また、久々の更新になってしまいました。
4月になり、新たなスタートと別れがあった。
前監督がとうとう故郷に帰っていった。
家族でお付き合いしていただけに、とても寂しくなる悲しい出来事であった。
今のスネークスの方向性を導いてくださった前監督。
時折、冗談で東京永住しなきゃと言っていたが、願いは叶わなかった。
私がスネークスに携わるようになったのも、
長男がスネークスでお世話になりはじめて、そのスネークスの父母会が会館で行われた日のことだった。
休日といったらくだらない過ごし方しかしていなく、そもそも町会とか子供関係の付き合いとか面倒と考えていた私が、嫁さんに尻を叩かれ参加したのも当時の私としては本当に奇跡的なことだった。
その場で、前監督とはじめてお会いし、かけられた言葉が以降の私に大きな影響をあたえた。
「子供と本当に接しているか。小学生の今、接しなければいつ接するんだ」
「小学生のうちにたくさん接したほうがいい」と声をかけてもらい、本当の接するの意味を考え直した私は、
少しでも子供と接する時間を増やそうと、その日のうちにコーチをすることを決めた。
たしかに、私は接していなかった。
ゲーセンに連れて行って遊ばせる、めし食いに連れて行く、実家にあそびに行く、そんな接し方ばかりで楽をしてた。子供が接しているのはゲームであり、食い物であり、じいちゃんばあちゃんであり、私ではない。
遊びでもスポーツでも、虫とりでも、魚とりでも、勉強でもなんでも良いが、子供がやりたいことを、
子供と同じ目線に立ち、子供と一緒になり、楽しんだり、くやしがったりしてとことん接してやることを怠っていた。
スネークスに携わる父母の方は、これが実践できている人が非常に多い。
私を導いてくれた前監督が指揮を揮っていた時、ヘッドだった私はなにも力になれなかった。
今の私を支えてくれているスタッフくらいに、当時、私が頑張っていればもっといい思いをさせて
あげれたのだと非常に後悔している。
せめて前監督の教え子が多数いる現5.6年生達で、今度の全日本江戸川大会で全力をつくし、
前監督が見に来てくれた昨秋の新人戦で、優勝チームに負けて出来てしまった"良い報告"という忘れ物を、
拾って名古屋まで届けたいと強く思ってます。


