60yonezawaのブログ

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一年間ご無沙汰しました又よろしくお願いします

 

前号より、、、テレビのゴールデンタイムは全て歌番組でした。

スティーブマックウィーンに憧れて!マイカー時代本格的に
この時代一番のステータスは、何と言っても、車。既にテレビや電気冷蔵庫等の家電品は行き渡り、自家用車だけが、何としても手に入れたい最後の物でした。

 

 

この車に対する憧れが、レースシーンやカーチェイスシーンのふんだんに盛り込まれた映画をヒットさせます。ジェームスカーン、スティーブマックウィーン、ポールニューマン。等が大活躍します、石原裕次郎さんもまた、、、

グランプリ、栄光のルマン、ブリット、栄光への5000キロ、等の作品です。スリリングなレースやカーチェイスシーンに酔いしれ、自分がレーサーになったつもりで突っ走り、事故る人が増えてしまい、社会問題になったのも、この頃からなのです。

 

国道246渋谷駅前、ぴかぴかのマイカーが集合します。30台ほど。ついこの間までは表参道でした、取り締まりでこちらに逃げてきたのでしょうが、、、

日産(当時はプリンス自動車)スカイラインGTA同じくGTB、日産ブルーバードSSS 日産フェアレディ、(まだZではありません)トヨタコロナ1600S,同じくGT、たまにはトヨタ2000GT,
それに いすずベレット1600GTホンダ77セダン、同じく99スポーツクーペ、ホンダS800S600ダイハツベルリーナコンバーチブル、日野コンテッサクーペ、マツダファミリアロータリー、同じくルーチェロータリークーペ等の国産勢、

 

外国勢は、MG、モーリスミニ、同じくミニクーパー、フィアット124クーペ、フォルクスワーゲンビートル、トライアンフTR4同じくTR3、オースティンヒーリー、オースティンクーパー、ロータスエラン、アルファロメオスパイダー、、フォードムスタング、フォードコルセア、クライスラーマーキュリークーガー 、GMコルベットスティングレー、、、、こんな所ですか。

 

深夜1時、頃から、4台位ずつ、よーいドン、青学の先までレースです。そこでUーターン、渋谷駅前まで帰ってくるのです。また三宿方面に向かっていわゆる04加速(停止状態から急発進して400㍍に達する時間を競い合う競技)の競争です

 

マニュアル車のギアチェンジテクニックを競い合うのです。ヒール&トーやソーイング、逆ハン、スリップターン、等というテクニックを競い合うのですから、事故も多かったです。幸い人身事故は記憶にありませんが、新車をすぐにぼこぼこにしてる奴も結構多かったのです。

 

今と違い信号の数も少なくまた深夜は黄色の点滅になってますから、こんなバカなことをする輩も出てきたのです。なんと言っても景気が良かったのですよ

 

無論彼等は全員大学生です。取り締まりも始まり、1年ほどでルート246カーチェイスは出来なくなりましたが、やめたわけではなく、できたての第三京浜に舞台を移したのです。しかし高速道では見物人が集まらず、つまらなくなって自然解消になりました。この連中、ギャラリーも含めてたまり場になったのが、出現したての郊外型レストランでした。車遊びが最先端トレンドだったのです。

 

 

全員申し合わせたようにIVYスタイル(09年現在ではクールIVYと呼ばれているようで、個々の服は同じようですがムードは大分違うようです、多分着こなしが違うのでしょう)短めの髪を7,3か8,2に分け、もみあげは殆ど有りません

 

 

オックス地やマドラスやギンガムやストライプのボタンダウン、ペンギンやワニや竜の落とし子のポロシャツが所々に、バックストラップ付きスタンドポケットチノパン、コットンソックス、ローファーやサドル、涼しい日にはブレザーやモスグリーンやオフホワイトのコットンスーツ、洒落た奴はシアサッカー(ちじみ)のピンストライプスーツ、中にはタブカラーやピンホールカラーにレジメンタルタイ、三つボタン上二つがけダークIVYスーツ、コードバンウイングチップシューズなんて仕事帰りみたいなのもいます。
 

