例えば、ニワトリに無理矢理餌を食べさせるためのベルトコンベア的なモノがあるじゃないですか。
開いたくちばしにチューブの先端ブッ込んで、穀物ペースト的なモノを延々と流し込むの。
もし美味しい料理を作れたとしても、人に食べてもらう時にこの装置を使ってしまったら台無しだよね。
みたいな。
まぁコレは当たり前の話なんだケドね。
私のネタの見せ方ってそーゆーコトじゃねぇの?
最近様々なジャジペを読みながら改めて自分のネタを観て、やっと気がつく。
アチャー。
休止中。そのうち復活させるつもりではありますがね。
例えば、ニワトリに無理矢理餌を食べさせるためのベルトコンベア的なモノがあるじゃないですか。
開いたくちばしにチューブの先端ブッ込んで、穀物ペースト的なモノを延々と流し込むの。
もし美味しい料理を作れたとしても、人に食べてもらう時にこの装置を使ってしまったら台無しだよね。
みたいな。
まぁコレは当たり前の話なんだケドね。
私のネタの見せ方ってそーゆーコトじゃねぇの?
最近様々なジャジペを読みながら改めて自分のネタを観て、やっと気がつく。
アチャー。
私は、作ったネタの数に対して、審査したネタの数が割と多い方だと思います。
ジャジペ書くの、好きですしね。
んでまぁこーゆージャジペみたいなモノってあるイミ、余計なおせっかいってカンジになりがちワケですよ。
予想通りのジャジペってのは、面白くないワケです。
そして私は、出来ればそれは避けたいかなぁなんて思う。
みんなが一様に抱くような感想を書いたって、しょうがない。
良いジャジペと言うのは、それ自体が面白いコトが多い気がします。
それは、「独自の切り口を披露する」コトが出来ているかどうかが、
その有用性とエンターテイメント性を同時に上げるからじゃないかと。
できるだけ作者が想定してないかもなと思う所に着眼点をあてて、ピックアップするような。
そーゆーのが良いかなと、いつも考えて書いてます。少なくとも私はね。
結局はそのネタを楽しむためのツールでいられるようにした方が、それは意味のあるモノになる。
「こんな観方もあるんだよ」って視点を、楽しんでもらえたら幸いかなと。
どんなモノでもどんなコトでも、多角的な視点がいっぱいあるほど楽しいです。
一辺倒なものさししか持ってないのは、つまんないですよ。
たったいっこの尺度しかない価値観に合わせるコトに必死になっては、楽しませる分野は先細る。
だから、コントや漫才で笑いとしての面白さしか評価しないとか、好きじゃない。
ニヤけさせても感動させても燃えさせても萌えさせても、それらは全部評価対象だと思ってます。
感情をプラスに持っていければ、それでイイじゃないですかエンターテイメントじゃないですか。
ね?
まぁ、タイトルの通りです。
需要があるかは知りませんが、取り敢えずまとめてみたので良かったら笑って下さい(鼻で)
A-1
「一家団欒」がぶち壊し。さて、何があった?
もう一家増えるなんて。
「ウチの苗字ってどう書いたっけ?」
ビニールプールに塩素。
食べようと思っていたおかしのパッケージに【キリトリマセン】の文字が。
エイプリルフール。
両親のどちらにも無いハズの遺伝子の発動。
A-2
銀行のATM「これいるか?」何のボタン?
ラブプラスモード
自己破産
通話
ステレオ/モノラル
セーブ
○○野口シリーズ・折り紙口座
フラッシュ暗算
マジックミラーオープン!
A-3
ゲゲゲの鬼太郎が自伝を出版。そのタイトルとは?
水木しげるからの卒業
僕も女房欲しかった
A-サドンデス
これは浜田雅功を表した図です。Aには何が入る?
答えないのが正解
B-1
ティッシュの箱に書かれていた過保護すぎる使用上の注意書きとは?
電源は入りませんよ?
配るにはもっと適切な商品があります。
濡らしてもウェットティッシュにはなりません。
パーの代わりにもなります。
B-2
写真で一言
プールの水、耳に入ってん……。
ねー♪
次世代のデスクトップは頂きだ!
コンタクトずれてない?
B-3
放送コードギリギリOKの芸名を教えて下さい。
赤いプルトニウム
甘クリ剥いちゃいました
決-1
空になったカッパのお皿に水を入れると元気になりますが、カレーのルーを入れるとどうなる?
