この前書いた、紐が緩んで修理に出していたパワーストーンのブレス、リメイクと浄化を頼んでいたんだけど、今日、帰って来ました。
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一週間という短い期間なんだけど、やっぱり、毎日つけてたものがないと、軽くなった気はするんだけど、なんか寂しい気がしてた。
で、変なところで凝り性でこだわりを持つオレは、験を担ぐ意味もあって、送料がかかっても、買ったところでリメイクをしてもらったんだけど、そういうこだわりをまったくもたないウチのカミさん、「そんなもん、どこで直しても一緒。送料や送るのにかかるお金や振込み手数料がもったいない」と言う。

さらに、このブレスをつけてから、オレの運気が上がってない事から、「逆に運気を下げてるじゃない」と迄言われる始末。

オレとしては、そういう毒を平気で吐くから、いい気がまわって来なくなるんだよ、と思う。

今回のリメイクで、運気が上がったらいいな
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パワーストーン修理中

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オレを知ってる人ならわかると思うけど、オレは、外出時、数年前から、ゴールデンタイガーアイのパワーストーンと月刊少年チャンピオンの付録についてた「TFOA数珠ブレス」なる人工石のブレスをしてる。
このブレスは、ブレスといえば貴金属、プラチナや18金、せいぜいシルバー。

オレは、CHROME HEARTSとかの凝ったブランド物じゃなく、ただゴツイ感じのシルバーブレスを持っているんだけど、重いし、傷つきやすいし、場所を選ぶから、何年かブレスをつけてなかった。

パワーストーンとかつけてる人を見ても、まったく興味が湧かなかったんだけど、当時、mixiをしてたオレは、好きなバンドのリーダーがパワーストーンのプロデュースを始めた事を知り、単純なオレらしく、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」、金運がついたらいいな音符という軽い感覚で、どうせ買うなら、好きなバンドのリーダーがプロデュースしてるものを、と思って買ったんだよね。

そんな単純な気持ちで買ったので、今もそうだけど、パワーストーンに関する知識なんかまったくなく、ブレスが届いた時も、その石の意味と珠に彫られた図柄の意味が書かれた紙が添付されてるだけで、手入れの方法とかは書かれてない。
なので、そのサイトで新商品が出るとチェックして、浄化商品とかは意味を知るために、近くの天然石ショップに行って、教えてもらって買ってた。(笑)

ゴールデンタイガーアイの御利益的には、まあ、パチンコタイガーマスクの新台が出た時に、使ったお金が倍になったのと、宝くじで数千円が当たったのと、当たりつきのジュース自販機で当たりが出た事くらい。
といっても、宝くじについては、大型宝くじを、毎回買っているから、使ったお金と比べると、当然、大赤字(笑)

わりと物持ちのいいオレは、一度買ったものを、結構、長く使う。

そうすると、愛着もわいてくるんだよね。

最近、このタイガーアイのブレスの紐が緩んできてるな、と感じてて、買ったところで修理できるか聞いてたら、修理できるという返事をもらって、いつ出そうかと思ってたら、その日の晩、仕事に行って、着替えをしてるうちに、石は外れなかったものの紐は一気に緩んでしまった。

さっそく、翌日、修理のために送ったよ。

でも、不思議なものでね。
その人は、鑑定からブレスを作ったりしてる方なんだけど、ペタされたのがきっかけで、オレ、その人のブログの読者になってるんだけど、そのおかげで、ブレスが壊れたら修理できる事、それをリメイクという事、できたら買ったところでリメイクするといい事なんかを、ブレスを買った店とはまったく無関係のところで、今回、ブレスの緩みを感じる少し前から知る事ができたんだよね。

長く使っていれば、当たり前の事なのに、それまで、ブレスが壊れるとか考えた事なかったもんなあ。

そうこうしてるうちに、今回の事があったから、慌てずに済んだんだよね。

肝心の買ったところは、そういうこだわりがないのか、自分のところ以外でのリメイクも問題ないし、リメイク後の、よくあるエネルギーを石に繋げ易くするための扱い方なんかもないと言うんだよね。

まあ、楽だけどさ。(笑)
いつも、つけてるものがないと、なんか寂しいから、早く元気になって、帰って来てほしいな。

できるなら、運気もパワーアップして(笑)

ちなみに付録の数珠ブレスの方は、4っつのデカい石、それぞれに貼ってあったシール「T」「F」「O」「A」がすべて剥がれてしまって、今じゃ、ただの数珠ブレスになっている。(笑)
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もともと付録だし、そろそろはずそうかとも思うんだけど、結構丈夫で、まだまだ元気だから、はずせないでいる。
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少し前に、永井豪が手塚作品とのコラボで「どろろとえん魔くん」という作品を描いたので、急にオリジナルを読みたくなり、読んでみた。
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手塚治虫の描いた作品、人によって、手塚治虫の傑作は違うだろうけど、オレ的には、妖怪ものが好きな事もあり、昔から手塚治虫の作品の中で1番気に入ってた。

