20世紀になって、現在のような形で「アロマテラピー」が行われるようになりましたが、古代の人々はすでに「香りの力」を知っており、いつの時代も人と植物は共にありました

◆クレオパトラは美人だったのか?◆という「お題」が長引いてますが、いつもブログを読んでくれてありがとうございます (^O^)/

最近マスコミや世間では、美容整形を何度も繰り返し、完璧な容姿を追及している女性たちに注目しています。

美容整形といっても、身体に負担をかけていますし、術後は傷口も痛々しく、腫れが引くまでは「美しい」状態ではないはずです。

その間、彼女たちは「美しくなれるのだろうか?」と不安な日々を過ごしているのかもしれませんよね。

そんなことを考えると、彼女たちは、ものすごいメンタルをお持ちの方だと尊敬をしてしまいます。

これは、あくまでもキャンディの考えですが、確かに彼女たちは「美しい」けど、なにか欠けているような、不自然というか・・・

やはり、「美しさ」って外見だけではなく、その人の「考え方」、「生き方」に魅力があるかどうかも重要な要素と思いました。

そんなこんなで、今回は女王クレオパトラの「考え方」、「生き方」について書いてみました。

【西・中央・南アジア】

紀元前1000年頃
出来事

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.....本 古代エジプト最後の女王クレオパトラ


古代エジプト・プトレマイオス朝の最後の女王(BC.70~30)。

美貌、優雅さ、教養があり、さらに香りを政治、恋、駆け引きに利用し、ローマ帝国の英雄でもあり、独裁官カエサル(=シーザー BC.100~44)や、その部下のアントニウス(BC.83~30)を虜にしたと言われている。


クレオパトラの有名なエピソードに、薔薇やムスクなどの香料を体に塗り、薔薇の香水風呂に毎日はいり、寝室には薔薇の花を敷き詰めていたといわれている。

..................................................................................................≫情報元:wikipediaより

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女王クレオパトラの「考え方」、「生き方」を復習するために、行動に関するエピソードをまとめました。



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語学が堪能な知性派


ご存じ、女王クレオパトラは、地中海周辺の各国語を話せたという知性的な女性でした。

クレオパトラのご先祖さまが、エジプトの王になり、「プトレマイオス王朝」の創始者となりましたが、やがて経済問題と内部紛争が原因でエジプト文化も衰退の一途をたどっていきました。

原因のひとつとして、王族の誰一人としてエジプト語が話せなかったこと。

その会話のすべてはギリシャ語だったそうです。

その中で、女王クレオパトラは、エジプト語も話せる人物でした。


「語学が堪能」ということは、政治、外交、男女の仲を深め、それを継続させるコミュニケーション能力が優秀だったことになります。


サービス精神旺盛


彼女はとても機転が利き、人をびっくりさせて心を開かせるなど、サービス精神に満ちた女性でもありました。

そんな彼女のエピソード。

・初めてカエサルに会う時、番兵に捕まらないように、じゅうたんの中にくるまって城門を通過し、見事、カエサルの面会に成功したこと

・カエサルの寝所に大型の浴槽をもちこませ、カエサルの目の前で衣服を脱ぎ、お風呂につかったこと。

・アントニウスに会うため、タルソスに訪れた時、おもてなしに先祖代々に伝わる貴重な「真珠」を酢に溶かして飲ませたこと。

・魚釣りが好きなアントニウスを喜ばせるために、家来に釣竿の糸の先に魚をつけさせるというイタズラ。

アロマでHappy♪




寝所に大型の浴槽を運んでお風呂に入るという意味不明な行動もありましたが、クレオパトラは奇想天外なアイディアで人を喜ばせる天才ですね!



政治家でもあり・・・


そして、クレオパトラは政治家としても優れていました。


・彼女がシリアに追われていた時、カエサルがポンペイウスを追ってきたと知ると、カエサルに的を絞り、会うことを計画しました。これが成功して、彼女はエジプトの女王として復権に成功。

・ローマ滞在中にカエサルが暗殺されたことを聞くと、すぐに息子カエサリオンと少数の側近を引き連れ、さっとエジプトへ戻り、軍備を整えたこと。

・オクタビアヌスを代表とする「反クレオパトラ軍」と対抗するため、アントニウスを担ぎ出しました。こうすることで、ローマ対エジプトではなく、アントニウス対オクタビアヌス=ローマの内部紛争にし、カエサルの後継者争いにすり替え、アントニウスを支援し、自分の息子カエサリオンを新しい帝国の王に就かせようと密約を結んだこと。

・アクチュウムの戦でアントニウス軍の勝利が難しいと思いはじめると、エジプトの船団を率いて、すぐにエジプトへ戻る・・・

ここは、一見、アントニウスを見捨てたように感じますが、決してそうではなく、彼を取り巻く代議員や軍人のあまりのひどさに決別したかったという理由があったそうです。

その後、側近を捨ててまで、エジプトに逃れてきたアントニウスのためにエジプトの国の富の最後の一滴までも絞って、海軍を整備し、オクタビアヌスと戦わしていたのです。
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ちょっと、冷たいなーと思う行動はありますが、冷静に物事を分析して、決断ができる優れた政治家でもあり、軍の指揮官だったことが理解できます。


母性愛もある。


女王クレオパトラは、母としての「愛」を持っている女性でもありました。


・アクチュウムの戦で、万が一戦況が悪くなることを想定して、息子のカエサリオンに大船団と財宝をもたせて、インドに向けて出発させたこと。

しかし、クレオパトラの自殺後、オクタビアヌスの計略にひっかかり、息子のカエサリオンは殺されてしまいました・・・


・アントニウスがオクタビアヌスに決定的に負けても見捨てず、最愛の彼の死に殉じて自らの命を絶つことを決心したこと。


改めて、女王クレオパトラの「考え方」、「生き方」について復習してみると、いろいろな役割を器用にこなしている方だと感心してしまいます。

そして、本当にサービス精神あふれるチャーミングな女性だったように思いました。

それは、生まれつきの資質が高かったというよりも、幼い頃から、権力のことなどで、弟や側近と戦わなければならなかった環境に育ったからではないかといわれています。

「育ち」、「環境」のつながりは否定しませんが、そうとは言い切れないような・・・

女王クレオパトラの行動の動機には、、人を思う「愛情」が共通しているように思いませんか?


今回も、長くなりました (^▽^;)

読んでくれてありがとうございます☆


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 ※参考情報元については後日まとめてお伝え致します。
 


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