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2012-01-30 08:07:47

月刊 村上龍

Theme: ブログ
わたしはiPadを買うべきなのかも知れない
これはずっと前から自分の中でもやもやと頭の中を漂っていた考えだったけど
それが最近になって少しずつはっきりとした形になってきた

そりゃあ本当はパソコンが欲しい
それもアップルの
でも考えてみて
そんな金があるがずがない
一ヶ月一度の月例の遠征
生活がそれを中心に回っている
諸々のチケ代だけじゃない
滞在そのものにも莫大な金がかかる
というかお金をかけなくては
有意義な滞在にはならない
楽しいことにはなにをするにもお金がかかるのだ

そこで考えた
iPadなら今すぐに金がなくても手に入れることができると
なぜなら分割だからだ
月の携帯代の支払いが少しだけ増えるだけだ
面倒な回線工事もいらない
手にしたその瞬間から使える

と思っているんだけど
本当のところは知らない
分割なのかも
料金の仕組みも
そしてそもそも在庫というものが
最寄りのソフトバンクショップに存在しているのかどうかも

だけど
だけどもし手にすることができたなら
幸せで快適なネットライフが待っている気がする
そう仕事中に考えていると
ここでは常時圏外の電波が
なぜか一瞬だけ理由もなくびよーんと五本に伸びた
これは、と思う
サインかも
いいよっていう
クチバシの真栄田の声がリフレインする
作曲は野爆 川島
小杉と吉田のときだけ
指先の反応が悪い気がするのは
わたしだけかな
なす術もなく赤ちゃんの口の中に
小杉と吉田が落ちていくのを眺める
うーん、実に体に悪そう

わたしがiPadを買ってもいいと思うのは
パソコンを開く時間がないのと
このアプリのせい
このアプリって
くぅちゃんのことじゃない
だけど
落食を大きな画面でやったら
どんなに面白いかな
小杉が出たら
大声出しちゃいそう
鳥居、カッコイイ
紅いから、カッコイイ
思わず最大音量で歌っちゃいそう
個人的にはくぅちゃんのプロフィールが載ってたのが嬉しかったな
くぅちゃん、学ラン着てた
何度も言うけど
あの日の放送を見たひとで
落食を落とさないひとなんているのかな

アプリの話し
このアメーバのアプリ
画面が横にならない
それだけは納得できない
それと
Facebookと連動できない
更新した記事を見ますか?
そんなことをたずねている暇があるなら
キーボードを横で使えるようにするプログラムのひとつでも書いて欲しい

この「プログラムを書く」
という表現
格好いいでしょう
大学でプログラミングを習ったことあるから分かるけど
プログラムは確かに「書く」ものなんだよね
わたしはプログラムもネットも
金融も経済も
週刊誌もジャーナリストも
それほど興味はないけど
それでもわたしにとって希望の国のエクソダスがこんなに面白い
思うのはどんな配役だったのかということ
一体誰の役で出演していたの
ベーシストで長髪でクオーターの君
世にも芸術的な横顔と
美しい手を持つわたしの大好きな君

書いた文章を
何度も読み返して
その場面に相応しくない表現がないかどうか
文章のリズムを妨げるようなフレーズがないかどうか
それを確かめる
これは村上龍さんのことで
わたしは彼のエッセイを読んでいてそれを知ったんだけど
なんて凄いひとなんだろうって思ったよね
読み手の読み心地の良さまで計算しているひとが
他にいるかな

ただ誰も考えない珍しいことをやればいいってもんじゃない
ただ変わった発想や表現をすればいいってもんじゃない
そういうこう書けばウケるだろうっていう作者の意図が
見え見えの文章を書くひとがわたしは一番嫌いだな
本屋大賞とかに選ばれるやつも
大体この手のパターンが多い

存在しないものを作ったらウケるのは当たり前で
それがウケるのは単純に珍しいからで
そしてそれがウケるのは最初だけなのも当たり前だ
顔芸がウケるのは芸歴三年目までだっていうのと同じ原理だ
井本の言っていることは正しいよ

