寄せ植えのことはもちろん

読んだ本の感想や上手な生き方

みたいな情報を載せています。

  • 21 Feb
    • 真田太平記12巻 池波正太郎

      おわった‼️池波正太郎の「真田太平記」12巻を読み終えた。やっと終わったという気持ちもあるけど、ついに終わってしまったという気持ちのほうが強い。もっと真田家の物語を読み続けていたい。たくさんの人物がこの長い物語には登場する。なかでも滝川一益の孫で滝川三九郎という侍の生き方が僕には魅力的に感じた。流れるままに流されるままに生きてさりとて自分を捨てていない。物事や世間の常識にこだわらない。軽々と生きている。滝川三九郎は元々、恵まれた環境で生まれ落ちたわけではなく艱難辛苦 の境遇だった。それらのおかげかはたまた養育した人が素晴らしかったのか、飄々と空に浮かぶ雲のように悠々と生きている。流れに逆らわず生きているけど自分を捨てていない。矛盾しているようだけど当人の中では整合性がある。力を抜くところと入れるところその塩梅の上手な人が人生の達人だろう。

      7
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  • 18 Feb
    • 真田太平記11 池波正太郎

      「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」自分の命を犠牲にする覚悟があってこそ、初めて窮地を脱して物事を成就することができるということだそうで人間、一度や二度は生涯で本気を出すことも必要だろうと思う。なかなか本気だせない僕が言うのもなんだけど。今回も池波正太郎の「真田太平記11」を読んだ。徳川幕府が開かれて15年。徳川家と豊臣家が手切れとなり大坂冬の陣が勃発する。一応、和議にたどり着いたがそれは家康の策略で豊臣家を滅ぼすためのものだった。やがて大半の大名が予想したとおり半年後に大坂夏の陣が始まる。豊臣家の外交のまずさもあり当主の秀頼淀の君は自害に追い込まれる。大坂方についた真田幸村や配下の草の者もほとんどが討ち死にをする。この大坂夏の陣を小説ではあるが史実に基づいて描かれたものとして読んだ。真田幸村がここまで家康を追い込んだとは知らなかった。兵士の数の上でも戦略の上でも外交の上でも優っていた徳川軍を相手にまさに捨て身の戦術であった。この物語の主人公は真田幸村だが裏の主人公として向井佐平次という実在したかどうかわからない人物を描いている。幸村の身の回りの世話をする人物でその生涯を幸村のために使い果たした男である。もちろん幸村と共に死ぬことになるがこの男はそれを不幸とは思わない。むしろ幸せであり誉れだと感じている。戦場で死ぬことの不幸より不世出の武人真田幸村に仕えることができたこととささやかではあるが充実した一生を送れたことの幸福を覚えている。そんな人物を描いた作者の人生観や死生観をも感じられるのが本巻だった。

      6
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  • 16 Feb
  • 10 Feb
    • 真田太平記10 池波正太郎

      限られた範囲不自由な中でもその人らしい個性を打ち出した生き様は美しい。今回も池波正太郎の「真田太平記10」を読んだ。やっと10巻。あと2巻で終わり。物語は関ヶ原の戦いが終わり十数年、いよいよ徳川家と豊臣家が手切れとなり大坂冬の陣に突入する。高野山のふもとの九度山に軟禁されていた真田幸村もそこを脱出し大坂城に入る。徳川に勝つために様々な献策をするがことごとく豊臣秀頼の母、淀の君や豊臣家の重臣、大野治長に反対される。そんな不自由な中でも大坂城の南面に小さな出城、「真田丸」を築く。一見、なんの変哲も無い小さな出城だけど戦闘が始まると徳川軍に甚大な被害を与えた。この戦闘が行われた直後から真田幸村と言う名前が一躍、ビッグネームとなる。この史実に基づいた物語は生きることに汲々とした男の物語ではない。生きるとか死ぬとか得なのか損なのかそんなことを超越して思うさま自分の「生きる」を全うしようとした人の物語である。この真田太平記の重厚な面白さは史実に基づいた表の世界と史実には残されていない裏の世界隠密諜報の世界を同時に描いていることだと思う。表の世界が静かな時でも裏では諜報合戦が激しく繰り広げられていることがある。この裏の世界の住人である隠密忍者草の者などと呼ばれる人たちとも濃密に関わりあったのが真田家の人たちである。表の世界、誰の目にも意識される世界に生きながら裏の世界、余人には意識されにくい世界とも繋がっている。このことは自分の意思で統制できるこころの「意識」と言われる領域はものすごく大事だけど統制できない「無意識」の世界にも心が開かれている人は安定した豊かな生き方をすることに似ている。数値化したり目に見えるものばかりを真実ととらえるのではなく直感的で衝動的で割りに合わなくてなんかわからんけどみたいな意識しにくい心の動きを取り入れて生きていくのも豊かである。

