人と人との出会い(本田美登里監督)

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「サッカー馬鹿」勝村大輔さんが書かれた、AC長野パルセイロ・レディースの本田監督へのインタビュー記事を読みました。この記事の中に、あやちゃんや横ちゃんも登場するのですが、僕の知らないエピソードもあり、新鮮な驚きを頂きました。

 

普通の市井の人間には、直接、監督や選手にインタビューをすることは出来ませんので、知り得た情報は、他者の目を通してのものにならざるを得ません。しかし、他者の書かれたものを信じるか、信じないか。なぜ、そう思ったのかは問われるでしょう。引用する場合は、気を付けなければならないと思います。

 

今回、勝村さんの記事を読んで、本田監督の生きざまを再認識しました。ワールド杯ドイツ大会でなでしこジャパンが優勝し、当然のごとく本田監督の元へも、あやちゃんについてのテレビ取材がありました。その時、大きく羽ばたいていくあやちゃんについて、子離れに似た寂しさをにじませつつ、自分も負けてなるものかという思いを抱いているように見受けられたのを記憶しています。

 

 

 

 

本田監督は、あやちゃんの育ての親として自身を自慢するということではなく、自分もあやちゃんに負けずに頑張るという決意をしていたんですね。今回の勝村さんのインタビュー記事から、AC長野パルセイロ・レディースの監督として、華々しい成果を上げているにもかかわらず、そこで満足せず、さらに上を目指していることが良く分かりました。

 

本田監督が書かれた「なでしこという生き方」の中に、次のような発言があります。

 

2007年11月のインタビュー

(あやちゃん22歳の時、この本をまとめたルポライター鈴木利宗さんによるインタビュー)

 

あやちゃんの本田監督に対する思いを訪ねたが、そっけない回答だったということを受けて、本田監督の感想は次のようなものでした。

 

「ステップアップして日本代表にもなりましたから、同じチームにいながらも、私から親離れしたんでしょうね。だから、私も『離れちゃったから寂しい』ではなくて、彼女と同じようにステップアップしないと。”もう一人の宮間あや”を見つけて、育てないと」

「彼女にとっての私が、”スゴイ人”から”フツーの人”になったんじゃないかな。だからね、もう一度、私も彼女をギャフンと言わせなきゃとは、思ってる」

 

この後、2011年の師走にも鈴木さんがあやちゃんに、本田さんについてのインタビューをしています。

 

―「これが本田さんから教えてもらったことなんです」というのはありますか

「言葉でなにかを伝えてもらったというよりは、人として、サッカー選手として、弱さを見せないというか。本田さんの現役時代の話をよくしてもらいましたし、心の持ち方じゃないですけど、絶対に敵には弱いところを見せてはいけないし、我慢するばかりがいいことではないですけど、強くありつづけることの大切さを教わった。自分にとっては、格好よさ、格好いいお姉さんだったので、こういう人になりたいと自分も思ったんです。『なにを一番彼女から学んだか?』って聞かれれば、『強くあること』と答えると思います」

 

本田さんは、AC長野パルセイロ・レディースを”もう一人の宮間あや”を育て、リーグ一の人気、実力を兼ね備えたチームに育て上げました。あやちゃんも、ワールド杯で優勝後、「女子サッカーを文化に」ということを世間に宣言し、なでしこ全体を選手の立場で牽引してきました。

 

あやちゃんは、現在、怪我のためリーグを離れていますが、必ずリーグに復帰してくれると信じています。本田さんは監督として、横ちゃんは未来のなでしこジャパンのエースストライカーとしてドイツで、あやちゃんは怪我から復帰してなでしこの顔として、三人三様に頑張ってくれることでしょう。期待しています。

 

宮間あや写真

 

 

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