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仕事と人生 その8

テーマ:建築おじさんの人生論 2012-04-14 14:28:59

仕事はいわゆる ジリ貧 の状態でした。

とはいえ、フリーのコンサルタントという仕事は 飛び込み営業できるものではありません。

そう、私のことを知らなければ、そして信頼されていなければ、仕事など得られるものではないのです。


考えてみれば、今後もフリーでやっていくとしたら、著作のひとつやふたつなければ、新たな仕事先など現れる訳はないのです。

本を書く事にしました。

ただ、お金もありませんから、自費出版という道はありません。それに出版社に認められるようなものでなければ、書く意味もないと考えました。


とにかく 書く事にしたのです。書いてから出版社に売り込むことにしました。

しかし、始めてみると 思った以上に大変でした。私は人前で話をしたりすることには慣れていましたし、好きだったのですが、「書く」ということが もともと苦手なのです。

そこで、以前に行なった講演のレジュメを見ながら、話すイメージで文章を考えるのですが、なかなかうまくいきません。

一日中悩み のたうち回っって一行か二行しか書けない日もあります。


そしてもうひとつ 自分で決心して書き始めただけですから、「締切」 というものがありません。

期限がない というのは楽そうでいて、これほど厳しいものはないのです。

途中で投げ出しても 誰にもなにもいわれることは ありませんし、誰も困らないのです。

そして 書き上げたとしても、出版されるかどうかも わかりません。


さらに出版されたからといって、すぐに事態が好転するかどうかも 全くわからないのです。

とにかく 「これを書き上げれば、自分を取り巻く世界が変わる」 と自分に言い聞かせ、やり抜くしかないのです。

そしてもうひとつ、自分の性格を考えて、執筆活動を続けるためにやったのは どんなに書けない日でも 一行は書く事にしたのです。


結局、3箇月ほどで 原稿はできました。

そして企画書を作り、目次と第一章を添えて、出版社に送付することにしたのです。

仕事のノウハウ本ですから そうした書籍を扱っている出版社をリストアップして 順次送っていきました。

30社も 送れば なんとかなるだろうと考えていましたが、はじめの数社から 何の反応もないと だんだん焦ってくるものです。


そして11社目でした。

初めて 反応がありました。編集長から電話が入り、「原稿を全部読ませて欲しい」 というのです。

嬉しかったですね。それから話はトントン拍子に進んで、出版されることになりました。

しかし、勉強になったのは 出版が決まった瞬間から それは出版社の「商品」になるということですね。


原稿の追加を求められたり、タイトルは出版社で決めるということになったり、・・・でも 中身はすべて私の文章ですから ま、いいか という感じでした。


そして2006年10月に 発売されました。

すぐに本屋に行きました。

自分の本が 本屋さんに並んでいるというのは 初めての経験でしたから、嬉しかったなあ

結果的に あまり売れませんでしたが、印税収入を期待していたわけではないので、私の目的は果たせました。


本が出てから しばらくして 私の考えていたとおり、私を取り巻く状況は変わり始めました。

仕事が徐々に増え始めたのです。

さらに 2009年に 2作目を出版しました。

この時は 一作目を出版してくれた出版社に 初めから話をしていたので、スムーズでした。


その後、仕事は増え、今は新たな仕事はお断りせざるを得ない状況になっています。

それでも話がくると、何とか対応したいと思うのです。

もっと 稼ぎたいということではありません。

仕事がない という時期を経験し、自分を必要としてくれる人たちがいるというのは とても幸せなことだとういうのがよく分かったからなのです。


自分には「役割」がある というのは人間にとって この上なく 幸せなことなのです。



さて、大雑把ですが、これが今に至る私の 仕事を中心とした 人生の流れです。

次回からは 息子の病気を契機として 変化した 私の内面の考え方について 書いていきたいと思います。

仕事と人生 その7

テーマ:建築おじさんの人生論 2012-04-09 10:04:02

そう、毎日やることがありません。

見かねて、妻が「一日中家に居るんじゃなくて、少しは出かけたら」 いうのですが、数百円の電車賃すら、辛いのです。

電話も含め、外部の人と全く接触のない日が続きます。


こうした状態は生まれて初めてでした。世の中から取り残されているという感覚が強くなってきます。

もう、社会から 「お前は必要ない」 と言われているような感覚です。

でも、家族の生活を維持しなければなりません。「なんとか仕事を得なければ、お金を稼がなければ」と思っていました。


ある日の夕方、いつものように愛犬の散歩をしているときでした。

ふと、「このままでは 自分の持っている知識やノウハウが消えてしまう。 この知識やノウハウを必要としている人たちは絶対にいる。 何とか これを若い人たちに伝えて行きたい」 という感覚が強烈に湧き上がって来たのです。


