9/17(土) 晴れ時々曇り
日差しが強いわりに風は涼しく、過ごしやすい日でした。太陽の恵み・自然の恵みの家見学会の参加者は、大人12名、子供8名。

三凾座メンバーの菅波晋さんのお兄さんである菅波任(スガナミツトム)さんが、1992年から3年掛りで自力施工した家です。自給自足を目指して、無農薬の野菜を育てながらの建設作業でした。元鉄道技術研究所研究員だった任さん。もっと自然と共に、自然に生活する方法はないか?と考え、ソーラー発電(直流発電)による生活を楽しむことにしました。

太陽の動きを追従するパネル。風力発電も考えたそうですが、いわきの場合、夏は風が吹かない事と、冬の日照時間が長く、湿気も無いため、夏よりも電気が多くつくれる事から、風力発電はあまり必要ないと判断したとのこと。

直流の冷蔵庫。-18℃まで温度を調節できます。3台使用しています。

屋根にある太陽熱温水器は、電気を使わない自然循環式を使用。お風呂と台所、シャワー、洗面所でお湯を使えます。お風呂の追い炊きは効率のよい薪専用のボイラー。一旦浴槽に入ったお湯が冷めないように、湯船に形状記憶金属を用いた保温装置を付けています。ちなみに、台所の熱源はプロパンガスです。

照明器具も直流の船舶用を使用。、電気のスイッチはこまめに消します。それに、この家にはランプが沢山あって、普段から使用しています。交流で動かすしかないモーターを持つ電気機器を動かす時だけ、インバーターを使用します。電磁波が出るので交流はなるべく使わないそうです。電気が足りない時は、ガソリンエンジンの発電機を使用しています。
初めからできるだけ電気を使わない(使えない)ものとして設計し、自然採光・通風・断熱性(隙間風の防止)などを充分に考えた作ったそうです。実際、夏は風が抜けるので、扇風機も使う必要がありません。
冬は薪ストーブで暖を取ります。2階の部屋も同時に温められるように、煙突が部屋の中心(煙道)を通っています。補助暖房は灯油のストーブです。床・壁・天井に断熱材が入っていないのですが、寒くないそうです。
自分で考えて、古材や古サッシを集めて作った家。当時は変わった人だと思われることもあったようですが、今となっては、理想とする暮らしを自らの手で作り上げた、強い信念を持った稀有な方だったと、誰も疑わないのではないでしょうか。この家から教わることは沢山あります。それに、この家で過ごす時間は、不思議ととても心地良いのです。
見学会の後は、屋外での食事会です。



パスタは薪でお湯を沸かした釜ゆで。ニンニクと玉ねぎ、赤ワインをたっぷり使ったバジル風味のトマトソース。
薪で焼いたパンはプレーンとレーズン入りの2種類で、手作りのイチゴジャムやソース、豆のスープをつけて。食後は、自家焙煎の珈琲をいただきました。
子供達は、自由にのびのび遊んでましたよ。


でも、やっぱり震災前とは状況が違いました。放射線量をつねに確認しつつの見学会でした。それに、近くに災害ガレキの仮置き場が出来たので、トラックが大きな音を立てながらひっきり無しに走っています。
四倉から参加された方は、津波の被害にあっていました。沿岸部には半年経った今もまだ、津波にあったままの状態の家々が残っていて、港には壊れた船や車が野ざらしになったままです。

「震災前に戻りたい。戻して欲しい。」
去年の秋、ここで芋煮会をした時、近海のサンマを刺身におろしてくれた、釣り好きな彼がポツリ。。。
今年の芋煮会は、北海道の原発作業員からいただいたサンマで、ポッポ焼きをする約束をして解散しました。
菅波さん。
お手伝いいただいた四倉のみなさま。
ご参加いただいたみなさま。
大変お世話になりました。ありがとうございました。
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菅波任さんは、その後パートナーとカナダに移住して
海波農園を営み、日本の野菜をカナダに広めました。今回の原発事故をとても憂慮されていましたが、4月15日、急性ガンにより永眠されました。
-享年61歳-
心より謹んでご冥福を申し上げます。