60≪梅田彩佳≫
「優子、話があるんだけど」
「ごめん。まだ仕事あるから、何かあるならメールして」
「いや、待てよっ!」
「悪い。マジで急いでるんだ。じゃ」
白いマスクと帽子を身に付けて、優子がKの控室を勢いよく飛び出していった。
今日は明日に控えたリクエストアワーのためのリハーサル。ファンの皆さんにはまだ公表してはいないけど、沢山良い曲がランクインしてて、今年も100曲盛り上がっていくよー!K揃っての曲も色々ランクインしてるから、お楽しみにね!
なんて……呑気なことを言えたらどれだけ良いだろうか。控室を飛び出していく優子を、そしてそんな優子を止めようとする才加と佐江を自然と目で追っていた。最近まで自分から話しかけようとなんてしてなかったのに、才加と佐江もどういう心変わりなんだろうね。まぁもちろん、そうしてるほうが2人らしいし、そうしてる2人が好きだな。
「優子と何かあったのかい?」
「あぁ、梅ちゃん……。まぁ、ちょっと」
そうだろうねぇ。そんなこと見てればわかる。才加も佐江も、もちろん優子も私とは長い付き合いだもん。沢山喧嘩したり、大きな壁をいくつも越えてきた仲だもん。大切な仲間のことなら、何でもわかるよ。手に取るように……とまではいかないけどさ。
3人の様子はここ1ヶ月ぐらいずっとおかしかった。原因はもちろん、優子が企画の卒業候補を代理したことなんだろうけど、何かね~、私だけのけものになってる感じがして納得いかないな。組閣前のKと、組閣後のK。全部のKを見てきたのは私達だけじゃん。
「そんな仲間に、どうして何も相談してくれないのかねぇ」
「それは……ごめん」
「で?なにがあった訳?」
他のメンバーもどんどんと控え室を出ていく中、才加と佐江から話を聞く。ここ最近にあったことを。
話はそんなに長くなくて、ゆきりんが卒業をしってしまったこと、ちょっとした早とちりだったってこと、才加と佐江が責めちゃったこと、そして優子が殻に閉じ籠もっちゃってるってこと。才加と佐江はどうやら一度話し合ったらしくて、自分達の間違いに気づいたらしい。こういうときこそ団結するのがチームKなんだ。バラバラになってる場合じゃない。ちゃんと、優子を支えなくちゃいけない。優子に付いていかなくちゃいけない。
「でも……優子が」
「なるほどねぇ。優子も、今までの色々な反動が来ちゃったかな……」
優子の孤独も、わからなくはない。私達が支えられないぐらい、追いつけないぐらいに先まで行っちゃったから……私達の力不足だ。何でも出来る優子に引け目すら感じていたのかもしれないね。それでもなかなか評価されないのは辛いだろうね。重いだろうね。何でも出来ることは、AKB48のコンセプトの一つでもある成長が見られないってこと。由依やさっしーや若い子達がどんどん成長して頑張ってる姿を褒められても、優子は何でも出来なくちゃいけないから、何でもできることになってるから褒めては貰えない。
「そりゃ辛いよ」
「才加達だって……Not yetやノースリーブスに比べたらなかなか評価して貰えないもんな」
「DiVAのこと?」
「うん……」
「何言うとっと!私達は私達を応援してくれるファンの人達を喜ばせんといかんやろっ。それで新しくファンを獲得できたら、儲けって話じゃん」
「梅ちゃんって変な時にポジティブだよね」
「いやいや、私は超ネガティブだよ」
うん。私はネガティブだ。優子達みたいにポジティブに生きてる人間じゃないんだよ。
でもネガティブはネガティブなりに考えることも沢山あってさ、優子とは滅茶苦茶仲良いと思ってるし、どうにかせんといかんなぁって思ってる。まさかこのままで良いなんて、そんな残酷な考えはしてないよ。優子のことを放っておくなんて出来んし、由依だって、さっしーやきたりえだって頑張ってるから見捨てることなんて出来ん。
けどどうしたら良いんかねぇ。才加と佐江の話を聞かんのに、私の話を聞いてくれるかねぇ。
「とりあえず今日は解散するか」
「えー、もう少し話そうよー」
