FUJITA'S BAR

悟りについて、私、三悟空が大真面目に書いていますが、動機は人気がでたらいいなーという不真面目そのものです。お暇だったらお付き合いくださいませ・・・ (よかったら、あなたの思うことなど、感想を書き込んでいってもらったら嬉しいです。一緒に考えましょう)


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2011-06-22 18:44:12

貨幣経済の問題点。愛と力について

テーマ:悟り
モノはどうしても腐る。
ブツブツ交換の時代、それを見た人はこう思っただろう。

「せっかく頑張ってくれた人に対して、腐るものを渡すのは可哀想だ。
 お礼の気持ちとしてお金というものをプレゼントしよう。
 そうすれば二度と減らないではないか。」

それは全く愛に満ちているし、合理的な判断だったと思う。

そういう意味でお金というのは大変に素晴らしい発明であり、
貨幣経済は素晴らしいシステムだったのだけど、
とうとう限界にきてしまった。

世の中の成功法則では、
だいたい、お金をエネルギーや情報として解釈する。

それはすごく正しいし、あっている。

ところが、貨幣経済を推し進めた結果、
いろいろ社会問題が出てきてしまった。

正しいし、愛のエネルギーなはずなのに、
なぜか?

これを豊かなマインドを持った人が少なくて、
欠乏マインドがある人が多いせいだという人がいるが、
実はそれだけではない。

やはり貨幣経済はシステムとしてそもそもの欠陥をもっている。

実はお金の問題点は、お金には人間に対する愛はあったけど、
地球や宇宙に対する愛が入っていなかったということである。

残念ながらお金という発明品には、
地球や宇宙に対する愛があまり入っていない。
あくまで人間のため、つまり巷で言われる自己実現レベルをサポートする発明品なのだ。

だから人間の欲望を助長してしまうのだ。
これは各人の自己責任も当然あるけど、システムとしての欠陥でもある。


もうちょっと言うと、この世はフラクタル(相似)で出来ていて、
ある問題を抱えたグループが力を発揮してあるシステムを創り上げると、
そのシステムは、不思議だけど、その開始時の問題を含んだまま大きくなる。

そういう意味で、
貨幣経済は地球に対する愛が足りない状況を最初から含んでいたために、
その問題がとうとう大きくなってしまった。

これは僕らはとても良く考えなくてはいけない問題で、
最初にどのレベルの愛をもって取り組んだかによって、
その発明品の今後の性質が決まってしまうのである。

この問題は、以下の本に詳しい。

南アフリカの紛争解決といった、
とんでもない難問を解決してきた人間の生の声がつまっている。

未来を変えるためにほんとうに必要なこと――最善の道を見出す技術/アダム・カヘン

¥1,890
Amazon.co.jp

この本で言われているのは、
愛なき力は実行力に乏しく、逆に愛なき力は破壊をもたらすということ。
そして人間は両方を同時に追い求めることができるということ。

この本の理論でいけば、
世の中の成功法則が目指す自己実現をしたいという力は、
あくまで子供の駄々っ子にすぎない。

例えばお金もちになりたいとか、かっこよくなりたいという気持ちは、
よーく考えると、それは自己実現にはつながらないのだ。

地球を愛する気持ちを持ったとき、
僕達は、自己実現をまったく別の角度で見始める。

地球の進化に微力ながら貢献することこそ、
自分の自己実現なのだということを思う。

つながりを感じながら進むことを選択するのだ。
そうなると誰もが芸術家になることこそが、唯一の道のように思える。

でも神様は自分でやってみるという自由を与えてくれたのだと思う。
まさに親が子供をあやすかのことく。

結局煎じ詰めていくと、
宇宙全体を意識して愛して力を発揮することが、
自分にとっての最高の自己実現だと気づく。

不思議な世界だけど、こういった気づきのために、きっと人間界があるのだと思う。

2011-04-22 13:26:34

預言

テーマ:悟り
2011/3/11に東北関東大震災が起きました。
実は僕の中で夢で見ていた風景があります。

それを念のため記載しておきます。
備忘録の意味もあります。

※大前提【世の中は二極化する】

とはいっても、今までの悲惨な二極化ではないです。

人間は食べていくのに競争ばかりをしなくなり、
共存共栄をめざす人々が世の中の主導権(主にインフラの)を握ってきます。
もちろん自己実現のためには競争もありますし、
芸術もありますが、バランスをもって取り組みます。

