2012-05-12 11:55:48
【チベットハイライト】神々が住む世界の屋根にて
テーマ:【44】チベット
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【2012年4月12日】
展望ポイントは車でベースキャンプからさらに上った場所にある。標高は優に5000メートルを超える。
車から降りたあと少し小高くなっている丘を上っていくのだが、1歩歩くだけで全力でマラソンをしたみたいに息が切れる。
こうしてエベレストベースキャンプの滞在を楽しんだ後は、一路ネパールとの国境沿いの街ダムへ。
今日はもう移動するだけなので、正直この後は消化試合かと思っていた。
が!?
それがとんでもない誤解であったということを、このあと目にする世界の屋根っぷりな景色を存分に見させられたことで気付かされた。
これらの写真は移動の車中で窓ガラス越しに写したもの。それでも空はこの蒼さである。まるで天国を走っているかのようなドライブ。
夢中でシャッターを切る。
ちなみにこれらの写真は、パソコンにデータを移す前にカメラにそのまま残しておいたのでデータクラッシュを免れたものである。
嗚呼~、これだけでも写真が残ってて本当に良かった(*^▽^*)♪
特に子供の物乞いがしつこかった。2軒隣りくらいの商店で同行メンバーがポテチを購入したのだが、それを強奪しようとしたり。
7歳くらいだと思うが、タバコのシケモクを拾ってどや顔でこっちを見ながらうれしそうに吸っていた。
こういう物悲しい風景には世界のほかの場所でも何回か出会ったことがある。
ここでは生きるのに精一杯で、満足な教育も受けられないのかもしれない。
このあと行くネパールでチベット難民の女性から色々話を聞ける機会があったのだが、彼女はチベット語、英語を含めて数ヶ国語が話せて知的な印象だった。
彼女は両親がチベットから逃げてきて彼女自身チベットに行ったことはないのだが、将来の夢、というかやりたいこととして
「今のチベットでは満足な教育を受けられないだろうし、どんどんチベット文化が失われていっているだろうから、ダラムサラ(インドのチベット亡命政府がある場所)に子供たちをどんどん集めてチベット人としてのしっかりとした教育を受けさせたい。」
と言っていた。自分がチベット人であることにとても誇りを持っていた。
僕らがチベットから来たことを話すと興味を持って色々聞いてきた。
「ラサはどんな感じ?」
と聞いてきたので、正直な印象(ほぼ漢民族の街に思えた)を話すととても悲しそうだった。
ダムに着いたのは夕方。
チェックインした宿で久しぶりのシャワーを浴びたあと、ここまで同行したメンバーと地元のレストランで祝杯。
約1週間のチベットの旅。
今まで世界中で言葉を失う絶景の数々に出会ってきたが、それでもチベットで見た景色はその中でもトップクラスだった。
それに加え、世界の人・文化・宗教・政治・経済に興味がある僕にとって、チベットの旅はとても印象に残るものになった。
色々ハードで、すぐにでも「もう1回行きたい!」とはならないけどね。
でもどうしても訪れたい場所だったし、実際訪れてみて得たもの、感じたものは期待以上だった。
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展望ポイントは車でベースキャンプからさらに上った場所にある。標高は優に5000メートルを超える。
車から降りたあと少し小高くなっている丘を上っていくのだが、1歩歩くだけで全力でマラソンをしたみたいに息が切れる。
こうしてエベレストベースキャンプの滞在を楽しんだ後は、一路ネパールとの国境沿いの街ダムへ。
今日はもう移動するだけなので、正直この後は消化試合かと思っていた。
が!?
それがとんでもない誤解であったということを、このあと目にする世界の屋根っぷりな景色を存分に見させられたことで気付かされた。
これらの写真は移動の車中で窓ガラス越しに写したもの。それでも空はこの蒼さである。まるで天国を走っているかのようなドライブ。
夢中でシャッターを切る。
ちなみにこれらの写真は、パソコンにデータを移す前にカメラにそのまま残しておいたのでデータクラッシュを免れたものである。
嗚呼~、これだけでも写真が残ってて本当に良かった(*^▽^*)♪
特に子供の物乞いがしつこかった。2軒隣りくらいの商店で同行メンバーがポテチを購入したのだが、それを強奪しようとしたり。
7歳くらいだと思うが、タバコのシケモクを拾ってどや顔でこっちを見ながらうれしそうに吸っていた。
こういう物悲しい風景には世界のほかの場所でも何回か出会ったことがある。
ここでは生きるのに精一杯で、満足な教育も受けられないのかもしれない。
このあと行くネパールでチベット難民の女性から色々話を聞ける機会があったのだが、彼女はチベット語、英語を含めて数ヶ国語が話せて知的な印象だった。
彼女は両親がチベットから逃げてきて彼女自身チベットに行ったことはないのだが、将来の夢、というかやりたいこととして
「今のチベットでは満足な教育を受けられないだろうし、どんどんチベット文化が失われていっているだろうから、ダラムサラ(インドのチベット亡命政府がある場所)に子供たちをどんどん集めてチベット人としてのしっかりとした教育を受けさせたい。」
と言っていた。自分がチベット人であることにとても誇りを持っていた。
僕らがチベットから来たことを話すと興味を持って色々聞いてきた。
「ラサはどんな感じ?」
と聞いてきたので、正直な印象(ほぼ漢民族の街に思えた)を話すととても悲しそうだった。
ダムに着いたのは夕方。
チェックインした宿で久しぶりのシャワーを浴びたあと、ここまで同行したメンバーと地元のレストランで祝杯。
約1週間のチベットの旅。
今まで世界中で言葉を失う絶景の数々に出会ってきたが、それでもチベットで見た景色はその中でもトップクラスだった。
それに加え、世界の人・文化・宗教・政治・経済に興味がある僕にとって、チベットの旅はとても印象に残るものになった。
色々ハードで、すぐにでも「もう1回行きたい!」とはならないけどね。
でもどうしても訪れたい場所だったし、実際訪れてみて得たもの、感じたものは期待以上だった。
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