思いからだった。私が執事であれば、主は、サロンに集まる一人一人だと思っていたからなのだ。
 サロンに集まる人が、あるときは主となり、あるときはゲストとなればいいのだと私は考えていた。ゆえに、私はどんなときでも「執事」だったのである。
 そうして二年間、私は、とにかく、サロンを維持するのに必死だった。それこそ、人生のすべてをそれに費やしたと言っても過言ではないかもしれない。
 マニアが集うサロン。それは、もっと、かんたんに、皆の力で維持されるものだと私は信じていた。しかし、実際には、それは難しいものらしい。難しいということ。それを書き残すのも私の仕事だったかもしれない。
 何に失敗し、何が支障となるのか、これからのマニアビジネスのために、私は犠牲となって、それを残すべきなのだろう。とても苦しい中で、そうした余裕はないかもしれないが、それでも、ここからは、できるかぎり、できるかぎり書くようにしたい。したいと思う。自信はまったくないのだが。
2007-08-31 18:45:09

変態の孤独

テーマ:SM鹿鳴館とは
 一方に芸術を置き、もう一方に変態を置いたのが鹿鳴館サロンです。さらに精神分析を置く用意を今しているわけです。この理由について、いろいろと格好良い言い訳けはするわけです。芸術という大儀名文で女性が集まるから、より深いエロは芸術の中にこそあるから、そんな言い訳けは、常にするわけです。
 しかし、本音は違います。芸術も変態も、それが個の中で、ものすごい孤独であるという意味において同じものだからなのです。
 変態であるということは、もう、幼年期からのズレなのです。まだ、性に目覚める前のような時期に、子供社会からズレるのです。そして、たいていは、そのまま、つまり、社会からはズレたまま大人になってしまうわけです。変態になるような子供は、何故か自分はズレている、どうしても価値観を共有できない、と、感じていたはずなのです。芸術家も同じです。芸術家もズレているのです。
 このズレているというのは、これはものすごい孤独なんです。
 私は体育館というところに入る瞬間にそのズレを感じました。たいていの子供は体育館の扉を開くと、ワーと歓声を上げて中を走り回るのです。私にはそれが分からないのです。あの広い空間のどこに身を置くべきかで悩むのです。どこか端を見つけたいのですが、体育館にはそんな場所はないのです。学校のどこが好きか、という質問に「給食」と答えて皆を笑わせる子供がいました。たいていの大人も笑うわけです。しかし、私はこちらの好みも聞かずに暴力的に用意された給食が嫌いでした。そもそも、学校そのものさえ、こちらの要望に答えるところのものではなかったのです。私は学校はさらに最悪な環境である家庭からの避難所だと思っていました。避難所の食事ですから贅沢は言えないなあ、と、本当にそんなふうに思っていたのです。給食は楽しみではありませんでした。ズレがあるのです。
 花を綺麗だとは感じないし、強制労働のように行かされる遠足で見る風景は地獄にしか見えませんでした。どのような地獄かと言えば、他人の幸福を見せられて惨めにする地獄なのです。美しいと言えと強制された木にはたいてい虫がいました。地面にはさらに薄気味悪い虫がいます。トイレはたいてい不快な臭いがし、料理が嫌いで苦手な母のつくる握り飯からはすえたドブの臭いがしました。私は、ああ、将来、地獄に落ちてあわてないための、これは予行練習なのだろうな、と、思ったものです。
 私は天性でリズム感がなかったからでしょうか、揃って歩く、みんなで歌うがさらに苦手でした。苦手というよりもズレるわけです。
 そうしたズレは恋愛でもセックスでもあるわけです。可愛い女の子とセックスすることの、何がそんなに友人たちを熱中させるのかが私には分からないわけです。ようするに、世界で唯一共通すると言われるところのわい談がズレているわけです。
 皆が野球やアイドルに熱中しても、そうしたことに熱中できないわけです。
 ズレがないと思われた変態仲間と出会うことももちろんあるわけです。変態的恋愛のようなこともあるでしょう。しかし、そこでも、ズレているわけです。もともと変態が少ないのです。さらにその中の自分と好みの合う人と出会うことなど、そうあるものではないわけです。たとえば、犬が好きなら、まあ、世の中には犬好きは少なくないわけです。ですから、もし、自分の好きな犬がシェパードだとしても、同じ犬種を好きな人とは出会えるわけです。しかし、蛇好きだったらどうでしょう。蛇好きもいないことはありません。しかし、少ないのです。たまたま蛇好きと出会っても相手は自分の好きなコブラは嫌いでアナコンダが好きかもしれないのです。コブラで一致することはシェパードで一致するよりも、はるかに確率が低いわけです。
 これが孤独なのです。
 団鬼六という方は「SMに市民権を与えたのは自分だ」と、主張しております。その言葉に異議を唱えるつもりはありません。しかし、SMに与えられたのは市民権ではなく、知名度だったのではないかと私は思うのです。それまでは、知名度がないので、SMという名がなかったのです。鬼六氏のおかげで、名は覚えてもらえたのです。しかし、市民権はないのです。人間として認められたけど、お前は、私たちと交わらずに村のはずれにいて、静かにしていなさい、と、言われているのです。それでも、鬼六氏の功績は絶大です。とにかくも名は覚えてもらえたのですから。
 それだけでも、荒野にあるような孤独からは救われたのかもしれません。しかし、村のはずれにいて祭りの灯を眺めるのも、また、孤独です。
 そうした悲壮な孤独があって、変態であり、芸術であり、精神的異端者なのです。鹿鳴館にあるものは、変態はもちろん、芸術と、そして、もうすぐ作られる精神分析なのです。それらには、孤独という共通のキーワードがあるのです。
2007-08-07 18:22:25