「モロきゅうより福神漬けだ!」ってなる。
「ココはシチューだろ!」ってツッコむ。
抗菌効果を発揮する。
決-2
このかるたの読み札を教えて下さい。
キスの味がしました♪
決-3
超格安航空会社。「そこまでするなら格安じゃなくていいよ!」どんなの?
機長が運転の隙を見て客席までジュースを持ってくる。
ちょっと! 良く見たらこの飛行機、レゴブロックで出来てない!?
決-4
医者にアンケート。「医者人生の中で一度は言ってみたいセリフ」第87位は?
明日の手術、ちょっとバイパス縛りプレイでやってイイ?
決-5
この円グラフのAとBを教えて下さい。
A:エメマン B:微糖
A:黄身と白身 B:からざ
A:つけまつげ♪ B:まつけまつげ♪
決-6
写真で一言
ぐるぐるぐるぐるどっか~ん♪
勝手に持って行って、使って下さいね♪ というコントの設定です。
ご自由にどうぞ!
アルプスの少女カイジ。
バイクのカギを勝手に変えられてしまった仮面ライダー。
クリーニング屋さんに洗ってもらおうと奮闘する一反木綿。
ベテラン背後霊がが新米背後霊にレクチャーを施す。
ドラゴンボール2個目ゲットかと思いきやスーシンチューがダブった。
NHKのおねぇさんときぐるみの中の人が新人に世代交代だケド、初日なので上手くいかない。
でもそこを容赦なく悪化させる子どもたちと、それを見つめる保護者(見学)
NHK大河における自分役のキャストが気に食わない織田信長。
人外設定でやってる有名人のBCG注射の跡を次々と晒して行く。
留守番電話のアルバイト。
霊感が強くなり過ぎて逆に生きてる人が見えなくなってきた。
どのコードを切ってもあえぎ声を発する時限爆弾の解体。
世界の中心で恥を忍ぶ。
魔女の手助けを悪徳セールスだと思ってかたくなに拒絶し続けるシンデレラ。
スピッツの曲名しか喋れない人。
ゴム製品ばっかりが充実している無人島でのサバイバル生活
サイバト4期C大会、4位でした。
通常回ランキングも4位でした。
どうも、四升ではなく六升です。
いえ。
今回は私ですらなく、あの娘たちのお話ですかね。
理数と社文、理系文系の二人。
取り敢えず、上位3組のあのメンツがいる以上、トップ3は非常に難しいと予想はしてました。
ので、想定の範囲内としては一番上々の結果。
満足しきるコトはできなくても、納得はできる。
ガッツリあの二人で戦ってやったって、そういう充足は十二分に得られました。
一矢くらいはちゃんと、報いてやれましたね。
特に、FANさんの「個人的には優勝」は尋常じゃなく嬉しい。
やっと漫才でこの人の高得点(30以上)をもぎとれたと言う。
最初にハッキリとこの評価すっごい嬉しいと思ったジャッジペーパー(サイバトの漫才【占い】のヤツ)を下さったのもこの方ですし、最初にコレだけすっごい悔しいなって思ったジャッジペーパー(サイバトの漫才【年間行事】)を貰ったのもこの方ですし。
それに、私が一番好きな視点と書き方の人でしたから。
FANさんにこう言っていただけるのは本当に狂喜乱舞。
今回は特に、「気兼ねなく」喜べましたしね。
いままで賛否両論の極端なコントでしかそーゆー点数を取れてこなかったので、やっと「本業」で「ちゃんと」取れた気がするのです。
基本的に、読み手によって好き嫌いの分かれそうな非常に「ひねくれた」芸風ですから、点数は分かれる。
それは、「振れ幅」が大きいと言うコト。
低い点を取っているのに高い点も取ると言うのは、ただ自分のブレが大きかったと言うだけの話で、自慢にならない。
一人でも好きと言ってくれる人がいれば勝ちと言うのはあるイミで一つの真理でしょう。
しかしそれは慢心して身を置けば廃れるボロボロの高み。
今回やっと、極端な酷評なしで、「ちゃんと」満点を貰えたと思うのです。
胸を張れる。
自分で言うのもなんですが、私あの二人大好きなんですよ。
作った本人が爆笑できないネタは、出さないので。
コレでも。
なので、人によって好き嫌いは激しいカンジになっているでしょう。
でもだからこそ、観る人を「このネタが好きな」人にするコトが必要になってくる。
好き嫌いされないように、じゃない。
好き嫌いを捻じ曲げてしまうように、です。
クセの強さはただのデメリットじゃない。
それは「バリア高さ」
惹き込みの難易度は上がるけれど、一度取り込んでしまえばその面白さに捉えて離さなくなると言うコト。
だからやるべきはクセの壁を崩すコトじゃない。
積み上げた個性の塀を、否定するコトじゃない。
問答無用で惹き込んでしまう威力と、労を与えるコト無く導き入れる丁寧さを磨くコトです。
それを考えるのが、今後の課題だと思っております。
その上でジャッジペーパーをもとに具体的な考察を行いましょう。
まず長台詞のデメリットの大きさが、説明を会話のメインと据えるあの娘達にとって、思いのほか膨大である件。