      13
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  • 04 Feb
    • 硫黄島に死す 城山三郎

      23年ほど前大学を卒業して初めて就職した会社がなかなか厳しい会社で社会と言うのは厳しいものだとつくづく思っていた。今で言うブラックな企業で当時はそんな言葉がなくしかも初めて就職したところがそうだから社会にでて正社員で働いている人は皆そうなのかと思っていた。そこの社長の理論としてはオレはお前たちを月給で雇っているだから、24時間のうちいつでも電話で呼び出していいんだと言うもの。世間知らずな僕はなんかおかしいなと思いながらもへーそうなんだと半ば納得してしまっていた。実際、先輩は夜中の12時に呼び出されたりしていた。次の日、朝から仕事なのに。幸い僕の場合は夜遊びがすぎて睡眠不足のくせに毎夜毎夜出かけていたので社長がいくら電話をかけてきても留守だった。(当時は携帯電話はない)すると社長に言わせるとあいつは毎夜毎夜出歩いてなにかに取り憑かれとる!と言うことになりなんかの指導をされたように思う。忘れたけど。幸い学生時代からバイトの経験もたくさんあっていろんな職場を見てきていたのでこれはなんかおかしいぞ‼️と10ヶ月ほどして気づき(遅い)12ヶ月目にやっと社長の愛人かもと噂されるナンバー2に盾突き取り上げられていた薬剤師免許証も奪い返しまんまと逃げ出すことに成功した。その次に就職した会社は普通だったので天国かと思った。めでたしメデタシである。前置きが長くなったけど今回は城山三郎の「硫黄島に死す」を読んだ。7編からなる短編集。第二次世界大戦前後の時代を生きた人たち主に軍人たちを描いた物語である。当時の軍隊は今とは比べ物にならないほどブラックだったんだろうなと思う。とくに少年のころから理不尽な教育や意味のない精神論を刷り込まれると自分がやられたことはやられた通り下に返していくという卑怯な人間を作り上げることになる。意味のない制裁や暴力の連鎖。当時ほどひどくはないけどいまでもどこかで意味のない苦行をしている人たちがいるんだろうな。さっさと逃げ出してね。7つの短編のなかに「基地はるかなり」と言う作品がある。とくにこれが良かった。特攻から生き残った2人のその後の物語。2人の対照的な人生を描いている。「生きる」ことをいかに捉えるかでこうも人生が変わってくるのかと思わせられる。悲しくて苦しい物語で救いがないようにも思ったけどなぜかすごく惹かれる物語だった。生きることに過剰な期待をもつことはほどほどにしないと、と思っているけれど反対に生きていること生き残っていることを過剰に否定的に捉えることも慎まなければならない。

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  • 02 Feb
    • 真田太平記9 池波正太郎

      僕たちは自分の生きている時代の感覚や価値や常識や習慣や伝統に好むと好まざるに関わらず縛られて生きている。後の時代に生きる者からすれば笑ってしまうような価値でも大真面目にそれを信じている。今回も池波正太郎の「真田太平記9」を読んだ。関ヶ原の戦いが終わり真田昌幸真田幸村の本家が取り潰され十余年。真田信之の分家は上州沼田の大名として徳川家に臣従している。家康も70歳を超えて徳川家をより盤石なものにしようと策を弄する。後世の者からすると家康も焦ったんだなと思ってしまうような言動をする。その時代に生きなかった後世の者が家康の言動の是非を云々する資格はないが。。。いづれにせよ徳川家、豊臣家東西の手切れの時が迫っている。そこに真田信之と真田幸村の兄弟がどう関わっていくのかと言うのが今巻の物語。豊臣秀吉の息子秀頼が立派に成長して英邁の質を醸し出していなければ家康は豊臣家を恐れなかったかもしれない。秀頼の母淀の君に時代の流れを受け入れる力があれば母子ともに死ななくてよかったかもしれない。「もし」を言ってもせんないことだけど。。。流れに逆らわない生き方。これが最強だと思う。流れに逆らわなかったからこそ家康は天下人となった。妻と長男を殺さなければならないような信じ難いような厳しい「流れ」にも逆らわなかった。主体性を持ちながらも流れに逆らわずに生きて生き抜いた家康。だけど今から起ころうとしている豊臣家との戦いには自力で流れを作り生涯で貯め込んだ力を爆発させるように時代の扉を押し広げようとしている。

