死の覚悟

今までだったら、こんな発言する勇気は無かったのですが、自分が感じることは、大袈裟でもなんでもなく、私が生きてきた中で創造された、私ならではの人生観だとようやく理解出来たので、自分が感じる事への戸惑いが、ジワジワと消えていってます。

 

まさか。長く迷惑に感じてた病気の苦しみの中で、得ていたものがあったとは。

人生に起きたまさかですね。

 

そしてこれからの言活発表には、私のより具体的な体験が書かれますが、それを読むことによって、私の体験を理解するのではなく、心に届く言葉があったら、どうかその言葉を、ご自分の自信につなげて下さい。

本日のマイ格言。
「死ぬ間際の死の覚悟って、少しだけ、もったいない事だと思ってます。
やれるパワーが十分に残っているうちに死の覚悟を持つと、生き方が劇的に変わるから。」
(言活No405)

 

死の覚悟とは、死ぬことを受け入れるって事ではなく、
死の覚悟を持つということは、生きる覚悟、限りある時間を、どう生きるか?それにつながるものだと思ってます。

 

だからと言って、本気で死の覚悟を持てる人は、そうそういないとも思ってます。
誰もが手に入れるような簡単なものではないはずです。
それにに合うだけの厳しい現実があって、そこで苦しみながら死というものと向き合い、激しい葛藤の末に、死の覚悟が湧いてくるんだと思います。

 

それだけの厳しい現実があるので、はたからすると、不幸を被った気の毒な人のように映るかも?

 

でも、絶対に伝えたいこと。
理屈ではなく、肌で感じて持つ覚悟なので、生き様が変わります。

 

緊張から生まれる精神が、人生をより高めたものへと導くのです。

 

だから死の覚悟とは、死ぬことを受け入れる事ではなく、死におびえながら生きるというものでもなく。
それによって、生き方を変えるものなんだと、私は思っているのです。

 

ー言活(ゲンカツ)ー

日々の体験で学んだことから、マイ格言を考えること。

皆さんも言活にチャレンジ!

 

応援ポッチお願いします。

 

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