小学生の時に読んで以来、今回、買い直して、久しぶりに読んでみたら、やっぱりおもしろかった。

以前、柴咲コウが主演で映画化された時は、
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とくに読みたいと思わなかったのに、こういうのって、やっぱ、気持ちとかのタイミングなんだろうなあ。
あらすじとしては、天下獲りの野望に燃える醍醐景光は、地獄堂に祀ってある妖怪が憑いている48体の魔像に野望を叶えてくれるよう願う。
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妖怪達は、醍醐の願いを叶える事と引き換えに、生まれてくる醍醐の子供を差し出せという。

醍醐はこれを承諾し、妖怪達は契約の証に、醍醐の額に×印を刻む。
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二日後、醍醐は生まれて来た赤ん坊を一目見て、思わず目を背ける。そこには妖怪達に身体を奪われ、目も耳も口や手足もない、全身穴だらけの不気味な赤ん坊の姿があった。

醍醐は、この奇妙な赤ん坊の姿を見て、自分の野望が叶う事を実感しながら、無情にも赤ん坊をタオルにくるみ、タライに乗せて川に流してしまう。

川に流された赤ん坊は、幸いにも薬草を集めに川岸を歩いていた医者である寿海に拾われ、育てられる。

生まれつき身体の不自由な赤ん坊は、はじめ芋虫のように、ただ這うだけだったが、ある日寿海にテレパシーで話しかける。

この声を聞いた寿海は、この赤ん坊は特別な力をもっていると考え、医者であった事から、欠けている箇所に木や焼き物で義眼、義手、義足などを作り、手術で付け、見かけは普通の少年と同じようにしてやった。140808_100340.jpg
寿海の愛情と子供の努力により、やがて、義手などを自分の手足のように使いこなせるようになる。

だが、子供の成長に伴い、寿海の家にはなぜか妖怪が集まるようになる。
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少年がもつ特別な力が、妖怪を引き寄せると考えた寿海は、少年は人間と暮らすのは無理なので、特別な力をもった人間が暮らす場所を見つける旅に出る事を勧める。

寿海が、妖怪に殺されかけた事もあり、
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これ以上迷惑をかけぬ為、少年は、家を出る決心をする。

寿海は、旅立つ少年に、最後の手術を施し、義手の中に自分が若い頃、仕えていた武将にもらった刀を仕込む。
そして、少年に「百鬼丸」と名付ける。
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旅に出てまもなく、急な雨に降られ、荒れ寺で雨宿りをする百鬼丸に、何者かが「これからおまえは、48匹の魔物と戦う。そして、魔物を倒す度に失った身体を取り戻せる」事を教える。

こうして、百鬼丸の人間になる為の旅が始まった…。
百鬼丸は、魔物退治の旅の道中、ひとりの少年?と出会う。
その少年?は、この界隈で数々の悪事を働き、どんな目に合っても、態度を改めない、胆が太い少年?で、業を煮やした大人達は、この少年?を簀巻きにして川に沈めようとしてるところであった。
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その時、川上からボロクズのような物が流れて来たのを見た百鬼丸が、簀巻きにしようとしていた大人達と少年?に早く川岸に上がるように声をかけるが、大人達は取り合わない。

やがて、流れて来たボロクズにリーダーらしき男が包まれると、みるみる白骨化していく。
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ボロクズには、死霊という妖怪が憑いていて、カタチを持たない死霊は、周りの物に取り憑く事で、その物の身体を使って移動する。
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簀巻きにされていた少年?は、橋げたを這い登り、難を逃れる。

死霊と対峙した百鬼丸は、義手を外すと、腕から生えた刀で死霊を退治する。

この少年?こそ、どろろ。この作品の主人公である。
どろろは、野盗・火袋
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とお自夜
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の子供であったが、父の火袋は、部下・イタチ
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の豪族に取り入り、安定した生活にしようという進言を聞かず、野盗を続ける道を選んだ為に、裏切りられる。

火袋の率いる野盗は、戦の犠牲になった村の者で編成されており、豪族に取り入る気にはなれなかったのだ。

しかし、イタチをはじめとする配下達は、火袋の気持ちとは裏腹に、今よりもいい暮らしができる事を望んでいた。

この裏切りで父を失い、
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母・お自夜と流浪の日々を過ごしていたが、ある寒い雪の日に亡くす。
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どろろははじめ、百鬼丸の腕にある刀を盗む為に百鬼丸に近づくが、
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百鬼丸の身体の大半は作りもので、自分の身体を奪った妖怪を倒すと、奪われた部分が返ってくる事を知り、妖怪退治に協力するようになる。