「いや、けど梅ちゃん……」
佐江が控室の入口の方をビッと真っ直ぐに指さした。えっ?と振り向くと、扉が少しだけ開いてて顔が覗きこんでいた。ちょっとビックリして身体がビクッて反応してしまったよ。いや、ビックリするでしょ。覗きこまれてるんだもん。何なんね、マジで。
でも、それが誰かを理解して納得。あぁ、解散しなくちゃね。っていうか私の予定だし。ごめんね、みちゃ。
◆
優子はチームKのエースで花形。女優志望で、でもダンスも得意で歌も得意。トークやMCも冴え渡る、変幻自在のエンターテイナー。いつも真っ直ぐで、いつも理想を追い求めてて、誰よりも目立ち、輝いてる。そんでもって、たまに自己中心的。いや、結構自己中心的なんだと思う。優子はいつだって自分勝手だ。そんなの長い付き合いだからよく知ってる。一緒に暮らしたことだって、短い間だけどあるんだ。色々なことを知ってる。理想ばっかり追い求めて、失敗するんじゃないかって思わせてちゃんとやりきっちゃう。優子のスター性って言うのかね。私にはないものだから、羨ましくなっちゃう。私なんて大事な時に足を怪我してステージ立てなくなっちゃったりさ、ついてないことばっかりだし、そんな優子に引っ張ってもらってばかりだった。優子と違って私は、梅田彩佳と言う人間は、踏み込むことが苦手なんだ。決して嫌いなわけじゃない。でも上手くいかない。そこが優子と私の違うところで、敵わないところ。
「優子は由依を守りたいんだろうね。そんぐらいわかるよぉ、優子」
体育座りって何か落ち着くよね。自分を抱き締める感じとかね。決して自分の膝で巨乳ごっこしてる訳じゃないよ。巨乳には憧れちゃうけどねぇ。優子とか有華とか、何であんなに良いものを持ってるんだろうか。神様は何でこんな不平等を作ったのか!一生かかってもわからない、超難しい問題だね!
「まぁ答えなんてなくても良いんだけどねぇ」
不平等があるからこそ面白いものも沢山ある。例えばスポーツとかね。不平等があるからこそ皆が頑張るわけ。頑張ろうって気持ちになるわけだもんね。もちろんAKB48だって一緒よ。色んな差があるから皆にキャラが出来て面白くなる。才加みたいに繊細なマッチョが生まれたり、れいにゃんみたいにとことん明るい元気っ子が生まれたりするんだよね。私も大好きな子を選り好み出来るしねー。
「難波の妹ちゃんなんてほんと可愛くて良いよねぇ」
「ただいまー」
「あ、お帰り、みちゃ」
座敷の席で体育座りしながらみちゃを迎える。リクエストアワーの初日を明日に控えた夜。今日は私の大好きな野中美郷ちゃん、みちゃと一緒に御飯に来てるんだよ~。全国のみちゃ推しの諸君!良いだろー!羨ましいだろー!私とみちゃの仲だからこうして来れるんだよー!うへへっ、えへへっ。
「ごめんね、トイレ混んでてさ」
「いやぁ、謝るんなら私の方だよ。すっかり約束忘れててごめんね」
「ううん、良いよ。大切なお話だったんだし。それより梅ちゃん、また独り言言ってた」
「えっ?聞いてたの?」
「うん、戻ってくるとき聞こえてた」
あちゃー、恥ずかし……くはないね!別にいつものことだもん。独り言言って何が悪いんだい!?別に迷惑じゃなかろうが!まぁ私も意識して言ってる訳では無いんだけどね。私の癖なんだよね、独り言。いつから言い始めたのかはわからないけどさ、止めたいとかそんなつもりは無い。別に良いかなって。ネタにもなるしね。
「いやー、控え室とかならまだしも外ではねぇ……」
「そんなこと大して思ってもないくせに~」
みちゃは私のことを理解してくれてるからね。チームKでは私をお世話してくれる大事なメンバー。いつも私と沢山遊んでくれる。熱い性格の揃ったKの中でも、数少ない平和主義者。私と同じ福岡出身。背も高くて超美人さんで。でも物凄いシャイガール。超絶草食系。誰かのことを怒ったりしないし、れいにゃんみたいにいつもニコニコしてる。楽しいことも大好きだから私とよく遊んでくれるんだー!私がワンコだったら是非勝手ほしいね!
