青藍山研鑽通信

作曲家太田哲也の創作ノート

よろしければ太田哲也ホームページ もあわせて御覧下さい。

縁日の見世物小屋でも覗くつもりでお気軽にお越しいただければ有り難いです。

試聴用サンプルをクリックしていただくと、ひゅうう、どろどろどろと不気味な音が流れてきますよ。

小さなお子さんたちは大人の人と一緒に見てくださいね。

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シュウゾウこそ、我が小学校で最悪の性格を持つガキだった。いつも後ろから近づいてきては、相手の耳元でねちねちと悪口を言い続けるんだ。言われた相手がそのしつこさに耐えきれず思わず怒鳴りつけると、「おおっと」という軽い感じで逃げてゆき、しばらくしてまた近づいてきてはねちねちを繰り返す。まったく妖怪みたいなやつだった。

 


相手と口論になると、その相手が何を言おうとろくに聞く事もせず、ただ「いにゃ」と繰り返した。「いにゃ」?うん、何だろうね「いにゃ」ってさ。「否」の音便変化のようでもあるが、ともかく相手の言葉を否定しているのさ。口元を憎たらしく歪め、薄ら笑いを浮かべながら「いにゃ」と繰り返すシュウゾウの顔を見ていると、誰でもが思い切り殴りつけたくなるのだった。特にこの「いにゃ」は、女子に嫌われた。猿のように喚く女子に、にやにやしながら「いにゃ」攻撃を繰り返すさまはちょいとした見ものだった。

 


ある日、糾弾は唐突に始まった。帰りの学級会の時間、クラスのマドンナであるサツキが、「シュウゾウ君は人が何を言っても『いにゃ』と返事をするのでやめて下さい」。クラス中が大喝采する中、教師から「いにゃ」禁止令が言い渡された。

 


次の日、女子にやり込められたシュウゾウは、つい「いにゃ」と言い返してしまい、慌ててその後に「き」という文字を付けくわえた。「いにゃ・・き」。シュウゾウ君、今「いにゃ」と言ったよね。いや、言ってない、俺は「いにゃき」と言ったんだ。「いにゃき」って一体なんだよ?ともかく言った、言わないの、世の中にこれ以上の不毛はないだろうというような戦いが繰り広げられ、その日の学級会の時間、とうとう「いにゃ」と並んで「いにゃき」も禁止された。さらに次の日の学級会では「いにゃぽ」という言葉が禁止語の仲間入りをした。私は未だに、ニュースなどで「いたちごっこ」という言葉を耳にするたびにシュウゾウの顔を思い出しては、くすくすと一人笑っているんだ。

 


本人が意識する事もなく、人々の注目を浴びるような事をしでかした時、最近では「持ってる」という言葉を使うらしい。うん、「持ってる」といえばやはりこのシュウゾウをおいては他にいないだろうね。四年生の遠足の時だった。シュウゾウが袈裟掛けに二本の水筒をぶら下げて現れた。一本にはオレンジジュース、もう一本には何とコーヒーが入っていると言う。コ、コ、コ、コーヒー?われわれの誰もがコーヒーなど飲んだ事もなかった。大人だけが嗜む事のできる魅惑の飲み物、そいつがシュウゾウの肩に掛った水筒には詰められているというんだ。

 


まず、シュウゾウはわれわれに向かって、コーヒーを飲みたいやつはいるか?と尋ねた。そこにいるほぼ全員が飲みたいと答えた。頂上に着くまでの間、自分の言う事をきいたやつには、弁当の時間にコーヒーを飲ませてやると、尊大に言い放った。われわれはシュウゾウの機嫌を損なわぬよう気を使いながら接した。「どんぐりを拾ってきたやつにはコーヒーを一杯」、「ジャンプしてあの木の枝に触れたやつにはコーヒーを一杯」、「シェーをしたやつにはコーヒーを一杯」、ちなみにシェーというのは「おそ松くん」という漫画の登場人物、「イヤミ」が驚く時にみせる奇天烈なポーズの事だ。

 