既存のものをいかに組み合わせて
その中に憧れるような登場人物やそのひとをめぐる人間関係
真似して何度も呟きたくなるような
心地の良いフレーズや台詞を作り上げていく
これこそがその本が自分にとって忘れられないような
かけがえのないものとなるかどうかを決めるのだと思う

好きになれる登場人物がいるかどうかがその本を好きになるかどうかだ
そうわたしは何年も前にもどこかに書いたことがあるが
それはきっと司馬遼太郎の書く沖田総司のことだ
司馬遼太郎から始まったわたしの新撰組人生
初めに読んだのが司馬遼太郎じゃなかたら
きっとわたしは今戸神社にある
総司最後の土地の碑を前に
涙を流したりなんかしなかったと思う

あらすじを読んでいて
読みたいと思えないものばかりだ
いつか村上龍についてわたしはそう言ったが
村上龍がなんでこんなに面白いのか
言葉にしてみて今分かった気がする
そしてそれが分かった上でわたしが思うのは
それが小説でもエッセイでも
それが書かれた時代も
その物語の時代背景もテーマも関係なく
わたしは彼の書いたものを
ひとつ残らず全て読破するべきと思う

村上龍はなにかを更生させるような話が多い
高校のとき友人がそう教えてくれたが
悪かったものが良くなっていく
なにか悪い状況があって
それについて問題点を見つけ自覚し
そして解決策を考え実行していく
なるほど確かにそういう話がほとんどだ
そして実際にそれがそれが書かれた時代にリンクしている

村上龍を読むことは
単なる読書ではない
読んでいるといつも
自分もあらゆることについて
もっと考えなくてはいけない
という気持ちに苛まれ
読むことを続けていられなくなるぐらいだ
厳しいこともたくさん言うし
みんながふんわりと不快に思っているけど口の出さないようなことを
アッサリと指摘したりもする
これを聞くのが痛快で大好きというのも
わたしが彼のことが好きな理由のひとつでもあるんだけれど

文句ちゃう、世直しや

友近風に言うなら、こうかな




iPhoneからの投稿
2012-01-27 08:06:18

コンビネーションギャップ

Theme: ブログ
手が冷たいと全身が冷たい
これは長年の警備経験から学んだ
わたしなりの定説であり
真意のほどは定かではない

ひとつ真実だといえることがあるとしたら
どうやらわたしはあの日のウェンディーズにいたく感動したらしく
今でもたまにウェンディーズへ行こうとしている夢を見る

でも行けない
どうしても辿り着けない
なぜならここには実際ウェンディーズがないからだ
実際に体験したことしか夢に見ない
というのは松本人志さんの主張
だからひとは死んだ夢を見ないのだという
なぜなら今生きているひとは誰も死んだことがないから
しかし、とわたしは思う
しかし見たことがあるのだわたしは
死んだ夢を
死んだことがないのに
でも実はそういうひと
結構いるんじゃないかともわたしは思う

どうやらわたしは
ジャパンプレミアムのアボカドのハンバーガーのチリチーズのセット
飲み物はアイスコーヒー
を本当は
サイドメニューをフレンチフライにチリソースをかけたのにしたかったのを間違えてオーダーしたということを余程悔やんでいるらしく
だから今更昼寝で見た夢にウェンディーズが出てくるみたいだ
昨日は駅からめちゃくちゃ離れたところにあるウェンディーズに
地図を見ながら必死に行こうとしてて
結局行けないうちに目が覚めるという夢を見た
歩いている間もフレンチフライチリ乗せのことで頭がいっぱいだった
一緒に居たのはなぜか渡辺直美だった
昨日寝る前にダウンタウンDXを見ていたからだと思う

