母のきもちと、娘のきもち

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また少しご無沙汰している間に、また状況が変わって…

いまは、名古屋で豊美ちゃんに寄り添う毎日です。


豊美ちゃんは、

「治療は、もう、できません」

という宣告を受けて

がんセンターから、引き続き名古屋で、いろんな方が尽力してくださり、キリスト系のホスピスに転院しました。いわゆる、終末期です。人生の仕上げの時間。

わたしは、その日から、色んな事情が重なって、かれこれ半月以上、見知らぬ名古屋の地で毎日病室に寝泊まりして豊美ちゃんに寄り添っています。



もぅ、ブログも書けないなと思っていたけど、自分の気持ちも整理する為に綴ります。お時間ある方はお付き合い頂けますと幸いです。


豊美ちゃんは、もぅ、あまり喋りません。
ここ3日、何も食べられてません。

もちろん、起き上がれません。

身体が本当に小さくなりました。

先日の朝、

『このまま、眠って死にたい』

豊美ちゃんの心が限界を迎えたのかな。


もう、誰にも会いたくない
なにも考えたくない

と言いだしました。


看護師さんには、【鎮静】を勧められました。
つまり、豊美ちゃんは、麻酔で意識をぼんやりさせて眠る時間を増やす。
ということ。
豊美ちゃんのアイデンティティを奪う時間。とも言えること。でも、方法云々ではなく、豊美ちゃんは、それを望んでいる。。



むすめは、どうしたらいいのかわからなくなりました。


起きている時間に

死にたい死にたい

と思っているのは、豊美ちゃんにとって、きっととても辛いこと。

それを見るわたしたちも、とても辛い。



だからと言って…

意識のない世界でひたすら眠ってしまぅ、そのまま旅立ってしまぅ。

どんな状態でも、息をしていてほしいと思ってしまうのが、娘の想い。ジレンマ。

何度考えても、ぐるぐる何周しても答えなんて出やしないし、正解は、たぶん、ない。

このブログを綴っていても、やっぱりわからない。


ただひとつ。
豊美ちゃんの気持ちは尊重してあげよう。


もう、それだけかなと。
これから、身体がもっと辛くなって、残された時間も、本当に残りわずかになったとき、豊美ちゃんが苦しむ前に、真っ白な世界で眠りながら送り出してあげたい。

いまは、そう思うことにしてます。

じゃあ、それはいつなのか、とか、ほんまにそれでいいのか、、、やっぱりわからへん。

ひたすら、豊美ちゃんのそばで、豊美ちゃんの寝息を聞きながら簡易ベッドで眠れる今の時間を噛み締めています。


豊美ちゃんとは13年、上京してから離れて住んでいました。
その時間を取り戻したような気がするほど濃密な毎日。

ホスピスに転院したばかりの豊美ちゃんは元気だったので、2人でご飯食べたりコーヒー飲んで庭を見てゆっくりしたり。絵本を読んだり、幸子が歌ったり。笑
豊かな時間を過ごさせてもらいました。

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親友の紫野が時間をとって、来てくれて。
盗撮されてたみたい。笑

豊美ちゃんの前では笑ってないとあかんから、帰る紫野を駅まで見送ったとき、しのに抱きついて泣かせてもらったこともあったり。ありがとう。


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ささぴょんこと、佐々木さん(私がお世話になっている美容師さま)が仕事で名古屋へ来ているとのことで、無茶振りをしてホスピスまで、豊美ちゃんのカットのスペシャル出張サービスをしてくださり。ベリーショートになりました。豊美ちゃん、かわいい。

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ギリギリまで、自分の足で一歩でも歩きたいとリハビリも頑張りました。玉三郎さんソックリな若い先生にも癒されながら。笑

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主人も、ガッツリ、支えてくれて、豊美ちゃんの介護や、トイレの補助もしてくれて、豊美ちゃんは、恥ずかしがるかと思いきや、めちゃめちゃ嬉しいと感激していました。笑