そんな馬鹿殿ぶりを披露する中、何を思ったかシュウゾウは突然「がにまたで歩いたらコーヒーを一杯」などと訳のわからない命令を下したんだ。うん、独裁者ってやつは大いに間抜けな一面を持っているもんさ。がにまたって何だ?という誰かの質問に、がにまたってのはこうやるんだと、シュウゾウは思い切り自分の足を外側に開いて、うん、ほぼ九十度に足を開いたまま歩き出したんだ。その時だ、その列の横にはみ出した間抜けなシュウゾウの足の甲の上をトラックが通過したんだ。もんどりうって倒れ、悲鳴と共に泣き出すシュウゾウ。慌ててトラックから飛び降りてきた運転手。教師と二言三言言葉を交わすや否や、泣き喚くそのシュウゾウを抱え、病院に連れて行くからとトラックに乗り込む運転手。その時、シュウゾウは泣きながら、われわれに向かって「誰にもコーヒーは飲ませない」と叫んだんだ。

 


最初、何が起きたのかもよくわからなかったわれわれだが、うん、やはり笑ったね。腹が捩じ切れるほど笑った。トラックの窓から泣き顔のまま、両肩にはしっかりと二本の水筒を引っ掛け、恨めしそうにわれわれを見つめる、そのシュウゾウの顔を今も鮮明に憶えている。

 


                                    2018. 4. 25.




 

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久々の雨の朝だ。うん、悪くないね、などとのんびり雨音に耳を澄ましていられるのも、通勤などと無縁な隠居暮らしの御蔭さ。悠長な暮らしだ。もちろん羨ましがる人間など誰もいない。こんな暮らし、仕事を止めれば誰だってすぐにできる。

 


雨が降ると未だに思い出すのは、子供の頃に遭った洪水の事だ。日曜日の朝だった。小学生だった私はその頃、毎週絵を習いに近所の教室に通っていた。絵を描く事は好きだったが、教室ってものはかったるかった。私はその日、教室に行かず、道端でガードレールに腰掛けて、いい加減な絵を一枚でっちあげ、教室に行ったという贋の証拠を拵えたんだ。  

 


丁度絵を描き終えた頃から、ぽつぽつと小粒の雨が降り出した。その雨はあっという間に大粒になり、坂の途中にある自分の家に帰るために、まるで川を登っているかのような状態になった。鮭ってのはこんな感じで川を登るのかねえ、などと思ったりはしなかった。不安になり、ひたすら坂の上から流れて来る水を掻き分けながら家へと急いだ。

 


家に帰りつき、窓から外を見ると、もう、何だかえらい事になっていた。家の前の坂は、ああ、それが到底道だとは思えないような状態になっていた。うん、それは川さ。道、そいつはあっという間に川になってしまったんだ。その川を情け無い姿で自動車が流れてゆく。自動車以外にも、バケツだとか、畳だとか、机だとか、もう何だっていいさ、無差別、うん、無差別に物が流れてゆくんだ。あれ?あれって一体なんだろう?あの四角い大きな木でできた箱みたいなもの。そう、そいつは風呂桶だった。

 


私の家だけが、その辺りで唯一の二階建てだった。避難してきた人々が、家の二階から外を見ながらあれこれ話していた。大人たちの焦燥した表情の意味が、まったくわからないほどにガキだったわれわれは、興奮し、奇声をあげてそこいらを走り回り、大人たちに小突かれた。

 


雨が上がり、遅い午後の日差しが、まだ引かない濁った泥水をきらきらと輝かせ、それはうっとりするぐらいに綺麗だった。泥だらけの地面が見える頃になると、ガキ共は近所の探索に出掛けた。坂の上のT字路、その角にある坂本さんの家は、四本の柱と屋根だけになっていた。坂本さんの家にはみほちゃんという、私と同じ歳の女の子がいた。あれ、みほちゃん、さっきまで私の家の二階で騒いでいたんだが、どこにいったんだろう。そのまま転校していったみほちゃんとはそれ以来あっていない。私は彼女が水に呑み込まれてしまったような錯覚に長い事捕らわれていた。