いい加減チリの話ばかりしつこいけど
でも思う
チリはチリだけで料理として成立してると
どうやって食べるか分からずに食べたけど
途中で気づいた
そのものをそのまま食べればいいのだと
これはそのまま食べるものなのだと
そしてもう一つ気づいた
これがあのチリコンカルネなのだと
その言葉を初めて聞いたとき
わたしはそれが一番好きなひとの一番好物だったからという理由で
Yahoo!知恵袋で調べた
遠い日の懐かしい思い出である

一週間続けて食べても飽きないもの
そんなものあるかと思った
以前寿司と言ったひとがいたが
寿司はずるい
いろんなネタがあるからだ
だから寿司と言いたいひとは
どのネタなのかをはっきりすべきだ
わたしはどうだろうと思った
シナモンロールとプロフィールには書いたが
実は三日ほど食べ続けると
シナモンがだんだん胃薬の味になってくる
ということが実証された
長年の協議の末
一番好物はホイップクリームとチョコレートとピーナツバターに決定したが
それは好物の話で
一週間食べ続けてもいいものの話ではない
そして思った
そうだ、ドーナツだ
ドーナツなら飽きない、と
自分に関してまたひとつ解明できた瞬間だった

塩と甘いものが一緒になっているものが無類に好きで
だけどわたしの場合
塩が甘みを引き立てるから
なんてインチキ臭いことは言わない
だって考えてもみて
甘みなんて引き立ってないから

塩とのコンビネーションは多々あるが
ものによって実はその理由が違うというのがわたしの持論
ポテチとチョコなら
単にじゃいがいもの独特な風味がチョコレートととても合うというだけの話
柿の種とチョコレートなら
米菓とチョコレートは相性が良いというだけの話
第一甘辛さなんていう感覚は
チョコレートの強烈な甘さによって
とうにかき消されてしまっている
一緒に食べたところでもはやチョコレートの味しかしない

ほかにも塩とチョコレートに限らず
バニラアイスにキャラメルにバター
塩と甘いものの組み合わせはわたしたちを魅了して止まないが
わたしが思うに塩とのコンビネーションの魅力を考える上で
一番重要なのは実は油分と食感と風味の意外性とキャップではないかと思う

天ぷらにを塩で食べたり
または焼いた肉に塩を振る
この誰もが当たり前に知っている美味しい食べ方の鉄則
これが示しているように油と塩というのは抜群に相性が良いのである
チョコレートの原料はカカオバターという油分
そしてポテトチップス
そしてせんべいやおかきなどの米菓は全て油を駆使し調理したものだ
バターはその存在自体が油そのものだ
まずその点で塩と甘み以前に
塩分と油分は抜群の相性と言える

次に食感
ポテトチップスはサクサク
米菓はカリカリ
どちらのお菓子にもいえることは
その味と同時に食感が売りの食べ物であるということである
それがチョコレートのあの油めいた濃厚な食感と混ざる
あの冷たくてこってりとしたバニラアイスと混ざる
ここで起こるのは化学反応でもなく絶妙な相性の良さでもない
それはただただ
なんだこれ!?!?
という意外性だけだ
硬いのにトロトロ
暖かいのに冷たい
そして甘いのにしょっぱい…
その今までに感じたことのない食感の組み合わせはただただわたしたちを驚かせる
初めは驚いて拒絶するが
しかしそのうちにその世にも奇妙な食感がクセになってくる
一体なんなんだこれは…
と思いながら食べ
そしてひとくち食べ終わってもまだ解明できない
そしてもうひとくち食べてみようと思う
そうそのエンドレスな繰り返し
この塩と甘みの魅力はただそれに尽きるのだと思う
何度食べてもここの味覚と食感の謎を解き明かすことができない
この永久に解明できない『なんか変』という感覚こそが
わたしたちを塩×甘みの感覚へと何度でも挑みたくさせるたったひとつの魅力なのだとわたしは思う
もの巨大な黒い甘い塊の中に
キラリと光るあの塩のひと粒
たった一粒でも強烈な刺激を放つその一粒を見つけたいというだそれだけのために
わたしは今日も塩チョコレートをひとかけら食べてみる

