前回は殺伐としたマンガについての感想だったので、今回はほんのり温かい感じのマンガについての感想を書こうと思います。

「珈琲店タレーランの事件簿」は、岡崎琢磨の書く人気シリーズ小説で、現在4巻まで出ている人気小説。
今回自分が読んだのは、この小説の一作目をコミカライズしたもので全2巻完結。
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ジャンルとしてはミステリーものに入るのだろうが、凶悪な殺人鬼が出て来るわけでもなければ、巧妙に仕掛けられたトリックを見破るわけでもない、日常の中で生まれるふとした謎を珈琲店タレーランの女性バリスタ、切間美星がハンドミルを回しながら、「その謎、たいへんよく挽けました」を決めゼリフに解き明かしていく
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安心して読めるご近所ミステリーだった。

古都・京都は丸太町富小路にある喫茶店タレーラン。たまたま見かけた看板の名前に誘われてタレーランを訪れた青年・アオヤマは
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美星のいれるコーヒーの味と香りに魅せされ、しばしばこの店に足を運ぶようになる。

アオヤマは現代の若者に多い、穏やかで消極的な、美星の謎解きの聞き手役の似合うキャラクターで、聞き手となるきっかけとなった最初の事件?は、二回目に店を訪れた時、雨が上がった後、タレーランを出ようとしたが、自分の傘が失くなっており、代わりに女性用の傘が置き忘れられていた事から、その謎を美星が解き明かしていく。

ハンドミルの音を聞いていると頭の中が澄んでくると言う美星の、ハンドミルを回しながら順序立てて並べられる、細かい観察力から犯人を見抜いただけでなく、その後にとる犯人の行動まで読む鋭い推理にアオヤマは舌を巻く。

タレーランの常連となったアオヤマは、この謎解き以降、自分や自分の周囲で起きる出来事の謎解きを美星に頼むようになり、美星はそれを静かに解き明かしていく。

いくつかの謎解きの中には、アオヤマがタレーランを発見するきっかけとなった、元カノで女子大生の虎谷真実が登場したり、
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美星の過去に暗い話があったりと、ときおり、ラストエピソードに繋がる伏線が散りばめられている。

また、このマンガは謎解きだけでなく、美星とアオヤマの少しずつ縮まっていく気持ちの距離がセリフだけでなく、画でさりげなく表現されている気がした。

ラストエピソードは、ミステリーものらしく美星の軽い男性恐怖症になった原因となった、4年前、美星が短大生でタレーランのアルバイトだった時、優しさと気遣いがアダとなり、襲われかかったストーカー、胡内波和と
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アオヤマの対決が描かれているが、本格ミステリーと違って、あっさりとしている。

ラストエピソードについては、胡内との対決より、その後の美星によるアオヤマの正体に関する謎解きの方に意外性があった。
先に小説を読んでる人にはわかっていただろうが、自分は小説を読んでなかったので、この展開には素直に驚いた。

しかしながら、自分もそうだが、このマンガを読む前に「ビブリア古書堂の事件手帖」を読んだ人からすると、中途半端な二番煎じという感じを受けるのではないだろうか?

喫茶店を舞台にしながら、珈琲に関係あるのはキャラクターの名前くらいで、珈琲にまつわる謎解きで構成されてるわけでもないので、喫茶店は様々な人々が集まる場所という理由だけで舞台に選んだような、ご近所ミステリーとはいえ、なんの捻りもない安直さに自分としては安っぽさを感じてしまった。

ただ、ふだんマンガや小説を読まない方や、初めてミステリーものを読まれる方には読みやすいとは思う。
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ふと、気づいた。
以前、最近のマンガに作品と呼べるものが少ないと書いていたのに、マンガや小説の感想ブログを書く時に知らず知らずの内にすべてを作品と書いてしまっている自分に。

もちろん、その中には自分にとって、作品と呼べるものもあったが、そう多くはない。

では、なぜそう感じていないものも作品と書いてしまうのか?

