人を信じるということ

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今、ホームステイをさせてもらってるところで、よく映画を見させてもらいます。

映画館で見た UNBROKEN
ホームステイ先の家で見たバトルロワイアル

自分の旅と重ね合わせて見て
「人を信じる」ということへの意識を考えました。

本当は、嘘。嘘は本当…
それも嘘。
そんな虚実入り混じる所にテレビを代表とするマスコミ、情報社会は成り立っている。

それでは、リアルや自分の意志はどこにあるの?

ある人は言った
「あの人は悪いやつだから信じるな」
あの人は言った「自分を信じて欲しい」と…

人を信じることは難しいのか

信じたい、でも、疑ってしまう。
これらが、究極の状況においこまれた人間の感情にはふつふつと出てくる。

人を信じたとき、人は強くなる。
守りたいと思ったとき、強くなる。

でも、何を信じれば良いのか、何を守ればいいのか。
信じれば、傷付く、信じなければ裏切られる事はない。そうしたら傷つく事もない。

だけど、それではいつも1人だ。

いつまでも1人だ。人は1人じゃ生きていけない。誰だって1人は寂しい。

怖がっていたら何も変わらない。

この世の中で甘いといわれるかもしれない。

それでも、せめて自分が少しでも大切に思う人のことは信じて欲しい。そこから全ては始まるだろう。



信じることは勇気のいることだ。その気持ちを裏切ったら裏切ったほうも多くのものを失う。


僕は、危ない場所に行きたいわけではない。
自らの身を危険に投じたいわけではない
人が疑う場所を見てみたい。
人が信じない人に会ってみたい。


そこに人のリアルがあるような気がするから…

例え相手がホームレスでも、ゲイでも
例え相手が麻薬の中毒者でも、犯罪者でも
僕は信じる気持ちを忘れない

疑うではなく、相手が何を想っているか知る、考える。


誰だって友達になれると信じている。
裏切られてもいい。だって君は友達なんだから。

友達にヒエラルキー、ボーダー、理由なんてない。
そして、僕はそんな意志を持つ自分を信じている。

時には、危険の伴うことでも誰かを信じる気持ちは、忘れたくはないとこの旅で胸に刻んでいます。

僕は行く!この目でリアルを感じ、届けるために。



【悪魔の通り道「スキッドロウ」と呼ばれる

スラム街に行った動画】

http://youtu.be/l1YWzwba_kY



友達を海外でつくること、それは一番身近な世界平和なんだ!

だって、友達のいる国にミサイルは打てないだろ?




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