2011-01-16 19:44:46
5603blogの投稿
お米(よね)
テーマ:ひとりごと
1791年、徳山藩に生まれたお米(よね)。
幼くして母を失い、
1802年に病に伏せた父の看病のため養育先から帰宅し、
昼は米つきに雇われ、夜は父の側で糸を紡ぐ生活が続いた。
体が軽かったお米(よね)は、
米つきの際に石を腰に付けていたと伝えられている。
このことが当事の藩主 毛利広鎮の耳に入り、
幾度と表彰されている。
31年にわたる看病の末、父が68歳で死去し、
後にお米(よね)も病にかかり、1852年に61歳で死去する。
お米(よね)の時代、今とは環境が全く違うとはいえ、
親孝行は日本人の徳の一つであったはずだ。
最近では色々な事情を言って
親の面倒を見ることを避ける人を目にする。
このお米(よね)が今の状況を見たらなんと言うだろう・・・
ここに地元の中学生が書いた文章がある。
『お米(よね)像 いつも気になる目の先に 何を見ている 何を考える』
ドキッっとさせられる文章である。
幼くして母を失い、
1802年に病に伏せた父の看病のため養育先から帰宅し、
昼は米つきに雇われ、夜は父の側で糸を紡ぐ生活が続いた。
体が軽かったお米(よね)は、
米つきの際に石を腰に付けていたと伝えられている。
このことが当事の藩主 毛利広鎮の耳に入り、
幾度と表彰されている。
31年にわたる看病の末、父が68歳で死去し、
後にお米(よね)も病にかかり、1852年に61歳で死去する。
お米(よね)の時代、今とは環境が全く違うとはいえ、
親孝行は日本人の徳の一つであったはずだ。
最近では色々な事情を言って
親の面倒を見ることを避ける人を目にする。
このお米(よね)が今の状況を見たらなんと言うだろう・・・
ここに地元の中学生が書いた文章がある。
『お米(よね)像 いつも気になる目の先に 何を見ている 何を考える』
ドキッっとさせられる文章である。


















