行政書士石田美穂のブログ

行政書士を開業して8年目。
日ごろ仕事を通して感じたことや私の人生観など綴っていきます。


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昨日はNPO三重成年後見サポートセンターの記念すべき50回目の

研修会でしたクラッカー


研修会後は今年は少し早目の忘年会!

12月に入るとあちこちで忘年会が重なっちゃいますからね~。


50回目の研修内容は。。


「高齢者への医療と成年後見の意義」

終末期医療に携わり、認知症サポート医でもある神経内科の

お医者様に来ていただきました。


成年後見と大きくかかわる認知症のお話もありましたが、

特に終末期医療における「尊厳死」についてのお話では、

本人の最後の意思を尊重しようとする現場でも、

状況により患者の意思そのものに変化が見られるため、

その確認が非常に難しいことを語られていました。


担当医一人の判断では難しいことが多々あります。

尊厳死宣言の内容にあるように、場合によっては医師が

訴追されることもあるわけですから、多くの専門職種の

医療ケアチームによる判断が望ましいということでした。


また尊厳死に対する理解には、病院や医師による違いがあります。

日本尊厳死協会に属する医師のもとを訪ねたり、患者が担当医を

選択する自由があってもよいのではないかということでした。


私が尊厳死宣言公正証書の作成に携わった折にも、

まず疑問に思ったのが、この先気が変わったらどうするのか、

ということでした。


遺言書のように破棄すれば無効になるといった法律はないけれど、

事実上、破棄することでその意思を翻したことになります。

ただし、立会人となった家族にもきちんと話しておくとよいですね。


結局、最後の最後まで人間の感情や気持ちは揺れ動き、

支配できないということが、人間らしいということなのでしょうか。






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先日、ご夫婦で尊厳死宣言(リヴィング・ウィル)

公正証書作成のご依頼をいただきました。


「尊厳死」とは、一般的に


「回復の見込みのない末期状態の患者に対して、生命維持治療を差し控え、

または中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせることをいう。」

と解されています。


延命治療の差し控え、中止(尊厳死)が許容される場合として、大方の意見の

一致をみているのは、医学的所見により不治の状態にあり、死期が迫っていて

延命治療が人工的に死期を引き延ばすだけという状態にある場合です。

(日本公証人連合会HPより抜粋)


このような状態に陥った時、実際には本人の意思を確認することはもはや難しく、

医療行為を施している医師としては、家族の申し出があったとしても、

治療を打ち切ることは難しいでしょう。


また逆に、このような本人の申し出をあらかじめ聞いていても、

家族の同意を得なければ医療の現場では、実現することはできません。


そこで、本人の精神が健全な状態にあるときに、このような宣言書を作っておき、

しかも作成の時点で家族の立ち合いがあればさらに望ましいでしょう。


宣言書の中には、私の家族や医師が私の意思の沿った行動を執ったことにより

犯罪捜査や訴追の対象となることがないように、と書かれています。


今回は、ご夫婦で互いに立会人となり、そして一人息子さんには、

付言事項という形で、ご本人の思いを理解してくれるよう残しておきました。


とてもお元気で仲のいいご夫婦でしたので、悲壮感もなく、

作成後は、笑顔で帰って行かれました。


末永く、ご夫婦ともにお元気でお過ごしください ラブラブ





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遺言書の作成起案は、行政書士の仕事ですが、

これに付随して遺言執行者を依頼されることがあります。


遺言書に書かれたことの多くは、本人亡き後、誰かが実行しなければ

その遺言の内容は実現されません。

亡くなった人の遺志を実現するのが、遺言執行者です。


遺言が、法定相続人に対して遺産の分割方法を定めたようなときは、

相続人の一人を遺言執行者として定めておいたりしますが、

私が執行者を頼まれるケースは、相続人がいないような場合が多い。


相続人がおらず行き場のない財産は、一定の法的手続きを経たあと、

国庫に行ってしまいます。


なので、相続人がいない人は、かならず遺言書を作成し、

自分が死んだ後の財産をどうすべきか、つまり誰に託すか、

譲渡するのかを書いておきます。


このとき受遺者(遺言で遺産を貰う人)となる人は、

たとえばお世話になった親族や、あるいは特定の個人、

社会貢献を目的とする団体(法人)、

遺言者自身が永代供養を希望しているお寺などです。


できれば現時点で、遺産を受け取ってくれるかどうかを

相手に確認しておいた方がいいと思います。


なぜなら遺言者の死後、受遺者となった人は、その遺言の内容を

放棄することができるからです。

これでは、せっかくの遺言者の遺志が実現されません。


誰に遺贈しようかという問題は、いざとなると決めるのが非常に難しい。


私は、遺贈先を迷っている方には、

「是非、これからの人生で上手に使い切ってください」といいます。

つまり 「ご自身のために有効に使ってほしい。。」

(そうは言っても、遺贈はもちろんするのですが。。)


実際、財産のある方は、ふだんけっこう質素な暮らしをしています。

だから、元気なうちにもう少し生活を楽しんでほしい。


そしてせっかく遺贈をしても、そのお金が有効利用されて、

喜んでもらっている姿を、自分では確認できません。


やはりこれは少し寂しいことだと思うのです。


財産の減らし方と余命とのバランスは難しいですが、

天国の入り口で入場料をとるといった話は聴いたことがないので、

相続人のいない方は、やはり使い切るのが一番だと思うのです。


遺言執行者を引受けることは、正直、荷が重いです。

何年先の話か分かりませんし、私自身も健康でいるかどうか。。


しかし、ご縁をいただいた方の遺志を実現するために、

できる限り引受けようと思っています。






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