もてる男の条件

テーマ:鹿鳴館サロン
 私はもてない人生というのを長くやっております。逆にもてる人生というのは経験したことがないのです。
 ところが、サロンには、いわゆるもてる人生しか経験していないような男性が多く遊びに来ています。そうした人たちを観察すると、少しは自分ももてるようになるかもしれないと思い、よく観察することにしております。
 まず、もてる人というのは、もてようとしていないのです。私などはサロンに女性が来ると、すぐに自分のいいところを見せようと、あれこれと話しをしてしまうわけです。自分はこんなにたくさんの知識があるぞ、自分はこんなにたくさん笑わせるネタがあるぞ、と見せるわけです。もちろん、知識もネタも実際にはたいしたことがないので、すぐに底がしれるのです。
 ところが、もてる人というのは、そうしたことをしないのです。知識をひけらかすことはせず、ギリギリのところまで黙っていて、もっとも肝心と思われるところでポツリと一言発するわけです。
 たとえば、赤信号、という言葉に反応して、私などは人は何故赤を危険と感じるかから、信号の歴史、世界の信号、さらには、コント赤信号の話しまでしてしまうわけです。コント赤信号の話しまで来ると、もう、たいていの女性は別な話しを別の人としているわけです。そんなときに、もてる人はボソリと「まあ、ようするに赤信号は止まったほうがいいということだよ」と、言うのです。私の長い薀蓄に結論がつきます。そして、結論した人がもっとも賢いように思えるのです。
 もてる人というのは、自分をよく見せようとしていません。自分を気にいるか、あるいは、自分は気にいられないかでいいわけです。しかし、私はもてたことがないので、もう、たった一人の女性に嫌われたら、それが全世界の女性を敵にした合図のように感じてしまうわけです。その瞬間からはコンビニでも女性店員が私のレジのときだけ男性に代わるかもしれないと、そんなことを思うわけです。思わずこの世の終りかと思います。この世が終らないように、誰れにも嫌われないように必死になるわけです。気づけば、必死のあまり自分の擁護ばかりして、相手の話しなんか聞いていないわけです。ところが、もてる人は相手の話しというものを実に熱心に聞いているのです。
 もっとも肝心なのは、サロンに来る目的です。もてない人はパートナー捜しに来るわけですが、もてる人は遊びに来ているのです。お見合いと遊びはどちらが楽しいかと言えば、普通は遊びです。いっしょに遊んで楽しかったと思える人が最後にはもてるわけです。堅苦しい自分自慢のお見合いでは、楽しかったという印象は残せないのです。
 そうそう、さらにもてる男というのは秘密主義なんです。あまり自分のことを話しません。私はパンツまで脱いで常に自分を晒しています。露出症なのですから仕方ありません。これでは、いくらもてる人を観察しても、私はもてそうにありません。
2007-08-01 02:49:25

七時の会

テーマ:鹿鳴館サロン
 最近の鹿鳴館サロンは飲み屋か喫茶店のように勘違いされていたりする。サロンは飲み屋でもなければ、パブや喫茶店でもない。
 七時にふらふらと怪しい人たちが集まり、その日の内に、ポツポツと消えて行く。サロンというよりは、七時の会と言ったほうがいいかもしれないぐらいなのだ。
 お酒という目的ではなく、休憩とか癒しという目的でもない。
 そこに集まる人たちは、意思をもって、そこに集まっているのだ。ある人は、自分の性癖に関する興味ある情報を探して、ある人は、異端な逸話を聞くために、ある人は、そこで創造されるかもしれない未来を目撃しようとして、そこに集まるのだ。
 安酒をあおり、女自慢をする居酒屋ではない。菓子を頬張り男の悪口を言うための井戸端でもない。
 ゆえに鹿鳴館サロンに来るものは、何も人間だけとはかぎらないのだ。ときにはオブジェのこともある。絵画や書籍だったりもする。もちろん、鞭だったり、縄だったりもする。何も形があるともかぎったものではない。新しい縛り方だったりもする。お気に入りのフレーズだったり、小話だったりもする。
 そうした異形の集まる午後七時。それが鹿鳴館サロンなのである。
2007-07-03 03:00:37