このどろろと百鬼丸の出会いにより、物語は妖怪退治を軸にして、ふたりの過去と現在を織り交ぜながら進んでいく…。

このどろろという名前、手塚治虫のコミックスに書いてある挨拶文によると、近所の子供が泥棒と言えず、どろろと言ってたところからヒントを得たらしいが、この由来も手塚治虫の子供っぽさならだと思う。
普通なら、聞き流してしまうような言葉もひっかかり、そこからキャラクターを生み出してしまうところに手塚治虫の凄さを感じる。
どろろは、見た目はただの悪たれなんだけど、中身は戦を繰り返す大人達やその巻き添えになり苦しむ人々や妖怪の所業に苦しむ人々を見ると放っておけず、助けてしまう。
とくに、理不尽な権力にたいしては、反骨心を露にする。

どろろでは、主人公以上に魅力をもったキャラクターとして百鬼丸が描かれている。

百鬼丸の生い立ちについては、あらすじのところで書いたので省くが、どろろと会う前迄に、かなり丁寧に描き込まれている。

百鬼丸は、自分の身体が不自由な事にひけめを感じており、また、多感な年頃ゆえ、心の弱さをもっている少年剣士である。

そんな百鬼丸の前に現れた、謎の琵琶法師。
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盲目でありながら、剣の腕が立つ。それだけでなく、百鬼丸が妖気に包まれているのを見抜く。

その琵琶法師によって、戦に巻き込まれ、身体が不自由になりながらも身を寄せ合いながら、健気に生きる子供達が暮らしてる寺に連れて行かれ、不幸なのは自分だけじゃない事を知り、不自由さを乗り越える勇気を教えられ、その寺で暮らしながら、独自で剣の修業を始める。

そうするうちに、寺で暮らす子供達の面倒をみてる少女・みおとほのかな恋に落ちるが、すぐに悲しい結末を迎える。140808_100830.jpg
この事によって、どろろと会う迄、百鬼丸は人としての心を失い、ただ、自分の身体を取り戻す為だけに妖怪退治の旅を続けてきた。
その百鬼丸が、どろろと幾度もケンカしながらも、二人で旅を続けているうちに、身体を取り戻すだけでなく、人間らしい気持ちが成長していくのも、この作品の魅力のひとつになっている。

どろろに出て来る登場人物は、主人公だけでなく、妖怪も人間もいい意味でも悪い意味でも人間臭い。

妖怪の傀儡でありながら、人間の心に触れ、非情になれなくなる者もいれば、妖怪退治をしてる時は、さんざん頼っておきながら、用が済んだら、どろろの周りの集落での悪評を耳にすると、熱を出してる少年?を追い出す村人達もいる。

物語の終盤に差し掛かると、どろろと百鬼丸、それぞれの過去の因縁に決着をつける展開になっていく。

どろろの背中には、亡き母・お自夜により、宝の隠し場所が描かれており、それを知った父の仇・イタチがどろろの前に現れる。

考えてみると、自分の子供に宝の地図を描き、危険な目に合わせる母親ってどうなんだろう?(苦笑)

このイタチも、どろろの敵でありながら、最後は自分が裏切ったどろろの父親・火袋にイッパイ食わされる。(笑)

百鬼丸もまた、自分と引き換えに野望を叶えようとする父親、醍醐景光と対決する。

醍醐景光は、自分でも気づかないうち、妖怪に取り憑かれていた。

この醍醐と百鬼丸と会うのは、実は二度あり、一度目は、百鬼丸と百鬼丸の弟・との兄弟対決があったのだが、この親子対決の際、次男の仇という因縁があってもおかしくないのに、なぜか、の存在がない事になっている。

母親である縫の方とも同じ時に会ってるのに、それもない事になっていて、前に会った時と同じような質問をし、百鬼丸の対応も同じようなものになっている。
おそらく、途中で連載誌が変わり、展開上の都合上、そうなったのだろうが、これを単行本でひとつの流れとして読むと、どうしても矛盾が生まれるんだよね。
単行本を出す前の、編集の段階で不自然さを感じなかったのかなあ?

最後のクライマックスには、どうしても百鬼丸と醍醐景光との親子の対決が必要なのはわかるけど、この掛け合いを、もう少しきちんと描けていたら、より完成度の高い作品になっていたろうと思うだけに残念かな。

今回のブログ、あらすじのところで、少年?という言葉を多用したのは、どろろが、実は女の子であったというのが、最後、百鬼丸とどろろの別れのシーンでわかるからなんです(笑)

これも、おそらく最初の設定では、男の子だったのが、描いてる途中で設定が変わってしまったのではないかと思われます。

というのは、単行本を通して読まないとわからないのですが、はじめは明らかに男の子の顔で性格も男っぽかったのが、後半になると、中性的な顔になり、しぐさも女の子といわれても違和感がない感じになるからです。

まさしく、最後は、手塚治虫にイッパイくわされた気分になります(笑)
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