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  • 01 Feb
    • お気に入り写真

      お気に入りの写真を投稿します。まず「あまおう」福岡では普通にスーパーに売ってますが他県ではとうでしょうか?これ食べたら他のイチゴは食べられません。次にクリスマスローズ。いかにも、今年も咲きました!みたいに写真を撮ってますが初めて買って、すぐに植えただけです。同じく買ってきてすぐに地植えしたビオラ。このリースバスケットの寄せ植えは自分で作りましたよ。いかがでしょうか?次は最近、D IYにはまってましてこの和室の白い壁を憧れの左官屋さんのまねごとをしてヨモギ色の珪藻土の壁を塗りました。珪藻土は調湿性能にすぐれて空気をキレイにしてくれるそうです。ですが塗りたてはなんかへんな匂いがします。シンナーのような有毒物質は使ってないと書いてましたが娘が頭痛いと言い出し極寒の中窓全開にしてしばらく過ごしました。いつもはママと2人で寝るんですけどまだ頭痛いと言い張るので昨夜は匂いのしない僕の部屋のベッドで眠ることになりました。窮屈でした。

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  • 27 Jan
    • 「猟銃 闘牛」 井上靖

      生きているだけでそこにいるだけでいいのにひとは自分の人生に意味を持たせようとする。かく言う僕もそうだけど。今回は井上靖の「猟銃・闘牛」を読んだ。写真が横向きになってしまった。猟銃闘牛比良のシャクナゲの三編からなる短編集。とくに猟銃は著者の処女作。巻末の最後に解説の人が書いていたが小説としてはまだ荒削りだが面白い、と。僕には荒削りな部分はわからないが面白いことは確かにそう思う。ググっと物語に引き込まれるのを読んでいて感じた。三編の物語に共通なことは主人公の3人は自分が生きたいように生きたのに孤独を抱えている。生きたいように生きたゆえに孤独を抱えるようになってしまったと言うほうが良いかもしれない。自分の人生を実のあるものにしようとするのは良いが自分の思いばかりを先行させる生き方は周囲との精神的な隔絶が起こる。男性に多いように思う。長年、それが続きふと周りを見渡してみると虚無的な風景が広がっている。そこでハタと立ち止まり自分の生き方を見直す力のある人はいいけどもそうならない人もいる。男性に多いように思う。客観的にはそれを孤独と言うが本人は孤独とは思っていないケースも多い。ますます周りの者はバカだと排他的になる。自分が孤独なことを認めることは恐怖だから。その恐怖は絶望感につながることを無意識はわかっているから。周りに気遣い息をひそめるように生きるのも辛いことだが自分ひとりだけを実のある人生にしようともがくのも考えものである。周りの人と協調しましょうと薄っぺらいことを言いたいのではない。自分だけの一回こっきりの人生を本当の本当の本当に実のあるものにすることは自分を捨てて時間の無駄遣いだと思えるような時を過ごす必要もあると言う矛盾を生きることだろう。

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  • 20 Jan
    • 真田太平記8 池波正太郎

      このままではいけない。なにかしなくてはならないなにか行動を起こさなければならないと焦っても動きが取れない時期もある。今回も池波正太郎の「真田太平記8」を読んだ。関ヶ原の戦いが終わり西軍に味方した真田昌幸(父)と真田幸村(次男)はその責めを負い紀州は高野山のふもとにある九度山と言う村に軟禁状態になる。父親の昌幸は徳川家が天下を取ってもまだひと戦もふた戦もあると踏んでいた。恭順を装いながらも時がくれば必ず家康を打とうと思い定めていた。ただ10年という歳月は昌幸を衰えさせついに待ち望んだ時はやってこなかった。ひとくちに10年と言っても当人たちにすれば長かったのではないだろうか。10年を費やしても行動できないこともある。反対に一瞬で世界が変わってしまうような行動を起こすこともある。未来のことは一寸先のことすらわからない。このごく当たり前のことを僕などももっとよく噛みしめるべきだと思う。わからないからこそ面白いしわからなくても大丈夫だしつまりなにがどうなっても大丈夫なんだと言う大安心が未来はわからないと言うことの中に詰まっているように思う。