 


子供の頃、水は恐怖の対象だった。そういえばガキだったわれわれを怯えさせたものの中に「底なし沼」ってものがあった。今、その名前を耳にする事はないが、ガキの頃は恐怖という冠を被った底なし沼という言葉、つまり「恐怖の底なし沼」という言葉が、漫画だの小説だのドラマなどによく現れた。そこに一歩でも足を踏み込むとたちまちずぶずぶと引き込まれてしまうんだ。最後は水面に震える手だけを見せながらこの世から消え去ってしまう。ああ、何という恐怖。

 


われわれ糞ガキ共はそこここで水たまりを見つけると、それが底なし沼ではないかと疑った。その水たまりに傘の先を差し込んでみて、ずぶりとそいつが刺されば、おお、底なし沼だぞとたちまちの大騒ぎだった。おいおい、ちょっと待てよ、そこ何日か前まではただの空き地じゃあなかったか?二三日降り続いた雨で出来た水たまりじゃあないのか?

 


そんなわれわれだが、ある日、山の中でとうとう底なし沼らしきものを見つけた。勇敢なガキの一人が足を踏み入れると、たちまちずぶずぶと沈んで行った。おお、危ない、皆で力を合わせ助けるんだ。われわれは必死でそいつを引き上げた。すぽんと沼から引き揚げられた彼は、裸足だった。何と長靴が呑み込まれたんだ。うん、間違いない、これは底なし沼確定だね。われわれは恐怖のあまり、必死でその場を逃げ去った。

 


安全なところに逃げ果せたガキ共が思いつく事なんてろくな事じゃあないさ。そうだ、あの性格が悪いシュウゾウを底なし沼につき落としてみないか。そんな馬鹿な事を話し合った。いざとなれば全員で引き揚げればいいさ。底なし沼とわれわれの綱引き勝負って訳だ。われわれは次の日、シュウゾウに底なし沼を発見した事を自慢し、彼をそこにおびき出す事に成功した。へえっとおそるおそるのへっぴり腰で沼を覗きこむシュウゾウを皆で沼に押し込んだ。われわれの予想では、ずぶずぶと沼にはまり、水の上に上半身だけを残してばたばたともがくシュウゾウを皆で引っ張り上げる事になっていたが、実際にはシュウゾウは泥水の中にばたりと倒れ込んだだけだった。泥人形のようになったシュウゾウは怒り狂い、泥水を跳ね飛ばしながらわれわれを追い回した。

 


それからしばらくの間、われわれは底なし沼に近づく事はなかった。夏休みになって、久々にそのあたりにいってみると、あれ、沼が無くなっているぞ。もちろんその底なし沼は梅雨が拵えた大きな水たまりさ。きっとその底には夥しい人間や動物の骨が沈んでいるに違いないと思ってたそこにあったのは、われわれの勇敢な友の長靴だ。そいつが一つぽとんと間抜けな姿を夏の日差しに晒していたんだ。

 


もし、底なし沼、そんなものが現実にあるとすれば、それは平日の朝にもかかわらず、雨音に耳をすましている私がいるここさ。ああ、私は日々沈んでゆく。今もじわじわと沈み続けている。

 


                                  2018. 4. 24.



 

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来月、お馴染みの箱崎水族館でライブを演る事になった。今回、われわれは初めてゲストをお招きする。サキソフォーン奏者の辻由花さんだ。辻さんと最初に出会ったのは数年前だ。フルート奏者、大塚陽子さんのリサイタルに彼女がゲスト出演した際に、幾度かレッスンでお目に掛った。私などとは違い、非常に正統的な音を持つ演奏家だ。

 


いつぞや、私のコンサートの際に、メールを送ってみたんだ。とにかく客の入りが悪い私のコンサートを何とかしようと、お知り合いで物好きの方がおられれば、その方々に私のコンサートの告知をしていただけないでしょうかと。彼女から送られてきた快い御返事は、また御一緒出来る機会があれば嬉しい、などという一文で結ばれていた。

 