女の子はギンガムや花柄のワンピース、シームレスにカジュアルヒールサンダルや、ソックスにサドルやハッシュパピーのバックスキンシューズ、涼しいとレターカデガンを羽織ったり、インディアマドラスボタンダウンにチノのミニスカート、ペンギンマークのポロシャツにサブリナパンツや、下北マンボスタイル、中にはフクゾーやラコのポロシャツにバーミューダなんて子もいます。

 

このどら息子、娘達につられるように一般の若い顧客も都内のストリート型繁盛店、から、少し郊外の、広いパーキングを持つ、ドライブイン型レストランに流れるようになりました。

 

”ドライブイン、ガラスを超えてスカしてる、若さのオーラか、この輝きは”、、、

 

国道246沿いの駒沢、桜新町辺り、目黒通り沿い、成城、辺り、環状8号沿い瀬田交差点辺り、駒沢公園辺り、等に洒落たドライブインレストランが立ち並び、若者達のメッカ、デートスポット、となったのです。

 

深夜に、買いたてほやほやの新車を、家から持ち出しては、悪仲間を伴ってこの辺りのレストランにたむろし、これも付近の住民の苦情が多く社会問題になりました。何しろ深夜ですから。この時ポテトチップでもつつくようにつまんでいたのは、大抵がピザ、まだまだピザブームは続いていました。

 

この頃はまだ、チエーン店ファミレスは有りません全て個人営業店ですから、店ごとに味や雰囲気が違い、皆それぞれ、お気に入りの、行きつけ、を持っていたのです。当然お店の人達や、同じ店にたむろする人達とは、友人、になったり、、、、、になったり、
新しい出会いの場、しかも同じお店がお気に入り、と言う同じ価値観の持ち主同士の出会いの場になったのでした。

”一枚の、ピザが取り持つ、出会いかな、華やぐ街のレストラン”

 

ここで知り合ったどうしがフォーリンラブしていざデートになると、大概二人ともクルマコロガシて待ち合わせ場所に行ってしまいます。バカデー

 

今のようにそこら中に100円パークなど有りません、仕方ないので彼氏の車は近所に捨てて、彼女の車でドライブとなります。こうしないとだめなのです。横浜湘南は定番コース、時々富士五湖箱根あたり。夕方の場合、青山赤坂銀座六本木、たまに下北吉祥寺、お買い物やお食事や、、、、のコースです。

 

遊べなかった時も遊び疲れた時も、別れは辛いもの、帰りは行き程スピードは出さずに、未練たらたらチンタラと彼女を家に送るのです。そこで終電に乗れる時間までに、、、

 

車を捨ててあるところで、ジャーネ”と言って別れればいいのですが、未練たらしい男共はそれがなかなか出来ません。家まで送っていきたいものなのです。だから自分の車じゃだめなんです。

 

でもいくら万博の前、60年代だと言ったって、都心の道路は大概駐車禁止、お巡り(さん)だっているんです。時々車が無くなってました、、、、と言う話です。。また参考書を買うことにしなければ、罰金が払えません、、、、


遠方の友来る
ゴールデンウイーク、スキー仲間が関西から遊びに来ました。三日ほど滞在して遊び歩くのです。男二人で東京見物なんてあり得ません。当然知り合いの女の子に、お願いして友人と二人で来てもらい、ダブルデート。当然クルマで、、、

 

友人共々ぴかぴかローファーやチャッカーブーツにモスグリーンブレザーやダークチェックジャケット、なんかをばっちり決めて、格好良いです、、、

 

女性陣は綺麗、可愛い、と言うのがこの場合のコンセプト(いつだって)、

 

パイピングステッチのシャネルスーツやエルメスのプレタワンピなんかで、華やかにお洒落した彼女たちをエスコート、五月の東京を散策するのです。

 

赤坂や銀座、日比谷公園、お堀を眺め東京タワーを下から眺め、(のぼりません)飯倉のイタリアンや四谷あたりのピザ屋でお食事やお茶、”金かかる”