      10
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  • 15 Jan
    • 久しぶりに寄せ植えなど

      最近は読書感想ばかりブログに書いてるのでたまには撮りためた写真を少しだけアップします。主に寄せ植えです。上の二つは昨年の晩秋に作りました。これも昨年の晩秋に咲いた椿ではなくて山茶花(サザンカ)です。次の寄せ植えは先程のものを年末にリメイクしたものです。

      12
      テーマ:
  • 12 Jan
    • 真田太平記8 池波正太郎

      西暦1600年関ヶ原の戦いで良くも悪くも活躍した武将を観ていると自分はどのタイプの人物なのかと考えてみたくなる。もちろん僕は深慮、遠望の徳川家康でもなく怜悧だけど戦下手な石田三成でもなく直情型だけど戦上手な福島正則でもないしどのタイプの人物に当てはまるかわからない。天下分け目の戦いになすすべもなく自分を見失い逃げ惑う名もなき者だろう。今回は真田太平記8を読んだ。関ヶ原の戦いが始まろうとする頃から終わるまでのそれぞれの武将の心理的な葛藤を含んだ言動が詳しく描かれている。真田昌幸(父親)真田幸村(次男)のように物事を好き嫌いで判断して自分を活かそうとするタイプ。真田信幸(長男)のように長いものに巻かれ自分を殺しているように見えながらその実自分も周りも活かそうとするタイプ。さだめに逆らいまくる生き方とさだめを受け入れる生き方どちらもありである。どちらも事にあたって精一杯自分を輝かせた美しい生き方である。なればこそこの親子の歴史物語に後世の者が惹かれるのだろう。

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  • 05 Jan
    • 地の星 なでしこ物語 伊吹有喜

      今年いただいた一枚の年賀状に今は仕事が楽しいですと近況報告をしてくれた人がいた。うらやましい話だなと思う。1日の大半を占める仕事が楽しいのは幸せなことだろうと思う。今回は伊吹有喜の「地の星 なでしこ物語」を読んだ。前作「なでしこ物語」につづく物語。前作では主人公の耀子は10歳だった。今作では、28歳になった耀子を描いている。結婚して子供もいる設定だ。ファンタジーな色合いも少しあった前作とは違い現実的なストーリーとなっている。耀子の知らない亡くなった父親の輪郭もしだいに明らかになっていく。加えてスーパーで働くようになった耀子が奮闘する様子が描かれている。母に捨てられた心の傷を持った女性が仕事を通してしだいに仲間ができリーダーとなっていく。自分の好きな場所を守るため耀子は立ち上がり輝いていく。生き生きと働く耀子の物語を読んで僕ももっともっと生き生きと働けないものかと思った。気持ちひとつで仕事は楽しいものにもなるしそうではなくなる。この物語では様々な工夫をして自分たちの職場を守ろうとしている。工夫が工夫を呼び新しい発見や出会いが生まれる。何かを守りたいと言う心誰かの志しを継ぎたいと言う心工夫して楽しみたいと言う心この3つがあれば仕事は楽しいものになるのかもしれない。

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  • 28 Dec
    • 冬を待つ城 安部龍太郎

      生きていると自分の前に現れた岐路の前に立ってどちらに行こうか思い悩むことがある。今回は、安部龍太郎の「冬を待つ城」を読んだ。豊臣秀吉が天下を取った時代。雪深い奥州の地にも秀吉の威光がとどろいている。そんな中政権の理不尽な政策に反対して戦った九戸政実ら兄弟の物語。わずか3000人の兵で城に立てこもり15万の敵を相手にする理由は何なのかと言うのが本書の主題。規模や深刻さは随分と違うけど僕なんかもふと現れた岐路の前に立ってあたふたすることがある。どちらに進んでも一長一短なようで判断がつかない。どちらが自分にとって一番良い選択なのか?いくら考えてもわからないことがある。「損をしたくない」そういった執着が判断を鈍らすのだろう。損をするかもしれないけど自分が求めているものはこれなんだと自分の心を受け入れる度量が欲しい。

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  • 22 Dec
    • 睡蓮の長いまどろみ 宮本輝

