REIKO.S「自分らしく生きる」

  私:REIKO が日々の中で感じ思い考え行動した記録
 


テーマ:
今日もみきじろう整体さんのお世話になりました。

「冗談かと思いました」

と、みきじろうさんに苦笑いされました。
そりゃそうですよね、、、なんせ土曜日施術受けたばかりですから。






実は、誕生日の朝、椅子に腰掛けたまま、
床のものを取ろうとした時、ちょこっと咳き込んだんです。
その途端、首から背骨にかけて電流が走り

「ああ、これはやばいよ・・・」。

結果、寝違えたような状態になって
上を見上げるようにして体を反らすこと、
回転させることができなくなってしまいました。

その結果の、今日のみきじろうさん再診。


そして、今、その帰りです。

早速、音楽を聴きました。 

嬉しい!
 


音が体の中で軽やかに響きます。

安心して呼吸できます。
出にくくなっていた声も、スッキリ出ています。
なによりも、、、周囲の人への感覚がガラッと変わりました。

首を痛めていることでの「防御」があったんだと思うのですが
自分の半径50cmに入ってくる他者・・・
不特定多数が半径に入る電車の中などで、過剰にピリピリしていました。

それが「大丈夫」というか、問題なくなったんです。

気持ちが柔らかくなりました。それが本当に嬉しいです。








私を取り囲む状況は、何も変わっていません。

それでも、ニコニコしているんです。
「大丈夫、やれば、できるから」
そう思って疑わないんです。


みきじろうさんは、
地球からポンプのようにエネルギーを吸い上げて
私の体に流し込んでくれている。



ここ数回の施術で、私の中でそんなイメージがあって・・・

委ねれば委ねるほど、体とそのエネルギーの影響しあう感じが体感できて

そのうちに、自然に眠って、自然に目覚めて・・・

この感覚は、私が初めて「タマラエナジー」を感じた時ともよく似ています。



喜び。歓び。悦び。




言語で表現するならば、この言葉が今は一番近いかと思います。


人間ってきっと

どこかに何かに不調や不具合があっても

肝心要が満たされてたならば、バランスが保たれるようになって

自分の持っている力が出せ、乗り越えていくことができる気力も生まれて

一歩前に足を踏み出させる。そのようになっている。


その肝心要が・・・「愛」と表現されるものであり
それを感じることを・・・「よろこび」と呼んでいるんじゃないかな。

今の私は、そう思えます。








世の中には、たくさんのエネルギーワークやたくさんの施術があって
今のようなアンバラスになりがちな時代を生き抜くために、
人間が人間にできることとして、普及しているんだと思います。



たくさんある中から、自分に合うものを見つけるといいと思います。
みんなが望む「自分らしく生きる」ために。
有限の中で、無限の可能性を信じて実現するように生きていくために。






Reiko.S


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「Reikoの小部屋」は、私の個人セッションルームの名前です。

タマラ・憲子さんの「今の一言」というカードを使ってのセッション。
それから、「ハートに火をつける」エネルギーワーク
そして、リクエストがあれば、また必要と感じた時には
タマラ・ヒーリングやモイスチャーエナジー、リーンエナジー
取り入れてのエネルギーサポートもします。

先日、こんな素敵なお部屋をお店の中に作っていただいて
セッションをさせていただきました。
東京・千川にある「Crape myrtle LABO」さんです。



今回のお仕事は、私にとってとても大きな意味を持つものになりました。
それは・・・冒頭の写真の一枚のカードから「覚悟」を促されたからです。

セッションを受けてくださった方、多分全員が、このカードを引かれました。
お一人目の方、お二人目の方までは、
普通にお客様の引かれた1枚、と思っていました。
しかし、三人、四人となってくると気になってきて、
終わった時には、神妙になりました。