食感にしても味にしても
ひとはギャップがあるということに弱いのだと思う
特にわたしは食べ物にしても男の趣味にしても極端にギャップに弱い
『~なのに』『~にも関わらず』という表現を実際にわたしは会話の中で頻繁に使う
一般的に言って大体の場合ギャップは魅力になるし
基本的にポジティブな意味合いを持つ概念だと思う

味については前述した通りだが
例えば他なら洋服
『外し』という言葉が存在するように
一見イメージの真逆の種類の洋服を組み合わせるとそれぞれの洋服がさらに良く見えるという現象が起こることがある
わたしの持っている8穴のドクターマーチンは実はふんわりひらひらしたスカートとの相性が一番良いし
またカジュアルの王様でそれひとつだけで強烈な個性を主張するセントジェームスのボーダーシャツ・ウエッソンが
一番おとなしくすんなりと収まるのが素材の柔らかい少女趣味なシフォンスカートだったりする

男の趣味におけるギャップについては
なんだか話が長くなりそうだし
なんだか言葉にしないほうがいいような気がするので
ギャップの話はここまでにするけど
今朝発見したとびきりの
ギャップ男のエピソードをひとつ

ロシモン中須
幼少からの英才教育でピアノが上手

要するにそういうことです





iPhoneからの投稿
2012-01-23 14:11:54

シャッフル~再生時間内で説明文を完成させよ~

Theme: ブログ

Cadence And Cascade/King Crimson

アルバム『ポセイドンのめざめ』からの一曲

プログレ好きで通っているわたしですが

その理由はロック、ジャズ、ソウル、クラシックなどの様々な種類の音楽が混合されているから

それならパンクも好きなんじゃないかと思われるが

パンクミュージックで聴くのはポリスだけ

なぜならば演奏能力が低いバンドが嫌いだから

演奏能力で言えばプログレだと一番がELPかイエス

その次がクリムゾン

そしてピンクフロイドがくる

ピンクフロイドは渋谷陽一さんに言わせると

演奏は下手でもないが上手くもないという

ポリスが登場したときに彼らを形容する表現として使われていたのが

『楽器のできるパンクス』

わたしはアイディアだけで演奏能力の伴わないバンドが一番嫌いだ


ビドロ/ムソルグスキー

これはオーケストレーションの魔術師と呼ばれたラヴェルによるもの

わたしはラヴェル好きでそれがこれを持っている理由のひとつで

もうひとつの理由がムソルグスキーの『展覧会の絵』は

敬愛するエマーソンレイク&パーマーが自身の楽曲に使用しているから

わたしがラヴェルを聴くのはビルエヴァンスの影響でどちらかといえばマイルス経由だけど

結果的にEL&Pでムソルグスキーと繋がる

不思議な縁である

『ラヴェルは聴くとなるほどジャズぽい』

というのはわたしがラヴェルのピアノ全曲集を聴いたときに言った言葉

次はグールドを聴く予定

異常な小食

グールドを選ぶには十分な理由ではないだろうか


Southern Cross/三浦大知

日本人ではマリさんとピンククラウド以外聴かないと宣言したばかりだが