台詞の簡潔性がまだ甘く、もっとコンパクトを心がけるべきですかね
それと、今回の「それぞれのくだりの冒頭に、各修行を曲解した言い方を入れる」ってのは、身構えさせる効果を生むので威力が半減してしまう。
言い回し・曲解・屁理屈をメインとして戦う理ちゃんでそれをやるのは、威力の減少が大きい。
もっと不意打ちに徹するべきだなと。
一番好きな笑いの取り方が不意打ちなんだから、それをもっと。
そんな所。
細かく上げても沢山は到底意識しきれないと思うので、主だったこの二つだけを頭に放り込んでおきましょう。
今後とも精進させていただきます。
何卒、よろしくお願いいたします。
ではでは。
カテゴライズ。
コレの利点にして欠点は、キャラクターをとらえやすくするコトです。
受け手の脳内に、あらかじめ理解のための受け皿が用意されているようなモノですから。
個人のパーソナリティ、人間関係の把握を非常に円滑にしてくれる。
いらない労力・エネルギーを要求しない。
それこそ萌え四コマなどを代表とした、ゆるい雰囲気を微塵も台無しにしないその効果は、絶大な有用性を持つ。
しかし、欠点として読み進めていくにつれ観られる人間性が想定内のモノとなってしまいがちという問題も生じてしまう。
長く連載を続けるにつれて、「キャラ」を主軸とした展開が威力を失っていってしまう可能性を少なからず発生させてしまう。
かといってそこに新たな変化をつけるコトもまた、読者を置いてけぼりにしてしまう危険性を内包する。
しかし「GA芸術科アートデザインクラス」はそのどちらにも落ちず、今も話が進むごとに面白さを加速させ、読者をますます惹き込んでいっているのです。
「GA」のキャラクター達も、基本的にはキャラクター性の割とハッキリしたとても認識の容易でとても読み心地の良い者たちばかりで構成されています。
それだけで全体のバランスが非常に安定するようにそれぞれが配置されていますし。
一見すると、やっぱりキャラクターに変化を加えるのはバランスを崩しそうですし、せっかく慣れ親しみやすかった人柄が揺らいでしまうのではと言う危惧をしてしまいそうになります。
しかし、そうはならない。
既読部分の心地よさを潰すコトのない、秀逸なキャラの掘り下げと言うモノがそこには存在するのです。
それは突発的な変化じゃない。
内在し、それまでもちょいちょい顔を覗かせていた部分が、新たに呼び起こされるという形で現れるのです。
彼女ら・彼らは、既存のカテゴリとは別の「新たなカテゴリ」に片足を踏み入れていたと話すコトによって、新しい側面を見せる。
変化や意外な一面の吐露そのものが分かりやすく、読者を置いてけぼりにしないのです。
認識しやすく、何よりも「しっくりくる」ものでのみ、キャラとストーリー展開は深くなっていく。
深入りのための手ほどきが尋常じゃなく丁寧であり、それにいつの間にか誘われてしまう。
気付けばどっぷりと心地よい、だけどなかなか飽きもしない空間にハマり込んでしまうのです。
さらにこの作品は、他の美術を取り扱う漫画やアニメに比べても、美術関連の固有の話が良く登場する。
それも、非常に巧妙にストーリー構成やその回のテーマ、あるいはメタファーとしてとても技巧的に組み込まれます。
美術の話とは、芸術作品の制作技術とそれに対する個人の適性だったり、各々それぞれが創作に対する姿勢であったり、作品のジャンルや特徴の判別の話などである。
「GA」の登場人物たちは、その話を自分の好き嫌いや得手不得手を主軸にしゃべり合うのです。
自らの、もしくは友人のパーソナリティをあくまで中心とした語りがいくつもいくつも展開する。
ひたすらにキャラクターにのめり込ませるようなギミックがココでも猛威をふるう。
「美術」がココまで活かされたキャラクター達は、このGA以外ではそうお目にかかれない。
そー言ったイミでも、この作品は他よりも人間的でより濃い美術を堪能できる。
もちろん、ストーリーの伏線や単純にネタの一つとしてもそれらは機能する。
どちらにせよ、ひとつひとつがなかなかに洗練されたクオリティを保ち、それらが美術系の高校という舞台で最大限の威力を発揮するのです。
カテゴリと言うモノを持って、凄まじく楽に作品をエンジョイできる。
しかし最初に提示されたカテゴリが、そのキャラのすべてでは全くない。
そんな考えてみれば当たり前の話を丁寧に描き、ただ人間が変わっていってしまうと言う寂しい展開にしない。
知らなかった一面が少しずつ分かってきて、よりそのキャラの深い所に入り込んでいくコトが出来る。
美術のワクワクするような部分だけを抽出し、それを用いて描かれるこの「GA」は彩り豊かに鮮やかに、キャラクターの魅力と言うモノを限界突破レベルで魅せつける。
この賑やかで楽しい、キャラ達のいつまでも深く追求できる面白さの中へ、身を投じてみてはいかがでしょうか?