「人生の時間は限られている」

その時間を共有する人とのことを思う。

その時間の過ごし方を見つめ直す。

その時間に考えていることを思い出してみる。

その時間のもたらす恵みを考えてみる。

その時間の中で何を育むのか心に問いかけてみる。

その時間を無い物ねだりで過ごすのか、今あるものからのスタンスで過ごすのか。


限りがあるってことは、いつまでも続かないということ。

必ず終わりが来るということ。


「後悔しない」

これは、私がミラクルカンバセーションを受けてから、はっきりした信条です。

私の勝手な自己満足な思いかもしれないけれど
私と出会った以上は、それぞれに「熱く」生きていただきたいし、
後悔しない人生であって欲しいと願っています。

そのことが、今回のお仕事で、より明確に強くなりました。


「人間ってきっといろんなことを経験したくて生きていると思うんです。
 今の生活、ちょっと角度を変えてみませんか。
 いつもと違うこと、取り入れてみませんか。
 まず、何からやってみますか」


そのきっかけとなる1枚を、皆さんちゃんと引いていらっしゃるんです。

私は、ちょこっとそこを「見やすく」する、整理整頓係

「Reikoの小部屋」、これは私にできること。

ますます、ますます、できることを精一杯やっていこうと思います。







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人からの「愛情不足」よりも
自分からの「持っているのに出さない、出し切らない」ことに
不満だったことに気がついた。

「惜しみなく出してもなくならない」

愛からなる陽のエネルギーでできている魂。
それに重なる体は陰陽のエネルギーにより成り立っている。
ゆえに、人間は愛のみではなく「愛情」の存在となる。

心身を通しての感情・感覚に左右される「愛情」。
魂だけなら、惜しみなくいられるのだろうけれど
感情が伴うがゆえに、それこそ「巾着」の口を開けたり閉めたりする。

あげようかな、やっぱやめよう。
やめようかな、やっぱあげよう。

人間らしいといえば、人間らしい。
そこにドラマが生まれる。
歌もそうだろうし、文学作品も・・・人間だからこそ。
なかなか「ただ」になれないから、「ただ」になれることを望み、目指す。
その姿を歌い、その姿を描く。
そこに喜びや幸福感のあることを、自分を満たすものあることを
・・・知っているから。

魂の愛を知ることはできない。
どうしたって人間である以上、体なしには在り得ないのだから。
ならば、愛情を知り、愛情に細やかになれたら
もっともっと私たちは、自分を愛情で満たすことができる。
愛を持ち愛情を持って生きている「自分自身」を
自分で愛することができる。

だから・・・恐れなくていいとわかる。
そして
生きていける、生きよう!
頑張ろう!
やりたい、やってみよう!
経験してみよう、感じてみよう!

やったことのないことも
たとえ過去に傷ついたとしても
未知なことにも
無知であったとしても

そう思えるということは
自分が、その尽きせぬ愛というものでできている
自分を信じているから。

愛情を知るエネルギーが全身に満ちた時に
自分が「恐れがあったんだ」と知れたのは
「恐れなくていい」という根本を
「私」が、エネルギーによって体感したんだと思う。

私は愛そのものであり
愛情がある
私は、私を信じている。

「胸のキリキリはなくなったの?」

ブログを書いてから、よく訊かれます。
キリキリします。
やっぱりキリキリする時はあります。

その時、その前に何を考えていたかなって思い返すんです。
そうすると、また巾着を絞ろうとしている自分に気づくんです。

「どうするの?」って自分と相談しています。
「無くならないんだよ、どうする?」って。

私の気がすむ選択をしていこう。その都度、そう決めています。
自分が、一番わかるはずだから!