えっ?私?何かイメージと違う?そんなこと無いよぉ!クールでともちんみたいな性格とでも思ったか!よく言われる!でもそんなこと無いんだよ~。もちろん冷静な時は少しクールになったりもするけどさ、基本は楽しいこと大好きだし、騒いどるのも好きだよ~!みちゃとやる八つ橋ごっことか深海魚ごっことかね、本当に癒しだよねー。うふ。
「梅ちゃんは今日も全快だねぇ」
「そういうみちゃだって今日は調子良かったじゃないの」
今日のリハーサルの中で、みちゃが好調な動きを見せていた。いつもは何かと控え目なみちゃだったけど、とっても良かったね。何だろう、気迫を感じたって言うか、いつも以上にキレがあったと言うかね。
「えへへ、梅ちゃんに褒められてしまった」
「何かあったのかい?」
「えー、だって皆頑張ってるし、私も頑張らなきゃなって」
うん、確かに皆頑張ってるよね。凄いよ。今日だって才加はもちろん、佐江や萌乃の動きが尋常じゃなく完成されてたし、私が教えてるだけあって由依のダンスったらもう!凄かったよ!往年の野呂ちゃんを思い出しちゃうね!それに優子ももちろんのように仕上げてきてる。プロ意識高い優子らしいし、殻に閉じこもってても周りの動きはちゃんと見切ってる。さすがチームワークならどのチームにも負けないね。
「才加ちゃん達が調子取り戻した感じだよね」
「才加も佐江もプロ意識は高いんだから、むしろあれぐらいして貰わなきゃ困るわ」
ここ1ヶ月ぐらいずっと調子の悪かった才加と佐江が今日は調子を取り戻した。取り戻したどころか、いつも強かった勢いをさらに強めたようにも思える。まぁ調子悪かったって言うよりは、不機嫌だったんだけどね。とにかくこの1ヶ月はやりづらかったわけよ、私達からすれば。色々とギクシャクした感じは止めろってんだ。
「優子ちゃんのこともあったからしょうがないんじゃないかな」
「しょうがなくないよ。プライベートを持ちこむな」
「そういう梅ちゃんが一番調子良くなかったじゃん」
「ギクッ……」
い、いやさ……調子が悪かったわけじゃないんだよ。ちょっと集中してなかったっていうかね。優子のことはさ、私もそれなりに動揺してしまったんだよね。ほら、由依にダンスを教えてる身な訳じゃない。結構関わってたりするからさ、気になっちゃってしょうがなかったんだ。
「そんなこと言って、優子ちゃんが心配だったくせに」
「べ、別に心配じゃねぇしっ」
「嘘だー。優子ちゃんのニュース聴いて一番動揺してたもん」
そりゃするよ。優子のことだもん。皆が思っているように、私だって優子が卒業してしまうとは思っちゃいない。だってそうでしょ。CD30万枚、絶対売れるでしょ。Not yetもノースリーブスも人気だもん。大丈夫だって。
じゃあ、私が何に動揺したかって言えば……もちろん優子のことだ。優子が卒業を覚悟出来てるってことが、私にとっては一番のショックだった。同じ年齢で、同じくらいの身長で、ダンスが好きで、同期で、仲が良くて。私もいつかはそういう覚悟を持たなくちゃいけないんだけど、楽しいことが好きで、AKB48にすがりたい気持ちがある。そんな私と違って、優子はいつでも離れる覚悟があるんだって。何か嫌だった。置いてかれるんじゃないかって、淋しくなった。
「優子は……由依の為に卒業できるんだなぁって」
「でも優子ちゃんってそういう人じゃん」
「まぁね。そういう奴だってことは、よくわかってるよ」
「梅ちゃんって優子ちゃんのこと好きだよね」
当たり前じゃん。嫌いなわけない。ずっと一緒にやってきた仲間だもん。色んな事を、一緒に沢山やってきた仲だもん。好きにきまっとる。
「私は……優子にまだ何にも恩返ししてないのにな」
「恩返し?」