ほうら、軽薄な社交辞令は不幸を呼ぶのにねえなどと思いながら、私は早速、来年の私のライブに出演願えませんでしょうかというメールを差し上げたんだ。来年の私のライブ?うん、そのメールのやり取りをしたのは去年の事さ。

 


私はこれまでサキソフォーン奏者と一緒にステージに上がった事が一度もない。サキソフォーンを吹く友人も一人もいない。いや、一人いた。哀愁のファゴット奏者、埜口浩之君がいるじゃあないか。若い頃、ホンダのカブのバイクに跨り、荷台にはファゴットを括りつけ、背中にはサキソフォーンを背負い、颯爽と銀座の街中を駆け抜ける彼の姿が今も目に焼き付いている。その頃彼は、確か劇団四季のオーケストラにいたんだ。ネタはウエストサイドストーリー、彼はファゴットとサキソフォーンの両方を、曲の途中で持ち換えて吹くというので、他の団員の二倍のギャラを貰うんだと言っていた。

 


劇団四季は、全公演が終わってから一括してギャラを払うというシステムらしく、数か月の公演を終えると、彼は一気に金持ちになり、ずっと溜めていた家賃を一気に払っていた。彼がまだ、江古田という街の寿司屋の二階に住んでいた頃の事だ。

 


ああ、随分と話が逸れてしまったね。ともかく今回は、そういう訳でフランス的な奏法をきちんと勉強された辻さんと、御一緒させていただくんだ。私は、サキソフォーンという楽器について、さまざまな事をあまりにも知らない。いろんな技術から、しきたりにいたるまで。方や辻さんといえば、この辺りで最も名を知られた、もちろん私などお目に掛った事もないような素晴らしい先生に、長年レッスンを受けてこられたんだ。サキソフォーンという楽器にまつわるそのさまざまな事を、密かに辻さんから盗み取ってやろうと、いひひひひ、そう企んでいるのさ。

 


バッハのチェロ組曲の第一番。あの、一気に音楽がこぼれ出すような開離和音の連鎖で始まる曲を、二本のサキソフォーンのために編曲したいとずっと思い続けていたんだ。あの立体的なフレーズを二人で奏する事により、より立体的に演出したいと思っていた。

 


ルクレールというフランスバロック期に活躍した作曲家のソナタも編曲してみた。いや、編曲というにはおこがましいか。元々二本のヴァイオリンのための曲だ。そのままサキソフォーンに移しただけさ。日本ではこういった移すだけの行為をアレンジと呼ぶが、アメリカではその手の事はアレンジとは言わない、単にトランスフィギュレーションと呼ぶのだと、随分昔、アメリカ帰りの作曲家に教わった事がある。

 


このフランスの作曲家ルクレール、彼の和音の進行がわれわれが普段使っているものとはちょいと違っているんだ。日本人の作曲家の多くはドイツ式の和声法から作曲の勉強に入ってゆく。フランスの和声とドイツの和声、そいつはいささか違う。バッハの高弟であるドイツ人のキルンベルガーは、フランス式の和声の教本、そいつはかの有名なジャン・フィリップ・ラモ―が書いたものだが、その和声法は間違っているとはっきりと断言している。私には到底、間違っているなどと断言する見識も度胸もない。今回のルクレールの作品における違和感を解消するために和音を付け直してみようかとも思ったが、いやいや、私ごときのやる事ではない、うん、そのままの形でサキソフォーンの譜面に移し替える事にした。

 


ライブの締めにはカタロニアの古曲を用意した。お馴染みの「鳥の歌」さ。ちょいとはったり臭かったかねえ、この曲に「二羽の鳥が戯れるように」というタイトルを被せてみた。深い山中を鳴き交う鳥のその声が、自由に響き合うさまを思い浮かべながら編曲した。

 

 

 うん、実はもう今からすでにわくわくしているんだ。辻さんの音はどこまでも柔らかく、艶やかだ。その美音が少しも損なわれないように、いささか慎重に絡む自分の音を思い浮かべると、ああ、何だかどきどきするね。

 


                                   2018. 4. 23.





 

 

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