      蓮は花を咲かせると同時に実もなる特異な植物。花と果が同時にできる。いわば原因と結果が瞬時に生まれている。今回は、宮本輝の「睡蓮の長いまどろみ」を読んだ。主人公の男性の目の前でさよならと言う言葉だけを残して若い女性が飛び降り自殺をする。その謎を追ううちに1歳の頃に生き別れとなった母親のことも微妙に絡み合ってくる。なぜ両親は離婚しなければならなかったのかその謎にも直面していくことになる。睡蓮と蓮の花がこの物語の象徴的なモチーフとなっている。特に蓮の花は花と実が同時になるために因果が同時に現れることの象徴として捉えられている。たしかにケチな根性でいればケチな人生だろうし悲しい心でいれば悲しい人生だろうし暖かい心でいれば暖かい人生だろうし幸福な心でいれば幸福な人生だろう。原因があって結果は遅れてやってくると思いがちだけど思ったこと考えたことが全て瞬時に自分に返ってきているのだ。因果は同時に起こる。

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  • 18 Dec
    • 植物図鑑 有川浩

      いつものありふれた道でも少し目線を変えることができれば面白いや楽しいに出くわすことがある。今回は、有川浩の「植物図鑑」を読んだ。主人公、はるかが住むアパートの植え込みに同年代の男性が行き倒れになっていた。ひょんなことからその行き倒れの男と同棲することになる。その男は予想に反して家事が得意でなかでも野草や山菜の料理がバツグンに上手い。コンビニ弁当ばかりの主人公はるかもその野草料理の虜になる。いつも歩いている道端にも食べられる植物があったり自転車で、ちょっと足を伸ばせば野草や山菜をたくさん見つけることができる。今までそこまで意味を成さなかった風景が突然宝の山に変化する。つまりなにげなく通っている道当たり前のように生活している場所嫌だなと思いながら働いている職場などあまりにも日常でつまんないなと思っている所でも視点を変えることができれば面白く楽しく美味しい発見ができるものだという示唆を与えてくれる物語だった。かといって自分の視点を変えるのは難しい。自分が持っている価値観に変化を起こすことは容易なことではない。化学変化を起こすには触媒が必要なことがある。あっ!面白そうだなと直感に従って飛び込んでいくようなイチカバチカの行動みたいなのがあらたな出会いを生む。それが触媒となりその人の価値の大転換が起こるように思う。

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  • 15 Dec
    • 真田太平記 6 池波正太郎

      いろいろ不安なことがあってもなるようにしかならない。今その「悪いこと」と思っていることは将来も「悪いこと」とは限らない。今回は池波正太郎の真田太平洋6を読んだ。豊臣秀吉が亡くなり朝鮮の役が終わった頃から関ヶ原の戦い前夜までのお話。秀吉によって天下が統一され平和が訪れたのもつかの間。石田光成の派閥と徳川家康の派閥に分かれての戦争が今にも起こりそうな気配。諸大名は息を詰めるようにこの二派閥の動きに戦々恐々としている。考えてみればこの時期弱小大名などは随分と不安な時を過ごしたんじゃないだろうか。もう平和はすぐそばまで来てるのでぜひとも生き残って人生を謳歌したい気持ちもあっただろう。なんとか勝ち馬に乗ろうと必死だったように思う。まかり間違って負け戦になると領地没収どころか命まで取られる。それでも歴史を観ているとなるようにしかならないんだなと思う。どんなに絶対絶命なときでも生き残る人は生き残る。悪いことが起きて一旦は悲嘆に暮れても将来そのことが良い方に転ぶこともある。なにが良くてなにが悪いかなんて今この瞬間には決めなくて良いのだ。

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  • 13 Dec
    • なでし子物語 伊吹有喜

      運としか言いようのない出会いが人を根底から変えることがある。今回は、伊吹有喜のなでし子物語を読んだ。主人公は小学四年生の耀子。父は物心つく前に亡くなり母からはネグレクトされ、挙句の果てに、アパートの部屋に置き去りにされる。施設などを経て父方の祖父の所に住むことになる。そこで関わる人達との交流が閉ざされていた耀子の心を少しずつ、少しずつ、開いていく。自分がここに居ていいんだという確信を持てないことは大人でも子どもでも辛いものである。自分の立っている土台が崩れ落ちるような心もとない気持ちになるのではないか。耀子が祖父の住む町で出会った隣人たちはまず、この土台をしっかり押さえる役目を果たしたのかもしれない。その上でひとりの教師が果たした役割は大きい。小学四年生の子どもでもわかるようにこれから生きていく指針を優しく、厳しく耀子に教える。「顔を上げて生きること」これは、顔を上げ、堂々とすることが自分はここに居ていいんだと耀子に気づかせることになろう。次に「美しく生きること」これは美しく生きようとすることで新しい自分を発見することになるらしい。おそらく美しく生きようとすることはあらゆることを学んで自分のものにしていくことにつながる。それを成長と呼ぶのだろう。この教師は耀子に学ぶことの意義を暗に示したのだろう。

