全て父の思いで物事が動いていた様な気がします。
三月中旬から四月中旬までの春の一時帰国。
空き家になっている家の件と娘の合唱団卒団式・成人式準備その他の用事をする為に帰国したつもりでいましたが・・・
いざ帰ってみれば父の元にひと月の内の三週間いたという・・・
そしてこの、落し物忘れ物を殆どしない用心深い私と息子が(笑)
パスポート(実家の母が帰国の日に新幹線で届けてくれた)→息子
米国仕様の携帯電話(送ってもらおうとしたら郵便規則で送れなかった)→私
どちらもとっても重要なアイテムを実家に忘れるというミラクル

いつもと違う何かが作用していたような春の一時帰国から・・・
二週間半後の父とのお別れ。
父の”帰したくないなぁ””またすぐ戻っておいで”っていう気持ちから起きた様な気が・・・
今はします。
人の寿命は様々ですからね。
平均寿命が延びたからと言って、皆がそこまで命の保証をされてる訳じゃない。
父が亡くなった日。
雨が降ったそうです。
叔母がどこかで聞いたお話しでは、亡くなった日に雨が降った人は、寿命まで生きた人なんだって。
父の寿命だったのかも知れません。
精一杯頑張ったけど、寿命には逆らえませんものね。
最後の二か月は病院で辛かったから、棺の中では本当に楽な表情をしていました

人生の殆どを地元で、車に乗る仕事をしていた人なので・・・
電車に乗る切符すら一人で買えない”箱入りじぃじ”でした。(笑)
実家のある広島から私達の住んでいた静岡まで一人で来た時

皆で”じぃじの大冒険”って笑ってたっけ。
孫達に会うといつも自分の携帯で孫の写真を”撮ってくれ”と私に言うんですよ。
自分じゃ携帯で写真を撮る事も出来なかったから・・・w
じゃ、撮った写真だって見る事も出来ないでしょうに

とうとう約74年半、世間知らずなまま。
お婿さん(夫)と孫達(娘・息子)の自慢を最後(声も出なくなった病院で)までしながら・・・
旅に出ました。
昨日、夫と息子が、今朝、娘がそれぞれ自分の暮らしに戻って行きました。
母は疲れた様子ながら、悲しみを紛らわすかの様にドンドン片付けをしています

もっとゆっくりでいいんじゃないの?って言ってるんですけどね。。。
今日でGWも終わりですね

また明日から皆さんも日常に戻られますね

私もここであと二週間、母と新しい日常の形を探します