もうひとつ精神安定要素として彼の曲を多数iPodに入れているのは

これを読んでいる方にとっては意外であり

理解不能な部分でもあると思う

『ある(歌が)上手いの中では一番上手い』

という名言とも迷言ともとれる発言は

KREVAによる三浦大知についての評価である

ちなみにわたしは3月に横浜BLIZで行われるツアー講演を見に行く

というぐらい彼が実は好きだ


交響曲断章《聖セバスチャン殉教》第2曲/ドビュッシー

ドビュッシー交響詩『海』は音楽の趣味が合う知り合いの影響で聴き出した

わたしは昔まだ音楽の歴史をなにも知らないときに

ドビュッシーの『組曲・子供の領分』からゴリウォークのケイクウォークをピアノで弾いたことがあり

そう思うと一度切れたはずのピアノとの縁だったのだが

今歳月を経てこうしてまたドビュッシーとの縁を

自ら紡ぎだすというのはこれまた不思議な縁である


Shmphony #5 In C Sharp Minor/Mahler

多分和訳すると

マーラーのシンフォニー5番ハ短調

という意味だと思う

調べたら正式には

交響曲第五番 変ハ短調

なるほどシャープマイナーで変ハ短調

たまたま家にあったものをiPodに入れてみたけど

そもそもマーラーは何年も愛読している小説『ホリーガーデン』に登場する

というのがきっかけ

グールドも静枝の趣味のクラシックの作曲家のひとりだからいずれは聴くことになる

というのは深層にある理由のひとつ

『小品なしでマーラーだけどーん、と』とか静枝が言うたびに心がちくっとするから

いずれわたしはクラシックのコンサートを会場に聴きにいくようになるだろうなって自分でも思う

静枝の趣味はそのまま作者である江國香織さんの趣味そのものとなることを知っているから


The Message In The Middle Of The Bottom/Chaka Khan

チャカカーンの曲を実はここで初めて聴いたことを告白しなければならない

ライナーノーツを読んだ時に著者がこんなことを言っていた

アレサは優等生で、チャカはもっと都会の不良娘な感じ

日本語ではチャカというけど英語ではどちらかと言えばシャカに近い発音をする

英会話スクールの先生のひとりががチャカと実際にバー出会ったことがある

といっていたのを聴いたのが彼女を聴こうと思った最初のきっかけ

through the fireが日本人にとっては一番代表的なチャカの曲だと思うけど

そのイメージで聴いたらなるほど

そこまで成熟する前の若さというかヤンチャな感じの印象を受けた

これが要するにライナーを書いた彼の言う『不良娘』な感じなんだろうと思う


Lynyrd Skynyrd/Free Bird

ほとんどのひとがこのバンド名を読めないと思う

正しくはレーナード・スキナード

なんでこんな変な感じがするのかと思ったらなるほど

母音がひとつも入ってない

英語圏のひとでも読みにくいのを本人達も分かっていてこのバンド名にしたらしく

確かファーストアルバムのタイトルは原題が

Pronounced Leh-Nerd Skin-Nerd(レーナード・スキナードと発音する)