それは自分がどう感じようと、その作者が生み出したものにたいして、どこか一定の敬意を表す自分がいるのだろう。

しかし、自分にとって作品と感じられないものは、やはり自分にとっては作品ではない。
自分の気持ちに嘘はつきたくないので、今後は作品と感じられなかったものについてはマンガとか本という表記にしようと思う。

ここから本題。

この作品は、生田斗真主演で、今年6月に映画化もされた筒井哲也のマンガ、「予告犯」のスピンオフ作品。
自分は、前に読んでおもしろかった作者が新作を出しているのを見かけると、とりあえず1巻を買って読んでみる事が多く、その為、ごくまれだが今回みたいな事がおこる。

本編をまったく知らずに、スピンオフ作品やサイドストーリー的なものから入って、後から本編の事を知るという掟破りなパターン。しかも、こういう場合、たいがい本編は読まずに終わる。(笑)

これを描いた小幡文生は、自分が一昨年感想を書いた「ステゴロ」の作者で、現在はヤングキングでそれを下地にした感じの「シマウマ」を連載中の漫画家である。
漫画家としては、品格とか健全さといったものとは無縁だが、心の闇とひど過ぎる仕打ちを描かせると、そのリアルさには身震いすら覚える。

その点で、このスピンオフ作品を描かせるのにあたって、ふだんヤングジャンプと縁のない小幡文生を敢えて起用した担当者のセンスは見事なものである。

本編の新聞紙を被り、世の中の悪人に制裁という名の暴行を加え、その様子をネット配信する事で、そのゲリラ的な行動と強烈なメッセージ性からネット上でカリスマ化した、正体不明の連続暴行集団・シンブンシから影響を受けた高校生達が模倣犯・コピーキャットとなり、シンブンシと同じように制裁という名の暴行事件を起こしていく姿を全3巻で描いている。
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この作品の主人公はふたり。
予告犯・シンブンシのメッセージに
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強い影響を受けたゲイバーで働く花岡猛流は集英高校の三年生。
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猛流の幼なじみで、同じ高校の遠藤草太はコンビニのアルバイト代を生活費に充てながら無職の父親と暮らす、普通の少年。
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このふたりに、ふたりがシンブンシとして行動を起こすきっかけとなった、明るみに出ない暴行事件の被害者で、
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ふたりの同級生で、草太と同じ団地に住み、草太と同じコンビニでのアルバイト以外に、祖母との生活費の為に援助交際のアルバイトをしていた西沢恭子
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と、恭子を暴行し、ふたりに最初に制裁された、151117_123508.jpg
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市議で会社社長の息子で、制裁された後、自分の居場所を失っていた田崎守
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を仲間に加えて、模倣犯・コピーキャットは本物を超え、自分達がはい上がる為の行動を始める。

このマンガのテーマは、コピーキャットを追う所轄の刑事・細村
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のセリフにある「純粋と凶気を履き違えた子供達」であろう。

コピーキャットが同じ高校の同級生であるという設定はよくできており、同じ空間で生活する同年代の若者は連帯感を持ちやすい。

さらに、田崎を除く三人が育ったのが団地という設定もリアルで、今では団地といえば高齢者の住む住宅という感じだが、昔は多くの家庭が団地にあった。

自分も団地育ちなのだが、団地に住む家庭は良くて中流、ほとんどは貧しい家庭だった。

そんな環境ではあるが、現代では希薄になった近所付き合いがあり、これによりお互いが助け合っていた。
しかし、この近所付き合いには残酷な側面もあり、その側面を切り取り、猛流と草太の子供時代として描かれていたのも印象的だった。

そんな団地育ちの少年達が抱え込んできた思いが、彼らの行動に垣間見える。

コピーキャットは、オリジナルとは違うやり方で制裁対象を決めていく。
制裁対象を動画の視聴者から募集し、
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義捐金(ぎえんきん)を募り、目標金額に達すると制裁を実行し、その動画をアップしていく。