この時期は未だ関西の人にはピザが珍しかったらしく
彼いわく”なんやこれ” 俺が答えて”これがピザよ食いねー食いねー” てなかんじです。行った先行った先彼女たちは小物や化粧品、ブラウスなどショッピング、男はお供です。ついでにボーリングなどして一日楽しく過ごすのです。

 

二日目、彼女たちは先約があるので、別口の知り合いにお願いします。快くOK、華やかに装った女性達と共に今日は横浜方面を散策、ダブルデート、元町をうろうろ、山下公園あたりで氷川丸見物、昨日と同じパターンです。女の子は買い物が好きなのです。

 

中華街でお食事、港の見える丘公園あたりでティーブレーク、”金かかる” こんな状態で遊んでいるので、勘定は当然男持ちだと思うでしょうが、そうでもないのです。

 

”優しさは、彼女にしたい俺よりも、

彼女のように振る舞ったあの子”、、、

 

男の子は”お願いして来てもらったのだから、奢るよ”と言うのですが” 自分たちも楽しく過ごしたのだから、割り勘”と彼女達は言います

男子学生の懐などお見通し、男に負担を掛けたくないと言う優しさだと思いますが、”借りは作らないわよ”  と言う彼女達の本音なのか、、、

 

実際自宅がよいの男子学生と、女子短大生(殆ど自宅)どちらの懐が温かいかと言うと、女の子の方が遙かに豊かでした。綺麗な可愛い女の子が大勢仲間にいる事を誇示しつつ遠来のスキー仲間と楽しい一時を過ごしたのです。

 

こうして来年は東京から関西へ遊びに行くことを約束しゴールデンウイークは幕を閉じたのでした。

まあその前にまたスキー場で会うのでしょうが、、、

行きました関西へ、今度は彼が私の案内です。とりあえず夕方彼の家に行き、明日から京都見物です。朝待ち合わせの場所へ彼の車で(スポーツタイプの新型)、、、居ました居ました、大美人の女子大生二名、”まいった、着物だ”関西の人にはかないません、、、

 

東京にも着物の人はいますが、成人式と正月、後は卒業式の、垢抜けないぎこちない振り袖、くらい、それに比べさりげない普段の着物姿、着こなし、キャリアが違います。さすが京男、嵐山や比叡、琵琶湖まで、着物の京美人お二人をエスコートして楽しい二日間でした。

 

京料理、高かったのでしょうが、奢られちゃいました。ゴメン、、、俺の時は割り勘だったのに、、、今でも済まなく思っています
”若き日は、輝くお日様跳ね返す、

ぴかぴか突っ張り見栄っ張りかな”、、、

 

”競い合う、心の内の親しみは、我が生涯の誇りとなりて、良き友得たるは無上の喜び”、、、

 

輝くゴールデンウイークも束の間に終わり、青空が梅雨空に変わった頃、加山雄三さんやワイルドワンズ、PPMやブラフォーと言った従来勢力、を押しのけるようにフォークル(フォーククルーセイダーズ)やタイガース、テンプターズ、が街々の音楽シーンを支配するようになりました。押しのけられる方も黙ってはいません、別のジャンルでの巻き返しを図ります。映画です。

 

黒沢監督の赤髭、で準主役に抜擢された加山雄三さん、俄然男を上げるのです。凛々しい正義感に溢れた若き医師役は、理性と熱意、教養とユーモアに溢れた加山雄三さんの、はまり役だったのです、、、映画の若大将のイメージが強すぎて、マンネリ気味になっていた、フアンに活を入れたようです。

 

グループサウンズと、フォークルの台頭する最中、加山さんはスターの座に君臨し続けたのです。さらに折からのベトナム戦の激化は、プロテストが売りの旧勢力、PPM、ジョーンバエズ、等のフォークグループの活動の場を広げこそすれ、決して狭めることは無かったのでした。

 

文化祭は出会いの祭り
”お洒落して、若さ振りまく文化祭、
芽生えた愛を枯れ葉に包み、続く

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