大所帯がサザンロックの特徴と言えば特徴だが

それでもトリプルギター(!)は後にも先にも

サザンロックに限らず全ての音楽の歴史において

このバンドが最初で最後だと思う

ウィキペディアによるとサザンロックのその他の特徴として

兄弟や家族で構成されていることが多い

というのがあるが

うーん、と思う

これは単なる偶然だと思う

これがウィキペディアを鵜呑みにしてはいけないということのいい例だと思う


Waiting For Wednesday/Lisa Loeb & Nine Stories

一部を除いて60年~80年代以上の音楽はこのiPodには入れていないが

これはその例外のひとつ

わたしはこのひとの発音がなによりも好物で

発音の模範としてこのアルバムを聴いているという説も有力

わたしの好みの発音の特徴としてまずひとつが

言いにくい言葉の繋がりもはっきりと発音してくれるということが挙げられる

その代表がこのリサローブ

そしてリンキンのチェスター

そしてPnic! At The Discoのボーカルのブレン丼

何事も極めなければ気が済まないわたしの典型的な理想像だ

ちなみに時間がないけど付け加えさせていただくと

ここにクレジットされているバックバンドであるNine Storiesというのは

ご存知サリンジャーの著書でわたしの愛読書のひとつでもある

自身選の短編小説・ナインストーリーズから付けたというのが

ウィキペディアではなくて彼女についてのかなり信憑性の高い噂


グラナダの夕べ/Claude Debussy

やっぱりピアノが好きというのが

まだそれほどクラシックを聴き込んでいないわたしの途中経過の結論

クラシックだけでなくてロックでもなんでも

ピアノが入っている曲は特別に好き

夜街を歩いていてバー等の前を通り過ぎるとき

店の中からピアノの音でブルーノートを静かに奏でられたりすると

ふらふらと中へ入って行きそうになってしまう

だからプログレが好きだしサザンロックが好きだし

そしてブルースがなによりも好き

ピアノがオルガンなどになったり

シンセサイザーになったりするとなんだかしゅんとしてしまうのも事実


Whipping Post/The Allman Brothers Band

ライブアルバムAt Fillmore Eastに収録されている一曲

なによりもまずこのアルバムのジャケットが好き

モノクロなんだけど多分ツアーかなんかの機材がヤマ積みになったのの前に

メンバー全員がカメラを見て腰掛けている

そのメンバーがなんでかわからないけど

大爆笑してる

たった今めちゃくちゃおもしろいものを見たか聞いたという感じで

手を叩いて笑っている

その瞬間を捉えた一枚

このアルバムの裏表紙のジャケットには同じ場所で同じように座ったメンバーの

普通の笑っていないちゃんとした顔の写真も収められていて

それと表表紙のこの大爆笑の姿を比較するとこれがまた楽しい

すごく幸せな気分になる

この後メンバーのひとりで伝説のギタリストである

デュアンオールマンという人物が交通事故で亡くなってしまうんだけど

この写真に写っているのはそうなる前のメンバーの幸せな瞬間だったような気がして

だからこの写真大好きなんだけど

いつもちょっとだけ悲しいんだ


Smooth Criminal/Michael Jackson

なにを言っているのか全く分からない

というのがこのひとについてのわたしの変わらぬ感想

英語の発音をオリジナルにアレンジしすぎて

簡単な文章も歌詞を見なければ全く意味が分からない

それどころか歌詞を文章におこすことさえできない

わたしは以前『ボーカルは楽器の一種だ』と言った

そう思うとこのひとは言葉をサウンドとして捉えているひとの代表格なのではないかと思う

サビの直前の部分など

Anny, are you OK?

というこれ以上にない原始的な文章を繰り返しているだけなのだが

わたしはライブインブタペストのDVDの下に出てくる字幕を見るまでは

それをずっと知らなかった

しかしそれが全く不快ではないというのがこのひとの凄いところだと思う

なんというかサウンドとして

聴いていて耳に気持ちが良いのだ

オリジナリティの鉄則

それが今まで考え付かなかったことで

なおかつそれがみんなが求めていたものであること

わたしの主張はどうやら間違ってはいなさそうだ


The Daily Planet/Love

このバンドのなにが格好いいかって

第一にこのバンドを知っているひとは

このブログを読んでいる人のなかで皆無に等しいと思う

だけどわたしは知っていてそれが格好いい

ということをわたしは言いたいのではない

日本やその他の国ではその知名度はゼロに等しいが

英米で歴代で好きなアルバムをランキングすると

このアルバムが必ずトップ10に入るという

それこそがわたしがこのバンドが好きな理由である

地元のLA以外ではライブをやろうとしなかったというラブ

世界的な知名度が低くて当たり前だ

わたしはこれを聴くことに優越感を感じるのではなく

単純にその極端に閉鎖されたものを

ひと目見てみたいというだけなのだ


Points of Authority/99 Problems/Linkin Park & Jay-Z

リンキンもジェイジーも全然興味ないし好きでもないけど

このアルバムだけはちょっと残しておいてる

PC重々病予防

(ぴーしーおもおもびょう:容量が重過ぎて画面の動きが鈍くなる症状のわたしなりの呼称)