競争や奪い合いが好きな人たちはいますが、
そういう人たちの活躍の場もありつつ、隠れた主導権はもう片方が握ります。
競争原理が今までのようにマスじゃなくなります

そういう意味での二極化がおこります。
2つの社会ができあがるといってもいいです。
(分裂はしていませんが、それぞれの集落(地域)ができあがります)

なお貨幣は主導権側の世界では(つまり主要インフラですが)
ほぼ意味をなさなくなります。
ベーシックインカムもありません。
変わりに使われるのは地域通貨でもなんでもなく、
共産主義でも資本主義でもありません。

地球の資源を直接人間が管理するようになる。
情報や信頼が貨幣の変わりにインフラになる。
生活費が0になる、
というのが正しいでしょう。

貨幣経済が壊れるのではなく、
社会全体がそちらに移行するのです。
(その方がメリットが大きいから)

貨幣は残りますが、それは一部の人たちの間で使われる
地域通貨のような存在になっていきます。
日本でトラベラーズチェックを使うようなもの、
といったらいいでしょう。
主要なものではなくなります。

生存の仕事(主に自然やコミュニティ由来)と
自己実現の仕事がわけられ、
会社は基本的に象徴化、短期プロジェクト化し、
人間はもっと流動的に動きはじめます。

なお、これは日本で起こることで、
全世界ではまだ起こりません。
しばらくかかるでしょう。

1.東京のその後
10~20年後くらいかも知れませんが、
東京自体は浮浪者とすごい近代的な高層ビルで働くエリートとの間で、
いわゆる香港(マニラ?)のような状態になっています。

英語が公用語で、若者が活気をもって働いています。
人種もビルの中は多様です。

ただし、エネルギー革命のおかげで、
浮浪者やダラダラしている人も食べていけるので、
治安はそんなに悪くありません。

道で寝ている人もいる、という感じです。

言葉をかえれば欲望から離れなれない人は都会に住み、
ちょっと目覚めたエリートや自然と豊かに暮らしたい人は田舎に住みます。

たまの都会と田舎の間でバランスをとりはじめます。

2.田舎に住む人も増える
先ほどのように東京が好きな人は東京にいると思いますが、
住まい自体は分散化して、田舎の各所に集落のようなものができます。

でも単純な自然回帰ではなくて、新しい生き方です。
家の中にはロボットがいて、照明は明るい。

仕事はプロジェクト的になっていて、
インターネットで調べて気になったプロジェクトに
参加するようになっています。

そのインターネット環境も、今とは全く変わったものになっています。
ロボットやスクリーンが主役でしょう。
時間の余裕はとてもあり、家族で楽しくくらしています。
週に決まった時間は地域の農作業に勤しみます。

乗り物は高速化しており、
無料で乗り回せます。

それが地方への移住をやりやすくしています。

3.原発について
基本的にはこれ以上の被害はありません。
しかし数ある危機や心理的な何かが東京の消費経済にストップをかけるでしょう。
そうやって東京が弱っている間に、東北に新しい流れが生まれ始めます。
東京の中でも気付き始めた人が、新しいコミュニティを創造していきます。
2極化の走りです。

4.富士山
僕の生きているうちに富士山が噴火するかと思っています。
しかし、そうなったとしてもそんなに被害はありません。
人々の心に変化が出るという形です。
箱根はしばらく通れなくなりそうですが、いろいろ空間に歪ができてきます。

全て人の心と連動しています。

5.東北はこれから熱い
このような二極化社会の走りとなるような価値観、リーダーが東北に集まり、
仕事をなしていくでしょう。
これは、そう遠くない2011年後半くらいから始まりそうです。

