いやっほーい。
ちょっと時間あいたから日記でも書こうかなー!
このあいだの話!
先々週はちょっと縁あってある方と会ってきたんですが、最初は当たり障りのない話をしてたんだけど、何かの拍子にこれからの日本はどうなるんだ!ジャップ!ポウポウ!ってことでヒートアップしてきました。
その人が言うに、「今の日本は脆弱すぎる。全ての事柄を"愛"で済ませようとしすぎ。」と。
そして現代人に関して言えば、「知識は広いけど深くはない。根っこまで掘り下げようとする欲がない。」とのこと。
ヤクザは悪い?と聞けば「絶対的に悪い」と答えるけど、
なぜ?と聞けば「悪いから」と答える人が多いんだって。
それはおいおい。ちょっと待て。ということです。
実際ヤクザがしてることは間接的にこの社会に利益をもたらすこともあるし、裏で政治家がしてることの方がよっぽど汚かったりするかもしれない。
そこを考えず規制概念の中でしか生きていけないのはどうなの?って話だったんだよね。
あ!その人はヤクザじゃないよ!笑
答えやすい質問として使ってるだけ。
これは震災支援に関してもいえることで、支援する側もされる側も、お互いにとって何が一番いいのか、っていうのを表面的な問題だけで解決してはいけないって。
その人はものすごい額を寄付して、自分のお店に招待して、必要な生活用品はできる限り用意してあげたんだけど、これは失敗だったって。
それに関してはその通りだなぁと思ったなー!
お腹が減るから食材を寄付する。
これはその瞬間は凌げるかもしれないけど、それがいつしか当たり前になって、支援される人は自立がもっと難しくなる。
本当の意味での支援は、地方から食糧を持ってきて支給したりすることよりも、現地のスーパーに食材を多く流通させることかもしれない。その方がその地域は商業取引のシステムを取り戻して、より活性化するかもしれないからね。
私がガレキ撤去させてもらってるとき、そこに住んでる人は家の中でテレビを見てて、それは違うよなぁって思ったことを思い出した。
支援の中で生まれたちょっと間違った相互関係。
そして一回作り出した形をもう一度立て直すのはすごーく難しいし大変なこと。
この先何十年、日本人はずっと向き合っていかなきゃいけない問題なんだよね。
でも、最初に書いた「なんでも愛で済まそうとするのは間違い」っていうやつ。
その社長さんがいうには、極端な例なんだけど人を殺める寸前の殺人鬼にコブクロを聴かせたところでなんともならない。そのときに必要となるのは同等に戦える力なんだってことなんだけど、その力が今の日本人にはないって。
難しいところだよね。
アメリカとブータンを天秤にかけるようなものだなと思った。(笑)
私はどんな映画より宮崎さんの描くジブリが大好きなんだけど、その中でもハウルの城が大好きなんだー!
炎のカルシファーの心臓をね、おばぁちゃんになった荒地の魔女がとっちゃうシーンがあるんだー。
心臓をとられたらソフィーの大好きなハウルは死んじゃうのに、そのときソフィーは力ずくで取り返そうとしないんだよね。
泣きながらおばーちゃんを抱きしめるの!
したら荒地の魔女は心臓をソフィーに渡すんだよね。
私はそのシーンがジブリ映画の中でも一番好きで、宮崎さんってすげい!!って思ったのと同時に、あぁ~これなんだな、ってなんか言葉にならない確信みたいなものが生まれて!
愛ってそういうものなんかなぁなんて思ったりして。
ちなみに二番目に好きなシーンは耳をすませばの雫がせいじくんの「コンクリーロードはやめた方がいいと思うぜ」ってマネするブサイクなシーンwwちょー悪い顔してるw
なーんて愛なんて語れるほど大人じゃないし肝っ玉も座ってないんだけどねー( ´ ▽ ` )ノえへ
てなかんじで今日もバイトがんばります!
ちゃおー( ´ ▽ ` )ノ
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