制裁対象となったのは、アイドルと付き合ってた時の画像をネットに流出させた元カレや闇金業者の社長、子供を虐待する画像をアップしながら、それを躾とうそぶく母親、詐欺リフォーム業者や連続婦女暴行犯など。

下の画像は、そのうちの子供を虐待する動画をアップする母親と、それにたいして行われた制裁のシーンである。
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この母親にされた制裁は、95度の熱湯シャワーによる洗顔であった。
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制裁方法は対象によって違い、それぞれに見合った方法で為される。

彼らの制裁は、本家のシンブンシ事件が解決された後も続き、遂に警視庁捜査一課も乗り出してくる。

この作品のクライマックスに近づくにつれ、猛流とほかの三人の温度差が見えてくる。

草太達は、自分達がはい上がる事と、自分達が行う犯罪がそれでも誰かの為にはなっているという純粋な思いがあったが、
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猛流の最終目的は、自分達を煽り、義捐金を振込みながらも、なんのリスクも背負おうとはしない「無責任な観客達」をコピーキャットの同志として表に引きずり出す事だった。

義捐金を振り込んだ人間達のリストをネットに流し、自分達のアップした制裁動画を残す事で、無責任な観客達も責任をとらざるを得なくさせる事こそ、猛流の過去への復讐だったのだ。151117_124603.jpg
スナックをやっていた猛流の母親は、猛流が小学生の頃、殺人の容疑をかけられたが、証拠不十分で釈放された。
しかし、その後も同じ団地に住む住民達から嫌がらせを受ける。
そんな母親をたったひとり味方してくれた草太の母にまで嫌がらせは及び、やがて草太の母親は心労から車に轢かれて死んでしまう。
この時から、猛流は憎み続けていたのだ。
そして草太以外、誰も信じていなかった。

この事件は猛流の射殺という最悪の結果で終わるが、物語としては数年後、草太が少年院から出所し、猛流の分も生きる事を誓って終わる…。
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そうであれば、普通であったと思うが、この作品はそうではない。
出所した草太に近づく少年、彼は上の画像に載せた、自分の子供を虐待し、制裁された母親の子供である。151117_125254.jpg
このあと、草太の身になにが起こったかは想像に難しくないラストである。

これを作品としたのは、リアルな怖さを感じたからである。

かつて誰かは忘れたが、有名な漫画家が「マンガは想像の世界だが、それが人間の考えるものである以上、いつか現実のものになる可能性がある」というような事を言っていた。

2チャンネルなど、ネットの掲示板を見れば無責任なカキコミが溢れている社会。
それを踏まえてこの作品を読むと、ただマンガというだけでは済まされない、いつ現実に同じような事が起きても不思議ではないからこそ怖さを感じるのだ。

この作品を読んでおもしろいと感じられたなら、それはどこか感覚がズレてる人だと思う。

怖さを感じた人は自分の行動を振り返ってほしい。
「無責任な観客」にならない為に。

そういえば、この作品のキャラクターのなかでよくわからない人物がひとりいる。
猛流がコピーキャットとしてのサイトを立ち上げたり、警察のパソコンにハッキングするのに手を貸す、やたらコンピューターに精通してるこの男、
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物語のなかではどういう人物なのか、なにもわからないんだけど、本編から繋がってるキャラクターなのかな?
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高いぞ!ブックオフ(笑)

テーマ:
以前、自分が本を買うのはほとんど古本屋だという事を書いた。

自分は古本屋といっても、いくつかの利用方法に分かれると思っている。

ひとつはマニアックなフアンやコレクターなどが利用する、ジャンルごとに扱う本が店ごとに異なる専門店的なもの。

二つめは、地域密着型の昔ながらの個人店。
これは、大衆型で総合的にいろんな本を扱っているが、店主がマニアだったり、古本そのものが好きだったりすると、知識量が半端じゃなく、さらに経験から得た独自の目利きで、こういう店の店主と親しくなると、思わぬ拾い物ができたりする。