「不和」をいくつもみたような気がします。
どれがどれだったかも分からなくなるくらい、たくさん。
斬って捨てればイイのにと思ってしまいます。
その人間関係が無理だと断じたのであれば、出会いがしらの擦過傷ですむうちに。
距離を、縁を、記憶を。斬ってしまえと言うのが私の発想です。
ドライで、決して体裁の良いモノではありません。
でも私は「グズグズ」を嫌うのです。
負の感情はそこにあるだけで全てに対する害悪です。
だから、損得勘定を持って、その「グズグズ」の滞在を排除対象と見る。
文句を言い続けて、事態が好転した事例を知りません。その利点にも心当たりがありません。
ゆえに。
「不和」と言うのは要するに、人が自らの「好き」の邪魔を見つけた時に生じるモノでしょう?
人の感情の中で最も強くピーキーで、始末に負えない、高エネルギーの塊にして、その心の核。
それを敵に回したと言うコト、あるいは敵に回されたと言うコトです。
最低限の礼と謝罪という後始末をして、とっとと無関係に巻戻ってしまえば、それが一番誰にとっても平和な結末ではないかと。
少なくとも確率統計的に採るべき選択肢としてはなかなかの優良物件ではなかろうかと。
学校的な倫理道徳の提示するであろう立ち回りでは決してない。
ただ、それに逆らうコトに対する罪悪感が、結果に見える上々な被害の少なさを前に気にする程のモノか? と。
そんな風に考えるのです。
「好き」は、強い。強すぎる。
その共有に失敗した時点で、そこに軋轢が生じるのは当然の摂理。
自らの「好き」を押し付けるのも、押し殺すのも、起爆物に圧力・歪みを加えるような危険行為ではあるまいか。
まして、無為に刺激を与え続けるなど愚の骨頂ではなかろうか。
その辺、事態の収拾を意識して行動する方が良いのではないかと思うコトを、しばしば目にするコトの多く感じる、今日この頃なのです。
私は「涼宮ハルヒ」シリーズというライトノベルシリーズが結構好きです。
軽快な語り口調と世界観、最初は正直ちょっととっつきにくいとも感じましたが、今ではすっかりハマっております。
なので、彼から綴るコレを文章として、名指しで語るのは非常に苦痛なのです。
今からちょいと長々書いてゆくコレは、言ってしまえば「私がある一人の人物に対して抱く盛大な不満と文句と憤慨の言の羅列」なのです。
なので、まずそれを理解したうえで読んでいただきたいなぁというお話であります。
そして、その認識をしていただいた上でも読んだ人を不快にさせるような文字列です。
私が今から言及する一人の人物や、或いは書き手である私自身に、多大なる嫌悪を抱かせてしまうコトでしょう。
ですからコレだけは言わせて下さい。
たとえ、ヤツや私を嫌ったとしても、ヤツの好むモノや私の敬愛する人だったり作品だったりまでをも嫌いになったりしないで下さい。それだけはお願いします。
それが私は一番怖いのです。どうか本当にコレだけはよろしくお願いしますね。
と言った所で、以上に書かせていただいたコトを是と飲み込んだ上でなおこの先の文章を読んでいただけるのでしたら、下へとスクロールをして下さい。
平沢ハルヒは締め出さねばならない。
(もうコレ以上は名前を書くのもヤですし、なんかハンドルネームの元ネタのキャラを責めているような気になって気分が悪いし、読んでる側の方も少なからずそういう方がいらっしゃるのではないかと思うので、以降はまえがき同様「ヤツ」と呼称します)
私がそう思い立ったのは、割と早い時期だったと思います。
だからもっと早くそれを行動に移しておけばよかったのにと、今も後悔しております。
きつく言ってやるコトを、躊躇しなければよかった。
コレ以下の文章はそーゆー躊躇を振り払う手助けになればと思って書きます。
ですのまぁ、なんと言うか、ご容赦を。
そもそも私がヤツと会話したコトがあるのはツイッターからなのですが、その当時からまず「話の応答がイマイチ噛み合わないコトが多いなぁ。ぶっちゃけ話すのがめんどくさいだけで1ミリも面白くないなぁ」という印象でした。