そんななか、、ブログを書こうと思ったキッカケになったというか、、そんな出来事が。

今日、久しぶりにマネージャーさんから、お仕事の連絡がありました。

わたしの今の状況を踏まえて、無理しなくて良いよと言ってくださり。キャストの代わりは居るけど、娘の代わりはいないのだから。とまで言ってくださり。

今の自分の本当の近況を改めて人に話したのと、やっぱりお仕事をごめんなさいしなきゃいけないこと、いま、社会から離れているんだと実感したことで、電話を切ったあと、涙が溢れてしまってたまらなくなって、夜ごはんをあたためながらキッチンで泣いていたら、鎮静で眠っていたはずの豊美ちゃんが目覚めて、幸子、幸子と、呼んでいたのを看護師さんが気付いて教えてくださいました。タイミングがぁ。。でも、きっとそういうものなのですね。笑

看護師さん方も、とても良くしてくださり、話を聞いてくださって。

実は、前々から、豊美ちゃんは、看護師さんには

このまま眠って死にたい
いま、本当に幸せだから、
このまま死にたい

と言っていたそうで。

わたしにも、ガンになって、今が一番幸せと、優しい笑顔で話してくれて。
その時に、一瞬固い表情で、

『最後の瞬間に、絶対に呼びもどさないでほしい。静かに見送ってほしい。約束して』

と言われました。

その時に、豊美ちゃんの覚悟というか、死に向かって、どんどんそぎ落として、シンプルになっていく豊美ちゃんの生き様を見たような気がしていて。

でもやっぱり、ずっと意識もなく眠っていたい、そのまま死にたいと言いつつも、私たちともう2度と話せなくなるのは、、モゴモゴ、、と、私たち以上に、豊美ちゃんも想いは揺れていて。


私たちの、揺れ幅と、豊美ちゃんの揺れ幅を少しずつ擦り合わせていけたらと思う時間です。

目を覚まして、ぼんやりしながら、水を欲したり氷を食べたいと言う豊美ちゃんを見て、まだ、生きたいんだ、欲してるってことは、期待していいんだ!と、どこか期待もしながら、終わりの時間までのわずかなときを、やっぱり、明るく、笑って、幸せを感じて、豊かに美しく過ごせたらと思います。


長々と綴りました。
豊美ちゃんの寝息(というかイビキ。笑)
が、心地よいので、つい長くなっちゃった。

ご心配をおかけしている、ワタシの身体のことですが、子宮頸上皮内ガン(今は違う言い方だそうですが)というものだそうで。こないだの検査で、少しばかり、いい方向に向かったので、主治医の先生と相談して、豊美ちゃんのことが落ち着いてからゆっくり検査を受けて手術を受けて、、ということになりそうです。

子宮の一部を失うことにはなりますが、くじけずに、いつか、豊美ちゃんのような、母になれるように、祈りたいなと思っています。


ホスピスの中に小さなチャペルがあるんやけど、無宗教の私が、こんな時だけ、たくさん願い事してもええんかな?笑
日本人らしいわぁ、まぁ、しゃーない、聞くだけ聞いたろ。的な対応してくれはるかなー?笑


病院での泊まり込み生活は、最初こそ、どうなるかと思ったけど、なんか、持ち前の図太さと看護師さんたちとキャイキャイ言いながら介入させてもらってるので、楽しいです。笑
昼間は、妹とキャイキャイ言いながら豊美ちゃんに寄り添いながら。

今に、感謝して。
今を大切に。

豊美ちゃんと、とことん、そばにいたいと思います。
どんどん、弱ってはいるけど、豊美ちゃんは、どんどん美しくなっています!!
本当にキレイ。今が一番キレイかもしれないほど。自慢の母です♡

本当に長い長いブログここまで読んでいただきありがとうございます!

わたしは大丈夫!

外は急に寒くなったみたいです。
皆さまも、お身体大切に!
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MOTHER

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先日のワタシの長いブログに、たくさん、たくさん、メッセージや、お電話、ライン等いただきました。

本当にありがとうございます!
たくさんの方に支えられています。

感謝です。

さて。
あのブログを書いた翌日、豊美ちゃんは高熱を出して意識が朦朧として、救急搬送。
緊急入院でした。
浮腫も高熱で痛むし、せん妄(意識が混濁して妄想したり幻覚が見えたり)もあり、妹は泣いているし、わたしは、自分でも驚くほど冷静で、豊美ちゃんの耳元でひたすら豊美ちゃん!と叫び続けました。

おかげさまで、熱は少し下がり、豊美ちゃんはいま、少し元気になりました。

火事があったんやとおもって。
今、わたしどこにいるん?