三つめは、大手や中規模クラスの古本屋チェーン店である。

自分の住む周辺地域で見た場合、現在、1番多いのは三つめに挙げたチェーン店で、ひとつめの専門店は都内に集中し、二つめの個人店は、三つめのチェーン店の進出により全滅してしまった。

これは、古本屋の利用者が二つに大別されるだろう事から、二つめの個人店は資金力の面からも、どうしても品揃えが中途半端になってしまうので、やむを得ない結果だと思う。

ブックオフは、過去に倒産しかかったか倒産したか忘れたが、現在は大手取次店のグループ企業になっている。

自分のブックオフにたいする見方は、大衆向けの古本屋で、店員も専門知識を持たない代わりに、新しめの本も、たまに見かけるマニアックな本もさほど高くないという印象だった。

実際、本を読む人の多くは、新しく出版された本を読んでいると思う。

なかでも、新刊もそうだが、現在の出版物の売上の大半はおそらくマンガだろうと思っている。

前にも書いたが、最近の古本屋の魅力は、新刊を安く買って読める事だと思っている。

自分は、新古本を買う事で、新刊二冊分の値段で三冊を読んでいる。

中規模クラスの古本屋だと、新刊より百円安いくらいだが、ブックオフだと立ち読みしやすいようにか、新刊の時に巻かれている帯が外されている事が多いが、それでも半額で売られていたのが魅力だった。

ところが最近のブックオフ、ちょっと異変があった。新しめのマンガ、新刊と比べて数十円しか安くないのだ。
まさか中規模クラスの古本屋より高く売るようになるとは。

数十円しか安くなってない、帯すらない新古本を買うくらいなら、数十円足して新刊で買った方がいいと思い、棚に戻した(笑)

ブックオフのような、大手の古本屋は買い取り価格と売値を一定にする事で、店員にさほどスキルがいらず、また、その安定感と取次店のグループ企業である事から、時には出版社に戻って来た返品を安価で買い取り、それを販売するという場合もあると思う。

これまでのブックオフの新古本も半額という販売方法は、実は新刊の購買にも影響があったろうと思う。

まず、新刊の購買層が読み終えた新刊をスペースの関係でいつまでも置いておけず、それを売る事で次に読みたい本の購入資金のたしにし、本を売った事で空いたスペースに、また読み終えた本をしばらく並べられる。

そして、自分のように新古本待ちをしてる購買層がその本を購入する。
こうした自分のような購買層は、こだわりたい本については、やはり新刊で買うので、新古本で買った本にたいするこだわりはさほどないと思う。

なので、読み終えた本は、やはり古本屋に売って、次の新古本や古本屋に出回りにくい本を新刊で買うたしにする。

こうしてリサイクルされる事で、古本屋の在庫もダブつかず、新刊書店で買う層との棲み分けにより、新刊書店と古本屋との関係は、非常に見えにくく、わずかではあるが、成立してる部分もあるのではなかろうか?

こうした中で、大手のブックオフが、新古本の単価を今迄の半額から、中規模の古本屋と同じような価格に上げる事で、企業として、売上を伸ばしたいのはわかるけど、それをするなら、他の古本屋と同じように、新古本と一般古本との差別化を図り、立ち読みができないようビニールに入れるなど、手間をかけていなければ、新古本については、ブックオフしかない地域以外では買わなくなるのではないだろうか?
そうなると、回転率が悪くなり、在庫が増えるリスクがあるという可能性も考えているのだろうか?

少なくとも自分は、ブックオフで高くなった新古本を買う気にはなれず、半額に近い価格で買えるエンターキングかブックオフよりは安く買えて、しかも買い取った状態で売るブックマーケットで買うなあ。
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