でもまだなんか問題を起こしたわけでなく、子供の一人くらい大目に見てやるかと言った具合で考えていたんです。
で、結果から言えばその見通しは甘かったワケです。
私は自分の所の掲示板で「リレー漫才」と言う一つの企画を持っています。
簡単に言うと2行ごとに長文漫才の作者を早い者勝ちで交代していく企画です。前の人のボケにツッコんで、その会話の流れをくんだボケを繋げ、次の人のツッコミを待つって企画。
この「リレー漫才」、実は最初にツイッターの方でハッシュタグをつけてやろうと思った企画なんですよ。
んでご推察の通り、ツイッターなんで、TLでそれを発見してしまったワケですよ。
そいでもって、あろうことか、ヤツは「ルールを一切読まずに、探そうとすらしないで、好き勝手自身のやりたいコトだけを流れもぶった切ってじゃんじゃん送ってくる」という暴挙に出たワケです。
そりゃあ、当時はコッチもまだ企画作りの能力は甘かったですし、ルール表記を分かりにくい所に設置してしまったコトは認めましょう。そこに異論はないです。
でもね、アレはね、どう考えても「自身の前後に投稿する別の参加者のコトを考えてあげる」のが一番重要で、かつ一番楽しむべき所なのだと言うコトは、明らかにして疑うべくもない所じゃないですか。
他者とのやり取りを何よりも円滑にするための規律をキッチリ考えてこそ、その楽しさの本質に触れられるような、そんな作りの企画なワケですよ。
そこにたった一言「ルールが書かれていなかった(実際は見つけづらいかもですケドありました。リレー漫才に関するツイート全てに、タグによるリンクも付けてもらう形式だったのでどこからでもクリック一発でページを飛んで確認できるようにしてありました)」を盾に、好き放題やってイイ空間じゃあありません。ちょっとでも考えれば。
私以外の参加者にも迷惑であったろうと思います。
その上、ルール確認をなんとかさせたあとも、その場にいる人たちにちゃんと伝わるとは到底思えない内輪ネタをしつこく組み込んできやがりましたし。
本当にもう「一人でやりゃあいーだろーが。邪魔にも程があるわ」と、心底疲れました。
さらにもって、件のウチの掲示板は予約制の単独ライブ会場としてもその門戸を開いているワケでして、2011年7月の枠でやりたいと言ってきたのです。
一応断るための正式な理由もないしなという考えのもと、(この時点ですでに私はかなり嫌々ながら)許可したわけです。
まぁ長文とはいえ、「単独ライブ」なワケですよ。ヤツがやると宣言したのは。
予約からライブ開催まで3カ月ほどの猶予があったワケですよ。
さらに言うなら、前年に私がその掲示板サイトの構想があると言った時点で、「俺が一番最初にやりに行く」とほざいていたのです。
つまり、準備期間と言うモノはアホほど長くあったワケです。
だからみんな、それなりの量のネタを期待する状況だったんですよ。
そしたら、まさかの
「短めのネタ3つでおしまい」
という体たらく。
正直、曲がりなりにも他人に場所を借りて企画の主役を担うと言う行為を、舐めているとしか思えない。
私自身、一応の見本として自分のユニットによるロングネタを2本含む計6本のネタを使った単独を2月に行っております。
4月にも、やはりしっかりとした出来の6ネタを使った単独ライブが開催されております。
なのにどうして堂々とあんなモンで済ませられたと言うのか。
「忙しかったので」じゃない。
3か月ずっと忙しい人なんて、そう居るワケが無い。
自らやると言ったコトなのだから、せめて体裁だけでもちゃんと整えるくらいのコトはして然るべきでしょうが。
また、件のライブ会場である掲示板に関し、リンクを張って良いかと聞かれたコトがあり、まぁ許可を出したのですが、一向にリンクされない。
業を煮やしてどういうコトなのかとつぶやいた所、「誰にでも忘れるコトはある」という言い訳、と言うかもういっそ開き直りというか半ば逆切れにも感じられるリプライを返してきやがりまして。