「うん。優子には色々と恩があるんだよね」
AKB48に入ってすぐに私は足を怪我した。ステージに立つことが出来なくなって、大好きなダンスから、AKB48から離れなくちゃいけなくなった。悔しかったな。淋しかったな。いくら泣いても、涙が止まらなかったっけ。何とか地元で、動ける範囲でお仕事見つけてたけど、けどやっぱりダンスは踊れない。活躍し始めたAKB48をテレビで見るのは辛かった。でも優子はそんな私の為に振付を紙に書いて、手紙で送り続けてくれた。
「あんなに嬉しかったことは無いな……」
それだけじゃない。もっともっともっと優子には恩があって、一生かかっても返しきれないぐらいに感謝してる。
「なら梅ちゃんも優子ちゃんに何かしてあげれば良いじゃん」
いつものおっとりした笑顔を浮かべて、みちゃがそう言った。飲み干す烏龍茶の美味しそうなことね。私が優子に出来ることか……。何があるんだろうな。
「やっぱり、Kの勢いって好きだけど、皆笑ってるのが一番好きだな」
「言うねぇ。まぁ私もそっちの方が良いな」
◆
「どうしたの、こんなに早く呼び出して」
4日間に渡るリクエストアワーセットリストベスト100/2013の初日の朝が来た。メンバーにとってもファンの皆さんにとっても、お祭りのような4日間が始まる。気合いは十分。楽しむテンションも出来上がってる。私の好きな曲も沢山ランクインしてるっとことで、あ~っ、もう!思いっきりステージで踊りまくりたい!
なんて気持ちを吐露する前に、ちょいとばかし私にはやることがある。やらなきゃいけないことがあるんだ。みちゃが言うように、Kは勢いがあって、笑顔でいる方がいい。笑顔でいたい。私は途中ステージに立てなかった期間があるけど、でもAKB48でいる時間は、AKB48にかけてきた思いは優子達に負けちゃいない。
「いやー、本当に来るとは思いもしなかったよ」
「呼び出しておいてよく言うよ」
「約束守ってくれる優子が好きよー」
朝の日差しがまだ眩しいTDCホール。リハーサル集合時間の2時間前。随分と早い時間だね。なんでそんなに早く来たかって言えば、まぁもちろん目の前にいる優子と話をしたかったんだ。優子と色々と話したくなった。昨日の夜、みちゃと別れてから優子に一通メールを送ってさ、要約すると「明日の朝に早く来て~」的な内容ね。まさか本当に来てくれるとはねぇ。言っても、優子は自分勝手だけど義理を通す奴だからね。約束を破ることは無い。ちゃんとメールで「わかった」って返信来たもん。
「何だよ。結構眠いんだけど……」
「あぁ~、欠伸なんてはしたないぞ」
「ラジオでおっぱいトークばっかりしてる梅ちゃんに言われたくない」
「それ言っちゃう!ですよね!否定できない!」
優子はふははっ、と口を開けて笑った。うんうん、やっぱり優子は笑ってる方が良いね。あっちゃんと並ぶAKB48の顔だもんね。アイドルの頂点に立つような優子……って、こういう持ち上げが優子に淋しい思いをさせてるんじゃん。何を考えてんだか、私。……でも優子の活躍はやっぱり凄い。
「色々話したくってさ」
「……梅ちゃんも言いたいことあんのか」
「何が?」
とりあえずホールの入口にいつまでいても寒いから、暗黙の内に2人して楽屋の方に歩を進める。スタッフさんはこんなに早い時間から本当に御苦労様だねぇ。メンバーが集まらないこんな内から色々やってくれてるんだ。頭が上がらないね。私は背が低いから、下げなくても下げたみたいに見えるんだろうねぇ。って自虐かよ。うふふ。
「私は優子と話したいだけだよ。それ以上でも以下でもない」
「嘘付けよ」
「嘘なもんかい。優子ったら最近冷たいんだもんねぇ」