振り返った豊美ちゃんの感想でした。笑
からだが熱くて、幸子が叫んでて、火事だと思ったみたいです。笑

主人も、東京から、ものすごい速さで駆けつけてくれて、妹の旦那ちゃんも奔走してくれました。

そんななか、入院の翌日に実は主人と大好きな押尾コータロー様のビルボード東京のライブチケットを以前から取っていて。
もう、ダメかなとおもって諦めていたら、豊美ちゃん、小さい声で

『キャンセルしたらあかん、、行って来て。』

と、何度も言ってくれて。

夜通し、病室で付き添いながら、豊美ちゃんと、愛方と3人でたくさん話しました。
私たちが幸せな結婚をできたことを本当に喜んでくれ、長年にわたり、父の女性問題のことで、高橋家は振り回され悩まされ続けてきましたが、豊美ちゃんは、それも、許すというか、やっぱり父を想っていて。それについては、長くなりそうなので、また改めて綴れたらと思っています。。

妹夫婦も、つい先日、大好きなコブクロのライヴに行ってきていたので、大切な時間を優先してと、わたしたちを東京にもどしてくれました。

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愛方の顔、いじりすぎて。怒られそうだけど。笑

大好きな押尾コータロー様、お席も良席で、『MOTHER』を演奏してくださり、もう、嗚咽しながら号泣しておりました。
入退場の通路に近いお席で、なんと、ハイタッチまでしていただき、そしてアンコールで、最近毎日聴いている『ナユタ』という曲を。もう、だめでした。笑
周りの人が引くぐらい、泣いて泣いて。笑
わたしの為のライヴなのかなと錯覚するような気持ちでした。

宝塚も、もちろん、癒されます。

でも、押尾コータローさんのギターは、歌詞も説明もないのに、響く。
その時の気持ちに寄り添う、素敵な時間です。

久しぶりに、メイクもオシャレもして、ビルボードでお食事しながら、音楽に酔える時間。嘘みたいな、夢のような時間でした。

ライヴを終えて嗚咽号泣する私に、

『こんないいことが、あるんだね。』

と、愛方が言いました。

本当に。こんなご褒美をもらって。

豊美ちゃんが救急搬送された日時は、まさにお義父さんの命日で、わたしも愛方も、なんとも言えない気持ちで。
少し持ち直してくれて、ここに連れてきてもらえて。

ご褒美に見合うほど頑張ってるのかな、、まだまだ、頑張らないかんな。

そう思いながら東京の夜景をみつめました。



そして、東京で最もやらなければいけないこと。

わたしの子宮と向き合うこと。


たくさん、メッセージをいただくなかで、わたしの体を大切に!という言葉をたくさん、いただきました。

愛方が付き添ってくれて、もう一度ちゃんと婦人科へ話を聞きに行きました。
ガンの0期。
このまま、放置するとステージ1に進行する。その前に子宮の一部を取り除く手術を要する。とのことでした。

妊活に、おいては、わたしたちは、人工授精に一度ふみきり、そのあとは、それどころじゃないのと、わたし自身が少し妊活に疲れていたので、自然に任せていましたが、今後、妊活もカタチを変えて続けていけるように考えてくださるそうです。

10月中に動けるように、していくつもりですが、手術前後は、東京で数日、拘束されることになるし、その間に、豊美ちゃんに何かあったら、わたしも豊美ちゃんもいたたまれないだろうなと。。