いい加減ブチ切れて、ブロックしました。
なのに、別アカウントを取って平然と話しかけてくる。(もちろん最初のアカウントはブロックしたままの状況で)
ブロックで別れた相手に対して、あたかも友達みたいなテンションで接してくる。
どういうコトだと。
人間の感情に時効でも期待したのかと。
挙句の果てに、前回あの体たらくだったのにもかかわらずもう一度単独をやらせろと言ってくる。
絶句。
さらに他にも、ヤツが見ているアニメの贔屓じゃないキャラの人気を下げようと主張したり、仮にも自らのハンドルネームの元ネタであるキャラの担当声優さんを辛辣に侮辱するつぶやきを面白がってリツイートしたり。
そして、ただの一度も、これらの迷惑行為・不快行為に対して自ら謝罪をする事がなかった。
謝った(それもまたやはり逆ギレ気味に)のは私に「なんでちゃんと謝れないかな」と言われたときにやっと。その一回だけなのです。
コレはもう、一人間としてその人格を疑う。
もう、どうしようもない輩なのだと私は判断しています。
さて、そう言った具合です。私がヤツの問題について知る所と、その意見については。
取り敢えずこのようの事情から、私はヤツに遭遇しないよう極力ドライな対応を取らせていただきますので悪しからず。
遭遇した場合は辛辣な言をもって退けるコトも十分考えられると思いますので悪しからず。
もうこの態度は未来永劫変わるコトはありません。
何事にも、ヤツに対しては最高に冷淡で容赦のない対処でいきますので。
ただ、私は別にヤツの業界における全面的な追放までをも他の方に推薦・強要したりもしません。
正直、もともとが私の場合ドライな人間ですし、規範事例のような立ち位置になるのはやっぱ違うかなと。
なので、この記事において事実の列挙とそれに対する私の意見の公開をするだけにとどめておこうと思います。
そもそも一人の人間を注意人物として勧告すると言う行為は、それ自体がこの笑いを求める空間では邪魔でしかないのです。
私が散々迷惑を被りながらも強くヤツを糾弾する事が出来なかった一番の原因もそれです。
それでも、やっぱりコレが知らしめられずにヤツに接触する人が多くあってはいけないだろうと思い、今回は私もここまで悩みながらこの記事を書いたと言う次第なのです。
とは言え、コレを大々的なキャンペーンにまでしてしまっては、そのやり過ぎ感がこのネット芸人界を廃れさせてしまうかもしれない。
その危惧があるんじゃないかなとも、私は思うのです。
それはやっぱり本末転倒。
だから、今回の私は「対六升の裁判事例」としてこの参考資料を挙げるので、それを見て各自の判断は行っていただけるとありがたいかなと思うのです。
大事になってすら、事態の深刻さに気付くか疑問の残るような相手なので、判断は難しいかと思いますが。
なにとぞ。
ヤツに相対して、キレるのも、キレるべきなのも、身をもって知っております。
ですが、全企画からの締めだし要請までは性急ではなかろうかと。
コレはそれぞれの企画者が個々に考えて締めだすかどうかを判断する案件であって、問答無用の締めだしを機械的に行う流れを意識的にしろ無意識的にしろ作ってしまいかねない動きは、もうちょい慎重になってもイイんじゃないかなと思うのです。
企画者さん、およびネット芸人一人一人がが各々ちゃんと自分の中でヤツへの対応を裁判する機会は、せめてあるべきじゃないかと思うのです。
それこそ伝染病や宗教みたいに締めだしの流れを作ってしまえば、この業界の本質そのものが揺らいでしまいかねない。
だから、自身の思考をしっかり。
私はそれで、理詰めで、突っぱねることを決めました。
皆さんも、周りの流れででなく、自らの思考で決めて欲しいと思うのです。
そんなトコですかね。
ではでは。
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