前回のつづき。。
「こっちに来なさい。」 とシェフは厨房を出て、自分の包丁箱を持って来て、その新人コックさんの目の前で開けました。
普段は鍵の掛っている包丁箱です。
もちろん私も鍵の番号は知らず、シェフのみが開けられる秘密の箱です。
その中にはフランス料理人人生が詰まっています。
その包丁の中には30数年の時を経て、27cmの刃が研いで20cmほどになってしまったモノや、中には手作りのモノもあります。
シェフは自分が長年使い込んで来た包丁や道具について1つひとつ新人コックさんに説明し始めました。
「これは羊を仕込む時の専用の包丁。もともとはお菓子のヘラ(道具)だったと思うけど、それを自分で研いで包丁を作った。」
「羊を仕込みで、肉の表面に棒で穴をあけてそこに細くカットしたニンニクを刺す仕込みがあるでしょう。」
「その作業は、ニンニクを刺しながら脂を見つけては細目に包丁で脂を取り除かなければならい。羊の脂は匂いが出るからね。その時、棒から包丁に持ち替える手間を省く為、これ1本で全て作業できるように自分で包丁を作った。」
この厚みのある包丁は、先が丁度ニンニクの厚さになっていて刺してニンニクを詰めて、手前で脂も切れるという優れモノ。また包丁の背では羊を縛った紐も切れるように両サイドを研いであります。
「ただ道具を持ち替える数秒の手間を短くしたかった。」
「でもこの包丁は南フランスのレストランで修行した時に役に立った。南フランスは羊料理が多いからね。何十もの羊を仕込むから、その数秒が何分にもなってその分他の仕事が出来た。」
「これはもっと若い時に作った道具。魚の内臓を洗う時の専用のハケ。」
「中華料理の鍋を洗う道具を解して作った。一般には歯ブラシなんか使うけど、ブラシだと内臓がブラシに絡んで入ってそれを洗うことに時間が掛ってしまう。これだとあっという間に魚を傷つけること無しに内臓を洗えるんだよね。これは今でもスゴイ発明品だと思うよ。」
「これらの道具へのこだわりは、若い頃の少しでも手が早くなるようになりたい。誰よりも早く仕事を綺麗にこなせるようになりたいと思っていたことにある。1つの仕事を綺麗にこなせれば次のより高度な仕事を与えられたからね。」
「だからボクにとって包丁は綺麗にかつ早く作業が出来るようにする為の大切な手の一部なんだよ。」 と、新人コックさんに話ているうちに、笑顔も交えた昔の思い出話しも始まりました。
「ボクが次に包丁買うなら、何がいいんでしょうか?」 という新人コックさんの質問には、
「次に包丁を買うなら、この硬さのこの長さがいいんじゃない。」 とアドバイスをして行きました。
数日後、
「シェフ包丁を買いました。
」 と言いながら恥ずかしそうに真新しい包丁をシェフに見せる新人コックさんの姿がありました。
その包丁には、新人コックさんの名前が彫ってありました。
そう、彼はシェフの多くの包丁に、「宮本」 の名前が彫ってあったのをしっかり見ていたのです。
「大切な君の手が1つ増えたね。」 とシェフが言うと、
「はいっ。一生大切にします。
」 と目を輝かせて言いました。
新人コックさんにシェフの何かが伝わったようです。
頑張れ。
若いフランス料理人達。![]()