その流れが、人々の目を覚まさせ
「あれ、あんな生き方もいいんじゃない?」
という流れ、地方への移住を産みます。

6.地震について
これには2つのビジョンがあります。
基本的に人々がよい方向に動けばこれ以上は被害が拡大しないでしょう。
むしろ、しばらくは世界情勢の方が危ない状況になってきます。

しかし、あまり生き方を改めないで今回のまま消費経済の復興を目指す力が強すぎると
地球の負のフィードバックがおこり、東京が危ないと思われます。
その後、大阪も危ないです。

その時は内陸部の田舎にいた人が新しくやはり価値観をもって、
復興を推し進めていくでしょう。

この揺れは地球人が
『我々は自然とともにある」
「意外とそっちの方が幸せで効率もよさそうだ」
と気づくまで続きます。

みんな愛の力は強いのですが、それがリスクヘッジと守る力に向きすぎ、
所有欲を強め、あまり共存に向かっていないので、
残念な状態になっています。

あとは目が覚めてその力を方向転換するだけなのです。





2009-07-18 09:55:19

精神世界とは何か

テーマ:悟り
先日、悟りとは
というエントリーで、
究極のところの話をしました。

まぁ、生を乗り越えなければ、
永遠の幸せはないという部分です。

これについて誤解を生まないように、
精神世界の考え方について、
今日は3つお話しなければならないと思います。

1つは、涅槃(ニルヴァーナ)について。
先日のエントリーからすると、生を超越することは、
今現在の俗世から離れることのように思えます。

そうすると、今の社会と切り離されたところに
涅槃があるような気がします。
(つまり、天国みたいなイメージです)

しかし、これは過ちであるはずす。
僕らはこの世界と同一であり、切り離されて存在(うーん、存在。。)
することはできません。

ですので、悟りとは、まさに今の状態で、
ものの理を理解し、自分の中の破壊的感情を手なずけ、
超越することであり、別にこの世の現象です。

天国が別のところにあるという話ではありません。


2つめ。
なぜ、精神世界を超越すると生を超越することになるかというと、
それは、計算する宇宙などに見られる情報処理とみなすことができます。

この世をどう認識するかは、その人の見方によりますが、
ひとつの見解として、この世を量子コンピューターとしてみることができます。

つまり、情報の塊なわけです。
精神世界とは、それと似たようなところがあり、
ものの移りゆく様をただ眺めると、生に対する認識は、
ただ情報のやりとりのようにしか見えません。


まぁあたり前ですね。
精神世界というのは、概念として既に物質世界と切り離されており、
観念的=情報処理の世界になっていますから。

精神的な平穏と幸せを獲るには、
こういった観念的な部分での理解を進めていく必要があります。


3つめは、生を超越するということは、
生と離れることではないということです。

これは、1を保護していて、2と矛盾した概念に思えます。
しかし、悟りを開くというのは、物質を単なる情報の塊と
みなす上に無関心になることではなく、むしろ、リアルに生を感じる
ということだといいます。

つまり、普通に考えると、なかなか想像もつかないような
境地なのです。

この境地に至るには、修行が必要だと思います。
だから、ブッダはいいました

「下手に理解すると毒になる」

多くの悟ったように見える人は、
結構、口ではいいことをいいますが、実は無関心だったりします。

これは、悟ったのではなく、生を超越したのでもなく、
生をあきらめただけです。

ですので、そういう人の言うことを聞くのはやめましょう。
また輪廻を繰り返してしまいます。
(まぁ、無知が原因なので、問題はないのですが)

僕が思う最善の手段は、
「日常生活の範囲で、できうる限り修行しながら、
 今世でできうる限りのことはする」
という姿勢です。

これが悟り とはのページで語ったことですね。

結局、回り回ってくると
「学びながら、良く生きましょう」
という昔から言われるシンプルなルールに落ち着くから面白いですね。

しかし、人間は、結論だけ知っていても、
なかなか納得できないもんです(笑)。


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