もう、嘘はつけない


ので愛方と相談して、豊美ちゃんに打ち明けるつもりです。


東京で、少しだけ、わたし1人になる時間をもらって、冷静に考える時間を作りました。


人のことばかり考えて、人のことばかり心配して、人のために生きている豊美ちゃん。

わたしのことを話したら心配かけるけど、もしかしたら豊美ちゃんのモチベーションになるかもしれない。そう、思えました。

本当は、

豊美ちゃんを失ったら、、、
その恐怖が大きすぎて、その後のことなんてどうでもいいと思っていたし、正直追いかけて行きたいとまで思っていました。

ダメな娘です。

でも。
立ち止まって考えて。

わたしを支えてくれる人がたくさんいて。
わたしは。
これからも、生きないといけないんや。


って、当たり前のことなのに、見えなくなっていたことを思い出しました。

0期のガン宣告で、こんなに不安で怖いのに、命のともしびが弱くなっていく豊美ちゃんの気持ちは想像もできない。
でも、看護師さんやわたしたちを思っている豊美ちゃんは、本当に強いし美しい。

先日、わたしの姑である、みっちゃんに、不安な気持ちを聞いてもらった時

『変に大人にならなくていいとおもう』

って言ってもらいました。
今のわたしの、ありのままの生き様で、豊美ちゃんに寄り添うことこそ、大切なのかもしれないと、改めて思いました。


これからまた名古屋です。
愛方は

自分を大切に

と別れ際に言ってくれました。

なかなかどうして忘れてしまうけど、自分を大切にしないと、誰も守れないし支えられないんだなと改めて痛感しています。

また、長々と綴りました。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。



新幹線の往復の回数ももっと増えそうなので、また、アップできたらと思っています。
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ままならないこと

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すっかり、ご無沙汰しております。


ブログを綴ることは、私にとって、自分の気持ちと向き合うこと。
なかなか向き合えない日々が続いています。
でも、これでは、あかん!ので、綴ろうかなと思います。

口に出したり、文章にしたら、一気に現実になってしまうような気がして、あまり気は進みませんが、そうも言ってられません。前に進まねば。


もし、よろしかったらお付き合い下さい。

いま、豊美ちゃんのからだの具合は、とても良くありません。
抗がん剤も、もう打てないかもしれない状況で、治療ではなく、緩和ケアに移行していく中で、先日わたしのSNSで、名古屋の在宅ケアやホスピスの情報を募ったら、たくさんの方が拡散、ご連絡くださいました。本当に感謝しております。

毎日、自宅で、豊美ちゃんの介護の生活です。毎日、訪問看護の方や在宅医の方が入れ替わり立ち代り、とても、よくしてくださっています。

緩和ケア病棟、いわゆる、ホスピスを探したりもしなければいけないのか、このまま自宅で協力を得ながら進めるのか。
この大きな選択肢以外にも日常において、常に選択肢の連続。

痛み止めの医療用麻薬が、豊美ちゃんの身体の痛みは取ってくれるみたいだけど、夜、少しずつ、豊美ちゃんの意識と、豊美ちゃんらしさを奪っていくような時間をばれないように泣きながら過ごしています。

左腕の浮腫が本当にひどくなり、浸潤液も出血もあり、左手はほぼ不随です。
先日、ウチで転んで、ほとんど自立歩行できなくなりました。食欲もほとんどなく、小さくなる豊美ちゃんのからだ。

それでも。
母は

痛みに耐えて

私たちを想って

訪問看護の方々に笑顔で対応して



でも、いろんな事が、ままならない。



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7月、まだ豊美ちゃんが元気だった頃、高橋家にしては、かなり久しぶりの家族旅行を敢行しました。

高橋家と、それぞれの旦那様と。
父の故郷、土佐への6人旅でした。

豊美ちゃんは、とても嬉しそうで、感慨深そうで、なにかを覚悟しているような目で桂浜を見つめていました。

旅行から帰って少しずつ坂を下りるように具合が悪くなっていきました。

豊美ちゃんが大好きな宝塚のトップスター龍真咲さんのサヨナラ公演も、この頃で、なんとか観せてあげたくて、家族総出で並んでチケットゲットして。色んな想いが溢れて涙しながら龍真咲さんのサヨナラ公演を見届けていました。

