1月31日の2回目の更新。
一昨日の夜、NHK-Eテレ「日曜美術館」を見ていた。
音楽家の千住明と女優(名前を忘れたぐらいインパクトに欠けてたしオーラが感じられなかった)が、木村伊兵衛が1954年と1957年に富士フイルムの依頼で、カラーフイルムのテスト撮影で訪れた時のパリの写真集「木村伊兵衛のパリ」(アマゾンで見たら14700円してた)の撮影場所を訪ね歩くという趣向。
当時のフイルム感度がASA10であったことを知り、驚かされた。10だよ、10!
選んだ撮影場所が、ほとんど旅人が行かないところなので(ということはパリの外れだから)、木村伊兵衛が撮影した時と光景が大きく変わっていた。いくら古い建物が残っている(外観は)パリでも、外れは開発の波が押し寄せていたのだ。
女優というのが写真を撮り、お披露目していたが素人写真。木村伊兵衛の写真とは大違い。機械任せで嫌でも写ってしまうデジカメで撮影するのでは、ニュアンスがまったく違う!銀塩フイルムを使うカメラでないと、木村伊兵衛の真似写真にもならない。
これは、スタッフのミスだ。
訪ね歩く中で、千住明が「当時のパリは汚かったんですね」と写真集を見ながら喋っていた。
それを聞いて、初めてパリへ行かされた時のことを思いだした。今から30年以上前のことだ。
若くて丈夫という理由で、ボスからパリコレクションの取材へ送り出された。しかも3週間。フランス語の「ふ」の字も知らないのに!パリ支局もありスタッフも3人(怖いお姉さんたち)常駐しているのに、なんでー?
泊まるのは支局のオフィス!
JALのビジネスクラス(バーターでのもの)でという当時は乗せてもらえなかったボスの心遣いに感謝したが、機内はバリバリの管理職クラスばかりで落ち着かなかった記憶が。アンカレッジ(アラスカ)経由の時代だヨ、その後何回も降り立ったが疲れたころの気分転換によかった、今あれば利用したいぐらい。往復の便でアンカレッジで食べたうどんの美味しかったこと、懐かしい思い出。
東京でボスから渡されたのは、「8 rue Marignan」と書かれた支局の住所と電話番号のみで、「これを空港のタクシー運転手に渡せば連れていってくれるから」と言うのみ。「ちっぷは10パーセント渡せ」と、付け加えられた。
空港から無事に支局の入るマンションの前で降ろされた。着いたという喜びは一瞬で、扉を押しても引いてもウントモスントモ言わない!困った、困った。叩いてもダメ、泣きたくなった。電話をと思っても、大きなスーツケースと手荷物では動きも取れない。
途方に暮れた。
本日はここまで、続きは明日です!
困った若者はどうなるのだろうか?
あとで知ったことは、電話をかけるにはカフェなどで電話専用のコインに替えてもらわないとダメだった時代。それに電話自体が少なかったんだヨ。