のため最近iPodの中身を一掃したんだけど

消した消した実にいろんなものを

消しました消しました容赦なく

血も涙もなくばっさりと

それでもちょっと待てよこれは残したい

と思わせたこのアルバムは

自分になくてはならないものの中のひとつとも言えるのかもね

でも何回も聴くと鉄板過ぎてさすがに飽きるけど

でもたまにある分かりやすいものが無性に聴きたくなるとき

Numb/EncoreとJigga What/Faintがつまづかないで

チェスターと一緒にフルコーラス歌えたらちょっと良いことがありそう

っていうそういうおまじない感覚

リンキン好きなひとがいたら、ゴメンね


Fire/Jimi Hendrix

let me stand next to your fire

ジミヘンは好きでもなければ嫌いでもなくて

そもそもサイケという概念が好きでもなく嫌いでもないんだよね

それでもこのタイミングでAre You Experienced?からこの曲がピンポイントでかかるのは

わたしの三代目ヘミちゃんはやっぱり空気が読めるというか

この企画の趣旨を分かっていらっしゃる

この曲は知ってるひともいるかも知れないけど

レッチリが母乳でカバーしてる

青春を共に過ごしたバンドがカバーしている曲という意味では

これを好きでも嫌いでもなかったとしても

生涯もしかしたら持ち続けるかも知れないと思うよね

他にもレッチリは珍しいところではラモーンズのカバーをしてるし

アンソニーはイギーポップも好きだから

サーチ&デストロイとかもカバーしてたりする

好きなひとの好きなものって

趣味が広がる第一歩だよね

きっかけがなくてはなかなかなにごとも始める決心がつかないから


One In Ten/Third Eye Blind

これも90sの例外のひとつ

このバンドだけは好きだね昔から

このバンドと言えば元エルレの細見さんもこのバンドが大好きで

何年ぶりかにこのバンドの新譜が出たときに

思わず帯を書いてた

正確には覚えてないけど

いろいろ変わったはずなのになにも変わってないこのバンドが大好きです

って細見さん

わたしも懐かしい気分に浸りたい時の

分かりやすくない象徴としてこれを聴くのかも


Just Kissed My Baby/The Meters

ミーターズは端的にいうとケンケンの影響かな

根っからのファンク好きだからね

小さい頃からマリさんとあっくんとけんけんで

下北のファンクばっかりかけるバーとかに行ってたんだって

だからあっくんも実はファンク好きなんだよ

けんけんも自分は兄による素晴らしい音楽の影響があるって言っていた

ファンクはそんなに実はわたしは好きでもない

でもやっぱりミーターズとかプリンスとか

ファンク色強い音楽聴くと

バスの中とかでも体動きそうになる感じはあるよね

それはたとえその時初めて聴いた曲であったとしても


Fragile/Sting

どうしてスティングはソロになるとこんな悲しい曲ばかり弾くんだろうね

ポリスのときはあんなに楽しそうなのに

そんなわたしが始めてスティングを聴いたのは

映画レオンのエンディングテーマ

もりきよ君によると

実は監督のリュックベッソンはにずっとフィフスエレメントみたいな映画を作りたくて

でもお金が無いからとりあえず売れそうな路線としてレオンを製作

そうして自分の理想とする映画を作る資金を貯めようとしていたんだって

でも皮肉にもレオンは大ヒット

実際はフィフスエレメントよりも興行収入は多かったんだって

わたしはどっちも好きだし

初めてひとりで劇場に見に行った映画はフィフスエレメントだった

泣いたよ

泣くところがない映画なのに

中学生の女子がひとりで映画館で


Heart Of The Sunrise/Yes

きましたねーついにイエスが

わたしがイエスを聴こうと思ったきっかけは

映画・あの頃ペニーレインとを見てから

そのころわたしは本物の実写版グルーピーで

まぁそりゃあ結果的には成功しなかったけど

それでそのころの自分とリンクしちゃうわけこれを見ると

グルーピーの楽しさも感動も興奮も

そして悲しさや切なさや虚しさも分かる

ペニーが泣く時は顔を手で覆って泣いたよね

ペニーが泣く時はわたしも悲しいときで

ペニーが悲しいときはわたしも泣いた