それまでは とにかく生活を維持していくための 「お金が欲しい」 という感覚が最も強かったのですが、それ以上に 「伝えたい」 という思いが 強くなったのでした。

仕事をしたいということの 「動機」が 私の中で変化したのです。


あーやの歌詞にもありましたね。心に愛があればすべてOKなのです。

動機こそが最も重要なのです。

動機は「愛」か「怖れ」のいずれかを源としています。


「生活を維持するためのお金が欲しい」というのは 「今の生活が壊れてしまうのではないか」 という 「怖れ」が源となっています。

それに対して「伝えたい」 「役立てたい」 というのは 「愛」 ということになるのでしょう。


客観的な裏付けは なにもありませんが、そうした私の内面での変化から程なくして 仕事が入り始めたのでした。


ある日突然、8年以上前に コンサルを1年間 やったものの その後沒交渉となっていた 大手の建材メーカーから電話があり、小さな金額でしたが、1年間のコンサル仕事が入りました。

そして、間もなくして、一番やりたかった地域の工務店の コンサルの契約も入ってきたのでした。


工務店でのプロジェクトメンバーは わたしより20才近く若い人たちです。

まさに自分の知識やノウハウを 「伝える」 ことが出来るということです。

結果として まだ不十分ながら 何とか 生活していく目処も立ってきたのです。


ところが 私の性格の悪いところなのですが、何とか生活できるようになってくると 危機感が薄れ、のんびりしてしまうのです。

4~5年の間、1~2社のクライアントの仕事をして いるうちに だんだんと状況が悪くなっていきました。


一通りのことが 終わると その会社での私の役割は終わります。

自己矛盾なのですが、私の仕事は 「私が必要ではなくなること」 を目指して 知識やノウハウを提供していくことなのです。


また、危機が迫っていました。


仕事と人生 その6

テーマ:建築おじさんの人生論 2012-03-29 10:09:58

さて、望んでいたフリーランスになってしまった訳ですが、タイミングは最悪でした。

事務所時代にやっていた 定期契約の仕事はすべて終わっていて、全く仕事が無い状態だったのです。

業績低迷が2年ほど続いていたこともあり、貯金もかろうじて1~2箇月分の生活費がある程度でした。


さらに二人の子供は 上の子が私立高校生、下の子が私立高校入学を控えているときでした。そして調子がよかった時期に買ってしまった家のローンも重くのしかかります。

いわば、私の人生で一番お金が必要なときと、一番お金がないときが重なってしまったのです。

経済的には 人生最大のピンチです。


まずは当面のお金を何とかしなければなりません。

税務署に個人事業主としての届出を済ませると、新規事業立ち上げの企画書をつくり、公的な金融機関に融資の申し込みをしました。

新規事業の企画書といっても、実をいえば、事務所時代に企画して、結局うまくいかなかった事業を さも、これから実施するかのように書いたものでしたが、企画書の作成や、口頭での説明は得意なので、それで、なんとか融資を受けることが出来たのでした。


新規事業のための資金という名目ですが、本音は生活費の確保です。

私のやりたいコンサルタント業務は実際には通信費と交通費が必要なだけです。


でも、とにかく仕事を得なければ話になりません。

個人事務所設立の案内をつくり、考えられる相手先に片っ端から送付して、数日後に電話します。そしてなんとか、面談の機会を得るようにしていくしかありません。


とはいっても、そんな作業は1~2週間もあれば終わってしまいますし、そう簡単には仕事が得られるわけもないので、何もすることがない日々が始まったのでした。

手帳は真っ白、毎日が日曜日です。

サラリーマン時代には あれほど欲しかった まとまった休暇ですが、全く楽しくありません。


脱サラして事務所を作ったときも、はじめは仕事があまりなかったのですが、現役の課長二人が独立したということもあり、また、事務所を新宿に作ったので、毎日来客があって、それなりの「動き」があったのです。

しかし、今回は自宅を事務所とした個人事業ですし、そのような「動き」は全くありません。


鳴らない電話をじっと見つめる毎日です。

先が全く見えないのですが、このまま行けば、経済的に行き詰まる時期は見えています。

それも、そんなに遠くはありません。


どこかの会社に再就職をしようか、という考えもよぎりましたが、この年齢で再就職しても、今必要な生活資金は得られないと思われますし、今更サラリーマンにもどるには体質が変わってしまっていましたから、とにかくフリーで頑張るしかない と考えていました。


・・・でも 私の性格なのですが、根拠は全くないのですが、「何とかなる」という確信を持っていました。

人生という双六ゲームのなかで、今、「貧乏ゾーン」を通過中で、あと一回さいころを振れば、ここを抜け出せるというような感覚を持っていたのです。

だからでしょうか、不安で眠れないという夜は 幸いにして経験していません。


結果的には そうした日々が半年続いたのでした。

あとになって振り返れば 「半年」 ですが、その只中のあるときは それがいつまで続くかは見えないのです。

でも、ぎりぎりでしたが、やはり 「何とかなった」 のでした。


そのあたりのお話は次回とさせていただきます。


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