生きる理由

※人によっては表現を極端に感じ、気分を害する方もいらっしゃるかもしれないので、先にお詫び申し上げます。

 

世の中には、なぜ自分は生きてるのか?なぜ自分は生きてなければならないのか?
深い絶望の中で生きてる人が、たくさんいると思います。

 

私もそうでした。
それは現実逃避的な思考によって、そのような疑問を抱いていたのではありません。

 

例の心臓による苦しみですね。ハッキリ書くのも恐縮ですが、絶命してないだけで、苦しいものは苦しいのです。

 

小さな頃から重圧の中で、ずーっと考え続けてました。「なんで私は生きているんだろう?」と。

 

例えば辛い中、体をさすってくれる人が一人でもいたら、そんなことは考えなかったと思います。
家庭の機能は崩壊し、その家族から見捨てられたような一人ぼっちの状況で、不気味な肉体の苦しみに耐えてた訳で。

 

そりゃ生きてる意味が分からなくなりますよ!存在理由がどこにも見当たらない。

ごめんなさい。ハッキリ書いちゃうと、心臓ですよ?
もう終わってしまっていいように感じる苦しみの中、それでもしぶとく生き続ける自分が不思議でした。

 

私はそんな理由でしたが、同じように、生きてる意味が見出せず、もがき苦しみながら、ただ生きてる方へ。

 

本日のマイ格言。
「なぜ生きてるのか?
それは、自分で生き続けてみなけりゃ、答えは見えてこない。」
(言活NO426)

 

意味は分からなくても、どうかそのまま、一生懸命に生きてみて下さい。

 

一生懸命に生きてさえいれば、必ずいつかのタイミングで、心底納得できる時を迎えることが出来ますから。

 

それと、生きてる理由は、生き方次第で変わってしまうとも思います。
理由をけがさないためにも、ただひたすら。一生懸命に生きてみて下さい。

 

がんばれ。がんばれ。

 

ー言活(ゲンカツ)ー

日々の体験で学んだことから、マイ格言を考えること。

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