そのサントラは全曲がわたしのアンセムで

このサントラがわたしの音楽の趣味を大幅に変えたというのは本当と思う

プログレもビーチボーイズもサザンロックも

全部はっきりとこの映画の影響

大井町のホテルで何度もこのサントラをループさせながら

サザンロックってなんてかっこいいんだろうって思ったよね

終盤でタイニーダンサーがかかると本当に泣いちゃうぐらい

70年の全てがこのサントラには詰まってる


I'm So Proud/Beck,Bogert & Appice

この曲でこの企画は最後にします

Heart Of Sunriseが終わって次に来る曲によっては

このこの曲で最後にしようと思ったんだけど

最後に相応しい曲がかかったねここへきて

もともとジェフベックが大好きで

ジェフを追うということは

当然BB&Aに行き着くことになるよね

ギターもベースもドラムも超一流

演奏技術が高いバンドが好きなわたしが好きにならないわけがない一枚

ジェフベックをフォローする上で通る道は

ヤードバーズ、BB&A、ジェフベックグループ

あたりだと思うけど

ジェフベックはひとつのバンドで二枚以上のアルバムを出さないから

総数にしてそれほど枚数は無いけど

わたしは全部のアルバムが全部好きかな

どのアルバムも同じぐらいすごい好き

一番好きなミュージシャンかもな

ブルース色が強いとかソウル色が強いとかアルバムによっていろいろだけど

そのミックス加減というか

その混ぜる程度がとても好みなんだと思う

どれかのジャンルに系統しすぎてないというか

必ずまずジェフベックというジャンルが常にその芯にある

この曲もカーティスメイフィールドのカバーで

渋谷陽一先生曰くこれは『ベックらしいブラックミュージックへの目配り』


企画がなんの説明もなくいきなりスタートし

読者の中にはなんのことか分からず困惑した方もいたかも知れない

最後になるが説明させていただくと

これはわたしのiPodに収録されている全曲にシャッフルをかけ

かかった曲についてかかった順番にわたしなりの説明を加えていくというものである

しかも曲をかけながら説明をタイプしていくというもので

三分かそこらで文章を完成させなくてはいけなく

かなり慌しいものとなってしまったが出来には満足している

文献を引くなどの行為は自由としていたが

なにせ時間が三分ないし五分ということで

正確な引用は困難を極めた

しかしわたしはあえて曲を一時停止をすることを拒んだ

なぜならその刹那にこそ生まれる閃きがあると思ったからだ

曲がかかったその瞬間からイメージを作り上げ

その短い時間内になるべく正確な記憶を引っ張り出し

その曲についての一番的確な説明文を考え出す

場合によっては引用を必要とすることもあり

お目当ての文章を探し出すにあたっては

その本のタイトルからページ数などを瞬時に思い出すという

最大限に稼動させた脳が思いも寄らない能力を発揮することもあった

必死だったためにあっという間に時間が過ぎ

知らない間にこんなにもたくさんの曲を聴き

こんなにもたくさんの文字をタイプしていたんだと自分で驚いた

読み返してみてこの刹那の閃きにこだわったからこそ生まれた

稀有な表現が多く生み出されたよい記録となったと思う

ゆっくりと考えていたらこのような表現やフレーズは生み出されなかっただろうと

自分の脳のことながらそう思う

途中プログレで演奏時間が五分を越えるものがかかると

なにか妙にラッキーなような嬉しい気持ちになった

読み苦しい文章や明らかに間違えている引用に関しては

修正や加筆を加えるが

ほとんどは刹那に生み出されたなるべくそのままを記録として残すことにする

書いていて思ったのが

自分の好きな音楽を追求するにあたり

実に様々なものを読んできたが

その大事な部分はきちんと記憶されているということである

特に好きなフレーズなどは

そのままの形で記憶に残っているものもある

そういう誰かが書いた短いフレーズの記憶を組み合わせたものを

今度はオリジナルとしてわたしの文章にしていく

郷ひろみが以前言っていた

『始めは誰だってマネから入る。

それを何度も繰り返しているうちに自分のオリジナルになっていくんだ』と


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