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「愛情を知る」エネルギーワーク。

前回の続きから書くと・・・

頭の方へ、そして足先へと広がっていったエネルギー。
向かい合って座っていたタマラさんは、
私の中に広がっていくエネルギーをみながら、どこまで広がっているかを
教えてくださって、そしてそれは私の感覚としても確かに重なって
そのこと自体が、まず面白かった。

足先まで行ったそのエネルギーを、
私はまるで巾着の口を広げたり絞ったりするようにしていたらしい。
「いっぱいになったのを出そう!とするんだけど
 でもやっぱりもったいないって閉じたり。あなた、面白いわね」
そう言って、タマラさんは笑っている。

その言葉を聞いて・・・あっと思った。

ハートのあたりのキリキリした痛み。
それは私の多分「恐れ」からくるものなのではないか。

例えば・・・対象が男性女性に関係なく
気になる人が現れる。対象に向けての好奇心が止まらなくなる。

そこに注ぐ情熱たるや、ある意味「もったいない」なんて
これっぽっちもない。そんなこと考えもしない。
その人への思いは、とめどなくどんどん出てくる。
それが一般的に言うところの「片思い」というのかもしれない。

ここまでは、存分に愛情が出せる。
意識的に、いや無意識に、
体がさまざまに愛情表現スイッチを「アクティブ」モードにする。

私の場合の問題は、ここから。
自分が「好きなんだ」と認めてしまったところから、様相が一変する。

私の出す愛情表現に見合うだけの相手からの「お返し」を期待するようになる。
私が「100」を提供したら、「100以上」でないと不安になる。
「99」だった場合、そのがっくり度合いは、半端なく・・・
そのがっくりが嫌なので、次、私からの愛情表現は「98」にしようと思い始める。

こういうことをしていたんだな、と、タマラさんの言葉からイメージが浮かんだ。

そして、、、気がついてしまった。
私は、相手から返ってこないことが「愛情不足」だと思っていた。

でも、そうじゃない。
私が本当は出したい「100」ある愛情を、
「100」出しきらないことに、私が「不満」なんだ!

どんなに好きでも、どんなに尊敬していても、どんなに親しみを感じていても
その人は、他人なのだ。自分以外の存在。
だから、、、その行動は、私の「思い通り」ではないのが、普通。
相手にも感情があり、考えがあり、それに基づいて動いている
別の惑星・・・。影響こそすれ、同じではないのだ。

大事なのは、自分。
自分の愛情を、100出さないから、不満。出し切らないから、不満。

「惜しみなく」もっている愛情を、「惜しみなく」活かしていないことに
大いに不満なのだ、私は!

そこに思い至って、腹の底から、合点がいった。

続く
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それは・・・


もっとドキドキしたり、心を熱くするような

頬を紅潮させるようなエネルギーかと想像していた。
そのエネルギーを受け取ったら、そんな気持ちになるのかなと
想像したりもしていた。

でも、それは本当に静かで・・・
ただただそのエネルギーが体に広がっていくのを感じていた。

「愛って静かなのよ。静かだから、どんなにささやかなことも感じることができる」

頭の中に鏡のような湖面が浮かぶ。
葉っぱから一滴の水滴、湖面に落ちるや否や波紋を広げる。

(静かだからこそ、どんなささやかなものをも感じとることができる)


胸キュン、なんていう言葉が今も使われているのかわからないけれど
誰かを想うとき・・・それは異性に限ったことではなく
大切な誰かを想うとき、胸が・・・心がキリキリと痛むことがある。

「この胸の痛み、、、なんなんでしょうか」
そんなことをタマラさんに聞いたことがある。
「それは、もうそんな風に感じる必要がないっていうことを教えているのよ」
「そうなんですか・・・」

その時は、タマラさんの回答がよくわからなかった。



今回、「愛情を知る」エネルギーワークを受けた時、
心のキリキリ痛むところに、それが注がれていくのを感じた。

『風の谷のナウシカ』で、オームの群れに飛ばされて傷つき動かなくなったナウシカを
触手を伸ばしてナウシカの傷口に光を注いで癒していく場面ばある。
それは、まさにそのイメージがぴったりだった。

そこが癒され回復していくと、頭の方へ、そして足の方へと
エネルギーが染み込み広がっていった。




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