戦国武将とミドルネーム

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おはようございます!サンドルです!

 

本日は、戦国武将のミドルネームを少し

(^∇^)

 

伝わりやすいかな?と、ミドルネームと言っておりますが

本来は「仮名(けみょう)」とか「字(あざな)」とかいうものです。

 

歴史に詳しい方は今更でしょうが

私みたいのは「ミドルネーム」のが伝わりやすいです。

( ̄▽ ̄)

 

政宗公の名前は正しくは「伊達藤次郎正宗」

この「藤次郎」部分が仮名です。

本名の方を「諱(いみな)」といって「政宗」の部分を指します。

 

伊達←姓

藤次郎←仮名(けみょう)・字(あざな)

政宗←諱

 

 

当時は、本名(真名まな)で人を呼ぶことを避ける風習があって

役職だとかミドルネームで呼んだようです。

 

我が家の娘が

「ああ、もう!弾正多くて頭おかしくなる!戦国時代の人気ネームか!」

 

って怒っていたのですが

それは「弾正」が役職だから( ̄▽ ̄)

 

そらいっぱいいるわよね。

 

ミドルネームがあるとわかりやすくていいな、とも思うの。

政宗公の場合にも、室町時代のご先祖様に

既に「伊達政宗」がおいででして

 

伊達家9代当主『伊達(大膳大夫)政宗』公と

仙台藩初代当主『伊達(藤次郎)政宗』公

 ※政宗公のお父さん(照宗公)が、ご先祖様にあやかってつけたのだ

 

ややこしいので「藤次郎政宗」と

書き分けたり呼び分けたりされています。

 

この他に、幼い頃には「幼名(政宗公は梵天丸)」があるし

仮名・諱の他に「渾名(独眼竜)」もあるし

  ※渾名(あだな)は通り名。仇名(あだな)は悪口よ。

 

 

呼名もたくさんある、成長に伴って名前を変えたり

決意で名前を変えたり、戦国武将ってやたら名前が変わるわよね。

 

携帯も映像記録もない時代、あんなに名前を変えたりして

よく「この人」が「どの人」って間違えなかったなと感心します。

 

有名な戦国武将であっても、顔が知れ渡っているわけじゃないだろうし

名乗ってから史実として残されている死亡時期まで

本当の本当に本人だったのかしら?なんて考えちゃうな。

いや、だからこそ「影武者」なんかが罷り通るのね。

 

今だとすぐSNSで画像アップされちゃうから無理だわ

( ̄▽ ̄)

 

そういえば

 

政宗公の言いつけでイスパニアに行ってきた

『支倉常長』は、公には処刑されたことになっていますが

 

『泣いて馬謖を斬る』ことができなかった政宗公の計らいで

実はこっそり生き延びて、隠居生活を送って晩年を過ごした。

 

というお話が宮城県の大郷町に残っています。

SNSの無い時代だからこそね。

 

話がそれちゃいました。

 

娘が同じ名前が多すぎる!と怒っていた書きましたが

弾正の他にも娘が悩まされている名がまだあります。

 

『忠正』と『長政』

 

結城忠正、団忠正、水野忠正、森忠正、松平忠正

浅井長政、浅野長政、黒田長政、木沢長政、池田長政、上杉長政、織田長政、山田長政

 

織田長政に至っては二人おる( ̄▽ ̄)

 

ちなみに娘は『浅野長政』と『浅井長政』が

どっちがどっちだか分らなくなることが多いようで

 

『おまいら、こんな時こそミドルネームを全面に出してこいよ!』

 

と、涙目であります。( ̄▽ ̄)

本当だわね。

 

名前が変わること、字(あざな)諱(いみな)を両方持つこと

実はこれ、かつての日本人には当たり前のことだったのでした。

 

「名前は一生変えないこと」ってなったのは

案外最近。明治にできた戸籍制度での決まり事なのだ。

 

今もこの制度が残っていたら

「キラキラネーム」つけられた子も、ワンチャンあったのにね。

 

しからば、ごめん!

 

 

 

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