8月
豊美ちゃんのお誕生日はがんセンターで、入院中に66歳を迎えました。

でも、

具合が悪くなるにつれ、
豊美ちゃんの表情がとても豊かになっていきます。

昔は、いろいろ苦労しながら私たちを育ててくれていたからなのか、感情が高ぶるに連れ表情が固くなるのが豊美ちゃんの印象でした。
いま、やっと、豊美ちゃんらしく生きてくれてる!そんな気持ちになるぐらい、よく笑うし、痛い時も辛い時も、ちゃんと顔に出してくれるようになりました。

がんセンターの先生、看護師さん、在宅医療の方々も、本当によくしてくださって、心から感謝です。

豊美ちゃんの人徳だなって思います。

がんの進行は、非情にもどんどん進んでいて、症状に合わせて薬を飲めば、その副作用に苦しみ、その副作用への薬を飲むと、薬の量が膨大になり、服薬さえ、豊美ちゃんのからだにはキツくなってくる。。

ミッキーの魔法なら治せるのかな

なんて、アホなことまで浮かぶほど、私たちは無力だし、ひたすら、励まし、慰め、介抱することしかできません。。

そんななか、先日わたしの子宮にも異変があると宣告されました。
すぐにどうということは無いとのことですが、いわゆる前ガンというもののようで。

妊活も、全くうまくいかず、
豊美ちゃんには、孫の顔を見せてやることも出来ないのかと思っていたところに、まさに泣きっ面に蜂。

なかなか

なかなか

この長い長い長いトンネルは抜けられないのでしょうか。

名古屋の妹夫婦宅での介護生活で、自分の子宮のことは、豊美ちゃんには言っていません。たぶん、ずっと言わないつもりです。

わたしの治療より
今は豊美ちゃんのことを優先したい

これがわたしの今の気持ちです。


妹も、旦那様も、猛反対。そりゃそうです。私が逆の立場でも、まず手術をしろ!と言うと思う。

優先順位も分からなくなるぐらい、私には豊美ちゃんが全てだし、本当に失うことが怖くてたまりません。

いつかは越えないといけない壁なのも分かるけど、いまの私には想像もつきません。

豊美ちゃんを守りたくて、豊美ちゃんに笑って欲しくて、豊美ちゃんにいっぱい幸せになってほしいから、まだまだいっぱい生きてもらわないとだめなのに。





ちょうど一年前。
旦那様のお義父さんを胆管癌で亡くしました。
明日が命日です。一周忌です。

最後、少しだけ、一緒に居させてもらって介護させてもらって。
その時間が宝物だったように、いま、豊美ちゃんと過ごせる時間も、宝物です。

お義父さんのときの知識も知恵も少し役に立っていることも、複雑な想いになるし、結末を知りながら本を読み進めるような毎日で、妹と、支え合いながら、豊美ちゃん  への感謝を込めてそばにいてあげられたらと思っています。


色んなことが出来なくなっても、
やっぱりいつまでも、
わたしは、こども。

豊美ちゃんの強さ、大きさには、到底かないません。

いま、自分が癌になるかもと言われてみて、改めて、豊美ちゃんがどんな気持ちで癌とここまで闘ってきたのかということを想うと、本当に母は偉大で、美しいです。



親のこういうことは、誰にでも訪ずれること。
それをこういう形で吐露するのが美徳ではないことも分かっているのですが、わたしの周りの人たちは、豊美ちゃんをよく知ってくれているし、豊美ちゃんを愛してくれているので、こうして綴ることにしました。


長々と、すいません。

私自身が、こうして一度いまの気持ちを文章に起こすことで、冷静になれるし、感謝をします。

一周忌で江戸に戻って、一晩、わたしは夜中に飛び起きるそうです。旦那様に朝言われても、全く記憶にありません。笑
豊美ちゃんの介護生活がすっかり身に付いているということなのでしょう。笑


また、、新幹線で、気が向いたら綴ろうかな。

ご心配の連絡やら、皆様たくさん頂いてありがとうございます。
なかなか返信できませんが、お許しください。

わたしも!あきも!
元気です!!

笑顔で、でも、覚悟をもって、この宝物のような時間を大切にしたいなと思います!

また!

最後までお読みくださり、本当にありがとうございます!






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