      11
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  • 08 Dec
    • 宗麟の海 安部龍太郎

      心が満たされた生き方とはどんな生き方だろうか。たくさんのお金を持っても大きな権力を持っても満たされないことがある、らしい。有り余るお金を持ったことがないのでなんとも言えないが。。。今回は、安部龍太郎の宗麟の海を読んだ。ぼくの奥さんはムネリンのうみと読んだけどそうじゃなくてそうりんのうみと読む。大分の戦国武将大友宗麟の物語。キリシタン大名としても有名なこの人はすんなりと信仰の道に入れたのではなかったみたい。城主という立場上なかなかキリスト教の洗礼を受けることができなかった。そんな中心を満たす生き方とは何かと追い求めた姿があった。最盛期には6ヶ国を従えたこともある大名なので荒々しい人物を想像してたけどそれだけではなかったのは新しい発見だった。宗麟にとっては信仰に生きることがすなわち満たされた生き方だったのだろう。おそらく人間はなにかに真摯に取り組めているときには満たされているのだと思う。でもずっとその状態は維持できない。心に欠落した部分を抱えながらも満ち足りたり不足を感じたりして生きることも自然な生き方であるしそのことがすでに満たされているのかもしれない。

      19
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  • 02 Dec
    • 真田太平記 池波正太郎

      何か気に障ることがあるとそのことが気になってしょうがない人がいる。反対に気に障ることがあっても頭からそれを切り離して居られる人がいる。嫌なことがあると何もする気がなくなる人がいる。反対に嫌なことがあってもムリにでも頭から切り離し体を動かしたりして上手に発散できる人がいる。今回は池波正太郎の真田太平記5を読んだ。これ12巻まであるみたい。豊臣秀吉の晩年朝鮮出兵のドタバタした時代が描かれている。今回の巻は主に表の世界のことではなく裏、影の世界のことについての物語だった。つまり当時草の者と呼ばれた忍者たちの暗躍をフィクションかノンフィクションかはわからないけど面白く書かれている。草の者の修行は体術ばかりではなく心も鍛えなければいけない。心が騒ぐたびに眠れなくなり食べ物も喉を通らないようであれば草の者として充分な働きはできない。『危難に遭うたときは まず笑うてみよ。』真田氏の草の者猿飛佐助が師匠より教えられた言葉。もうここまでかと思ったときには無理にでも笑ってみる。まず小さな動作を肉体に起こしてみてそのことによって我が精神(こころ)を操作する。絶望や悲嘆に落ち込む前にまず笑ってみる。笑ったというその行動が心に反応し思わぬ力を呼び起こしてくれる、とのこと。

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  • 01 Dec
    • 大丈夫ということに気づく

      昨日のブログのつづきです。楽しいことがずっと続かないのと同じで悲しいことや苦しいことや不安なこともずっとは続きません。自分の内側に気を付けていると昨日の落ち込みと今日の落ち込みではどこか違うことに気付きます。小さな変化なので自分しか気づきません。気分は変化するということを学ぶのです。ずっと同じ状態が続くわけではありません。きっと楽になれる時もあるのです。恐れていたことや不安に思っていたことが実際に起こってしまったとき少なくともその問題が起こるかもしれないという不安や恐怖からは解放されるのです。問題が起こってしまったとき例えば、悲しみなどの感情がまた新たに始まるかもしれないけれどそれでも今までとは質の違う苦悩になります。その隙間に自分を立て直すきっかけがあるように思うのです。それにもうひとつ今抱えている「問題だ」とあなたが思っていることはそれが起こっても「大丈夫なんだ」ということを気付かせてくれるものだと言うことです。生きているうちに様々な問題が起こるけれどもそれでも僕たちは大丈夫なんだということを誰かはわからないけど気付かせるために起こっているんじゃないかと僕は思うようにしているのです。これ僕の経験から思いついたことです。

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プロフィール

寄せ植え屋 みつ

性別:
男性
誕生日:
1972年3月24日
血液型:
B型
お住まいの地域:
福岡県
自己紹介:
ガーデニングが趣味で自宅(マンション1F)の庭に いろいろと植物を植えたり寄せ植えをしてます。...

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