初九州

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先週、金土曜と九州に行ってきました。

生まれて初めての九州なので、本来ならあちこちで写真を撮るのだが、今回は2月3日に叔父が亡くなり、その通夜と葬儀に出席する為だったので、残念ながらそういう気分になれなかった。

オレの父親は九州の福岡出身で、今年82を迎える。
父親はオレと違って頭がよく、大学に通う為に上京した。

その時代、第二次世界大戦が終わってから10年近く経っていたが、現在ほどではないが、不況が続き就職難で、更に食べものをはじめ物自体なかったから大変だったらしい。

父親は6人姉弟の4番目で次男、亡くなった叔父は大正15年生まれの、2番目で長男だった。

父親を早くに亡くした叔父は終戦後、兵隊の生き残りとして帰ってきて、自分も生きる目的を失いながら母や姉、幼かったオレの父らを食わせる為に愚連隊の群れに加わり、倉庫などを襲っていた事もあったようだ。
その後、九州電力に就職し、定年まで真面目に勤めた。

オレの父親が大学に入ったり小さいながらも会社の社長になり軌道にのせる迄、この叔父夫婦を先頭に、既に亡くなったが、父の姉達が自分達も苦しい生活を過ごす中、資金面で応援してくれてたらしい。

父も定年となり、会社をほかの人間に譲ると、叔父夫婦やその子供達や孫達がこちらに出て来る度、世話をし、あちこちに出かけていた。

そんな叔父が亡くなった事が、父には凄いショックだったのか、今までいくつかの席で父が挨拶するのを見てきたが、最初に詰まり、アドリブで切り抜けるのを初めて見た。

オレが不良してた頃、叔父に一度、愚連隊時代の話を聞こうとしたが、ふだんは気さくに話す叔父が、その話には口が重く、その雰囲気から、オレもそれ以上聞こうとは思わなかった。
ただ、「オレみたいに甘い時代じゃなく、やるしかなかった」という言葉が残った…。

そんな叔父夫婦に、「九州に来てないのはあんただけなんだから九州に来なさい」と言われ続けながら、こうなる迄行かずじまいだった。

今回、九州に行ったが、時間の都合から、結局本家の門はくぐれなかった。

叔父とは守れなかった約束、せめて叔母がいる間に、今度こそ果たせたら、などと思っている。
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