嫌われもののサロン

テーマ:鹿鳴館サロン
 私の人生はほぼ計画通りだった。この時点で大金持ちになっていないとか、トップモデルと結婚しレストランオーナーの女性を愛人に抱えていないとか、千人の弟子に支えられていないとか、まあ、少しの違いはあるものの、適度な嫌われ者になるという子供の頃の夢は叶っている。
 私は、とにかく女性に人気がなかった。人気がなかったというよりは嫌われていた。ところが、もの好きというのが、どんな場所にも千人に一人はいるもので、その嫌われ者を好きになる、うっかり者の女性というのがいるものなのだ。そうした女性は、あんなに皆に嫌われているのはどうしてなのだろうと、そこに興味を抱いて私に近づいて来るのだ。蜘蛛の巣にかかる蝶である。
 花となって蝶を待つのは理想だが、私には、最初からその素養がないわけだ。花になれないなら蜘蛛になるしかないのだ。足が四本もあり色が赤や黄色ではなく焦げ茶色なのだから、仕方なかったのだ。しかし、蜘蛛になれば蝶はひっかかるものだ。
 だから、私は、とことん、女性に嫌われる人生でありながら、常に、女性とともに人生を過ごすことができたのだ。もちろん、私と付き合う女性は、かならず、私と付き合っていることを誰にも知られたくないと言っていた。当然である。もし、私なんかと付き合っていることが分かったら、同情される前に嫌われ者になってしまうのだから。
 そんな私が作る雑誌もビデオも適度に嫌われる。私が出した本も嫌われた。それでいいのである。皆に好かれるものは私には作れない。
 どうして、突然、こんなことを書いたかと言えば、鹿鳴館サロンは、まさに、そうした空間だからなのである。鹿鳴館サロンは皆で和気あいあいと過ごすような場所ではない。どちらかと言えば、こそこそと出入りする場所なのである。
 どこかの同じような場所で、鹿鳴館サロンの話題が出ても、自分もそこに出入りしているとは言えず、いっしょになって悪口を言ってしまうような場所でいいのだ。何なら、その悪口には私も参加したいぐらいなのだ。
 多くの人が嫌いで、一部の人が熱狂的に好き、それが私の人生であり、私が求めるところのものなのだ。
 問題は、今の鹿鳴館サロンには、その一部、熱狂的に好きという人が少な過ぎたというところなのだ。多くの人に嫌われるというほうは成功しているのに、困ったものである。
2007-04-11 20:38:28

男女の料金が同じ理由

テーマ:鹿鳴館サロン

舞衣さんの日記より引用


鹿鳴館サロンは男性も女性も同じ料金。
SMバーやハプバーでは考えられない料金設定です。

なぜか?
実はこれは、私の長年の切なる願いでした。

みなさんご存知だとは思いますけど、ちょっとエッチなお店はどこも女性はタダか申し訳程度の値段。で、男性はびっくりするような料金ですよね。
私は、それがゆえにハプバーやフェティッシュバーが怖かったんです。

何かやらされるんじゃないか、断っちゃいけないんじゃないか。
そう思って、興味はあったけどずっとその類のお店に行けなかったんです。

それからしばらくして、断る勇気も少しはついて、行けるようになってからも、やっぱり料金設定にはどうにも違和感。
被害妄想なのかもしれないけど・・・どうしてもね、男性がギラギラしてるような気がしちゃうんですよ。「オレたちがお前らの分を払ってんだから」的なものを感じてしまう。
そんなことを感じてしまうものだから、ちょっと淫らに遊ぶと、今度はどうもタダでバイトさせられているような気がしてしまって・・・ ある意味貧乏性なんでしょうけどね。

SMの話が出来るところなんてなかなかないから行きたいのに、エッチな遊びだってしたいのに、どうしても下に置かれてる気がして惨めになっちゃう。
私だってちゃんと権利をお金で買って安心して遊びたい。
って、ずっと思ってたんです。

ですから、鹿鳴館サロンを私がやる、って話が来たときに、それはどうしてもゆずりたくなかったんです。
もちろん、周囲は大反対でした。そんなんじゃ女性は絶対にタダのほうに行くに決まってるって言うんです。

何度も私の意見は却下されたんですけどね。
それでも、以前、新宿でハプバーをやっていた女性の意見が私と同じだったことで、思い切って今の形態にすることになったんです。


鹿鳴館サロンの料金は、女性も男性も同じでなくてはならない。
でも、やっぱり社会的に女性の立場はまだまだ弱い。その女性にもそう無理なく払える金額でなければならない。
その理由から、アダルトな遊び場としては驚くほどの低価格なんです。

それは、まったく前例のないことでしたから、スタッフ一同、とても勇気のいることでした。
あっという間につぶれてしまうかもしれないリスクでした。

それでも、自分のマゾヒズムに悩んで、誰かに話したかったあの日の自分のために、どうしても鎮められない自分の欲望に悶絶したあの日の自分のために、女性が安心して自分の性癖を晒せる場所を作りたかった。

鹿鳴館サロンはもうすぐ一年を迎えます。
鹿鳴館を理解してくださったみなさんのおかげで、なんとかここまで持ちこたえてきました。
まだまだ危うい状態で、毎日が明日つぶれるかもしれないストレスとの戦いですけど、それでも応援してくださるみなさんのおかげで、楽しいことがいっぱいだからなんとか頑張れています。
たまには、ちょっと真剣モードで・・・ありがとうございます。
これからも、どうかサロンを応援してくださいませ。

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