優子が、控え室に続く廊下のど真ん中で立ち止まった。折角見せた笑顔を失って、次はムスッとした顔。
「言いたいことあるならはっきり言えよ」
「ステージで作ったような笑顔振りまいて、何が変幻自在のエンターテイナーだよ」
思わず言い返してしまった。ちょっとイラッとしたから。どうしても言い返さずにはいられなかった。私だってそこまで気が長い方じゃない。短気と言うほどでもないけど、いちいち態度変わるような奴は好きくないよ。
「そうふて腐れず、楽しい話でもしようよ」
「楽しい話……ね」
控え室の前に辿り着いて、そのドアをゆっくり開ける。重い扉ではない。重くても困るっちゃ困る。どちらかと言えば重いのは今の空気の方であって、明るくしようとは思ってみても何も話が思い付かない。呼び出したけれど話なんて特になかった。いや、話はあるんだけど、結局それは優子の話で、優子と才加と佐江の話で、優子とNot yetの話で、優子と私の話なんだ。優子が先読みしたから意地張って話変えようとしてるけど、頭空っぽ!さーて、どうしようかね。
「とりあえずステージでも見に行く……?」
「おっ、案外優子も乗り気だねぇ」
「ステージの確認するのも仕事の内だろ」
「さすがエンターテイナー」
◆
ステージの準備は整っているように見える。リクエストアワー恒例の雛段もしっかり設置してあるし、大型ビジョンも格段と高画質になって色々と映像を映している。いやー、凄いね。毎度のことながらこんな豪華なステージでパフォーマンスを披露させていただけるんだもんね。嬉しくてたまらんねぇ。
優子と一緒に、隣り合うように観客席に腰かけながらステージ準備の風景を眺める。なかなかこっち側から見る機会がない。こうしてると、自分がこれから立つステージとは違うようにも思える。変な感じ。でも視野は広く持っておかなくちゃね。ステージから見る観客席だけじゃなく、観客席から見えるステージも頭に入れていないと良いパフォーマンスなんて出来ない。
「研究生の子達は緊張するだろうねぇ」
「けど13期生のBeginnerはかなり極めてきてるみたい」
「ほほぉ、そりゃ楽しみだねぇ。無茶ぶりから1年で、どれだけになったことか」
「光宗ちゃんとか、現場で振りのことよく聞いてくるんだよ」
「迷惑?」
「迷惑かって言えばそうでもないけどさ、あんまり口出ししたくないかなって」
「出た出た。優子の飴と鞭。たまに突き放す」
「突き放してるわけじゃねぇよ。ほら、ライオンは自分の子どもをって言うじゃん」
「そういうのを突き放すって言うんだよ。崖から落とすとか突き放すどころじゃないし」
優子には優子なりの美学みたいなものがある。研究生だったり後輩だったり、成長のためならどんなことでもしようとする。ただ遊んでるだけに見えてちゃんと教えてたり、無視してるのかと思えばそれがその子の為になったり。私には真似できないやり方だなぁ。そういうの出来るようになりたいね。私もダンスが上手いって評判だからさ、自分で言うのもなんだけど。研究生の子達に色々と聞かれることがある。これがまた普通に教えちゃうんだよね。どうしたら創意工夫の下に教えられるんだろうねぇ。
「由依もまだ教えてるんでしょ?」
「うん、まぁね」
「どんな感じ?」
「家出少女が心配なのかい?」
質問返し。いや、返しちゃうでしょ。ダンスの心配するなら家出のことも心配してあげればいいのに。こればっかりは飴と鞭は関係ないでしょ。しーちゃん家なら問題ないとは思うけど、そこはむしろ一緒に暮らしてこそのものがあると思うんだよね。秋元先生だってただ作詞の為に共同生活なんてさせないと思うんだよね。由依はもちろん、きたりえやさっしー、甘えん坊のみぃちゃんに何かしらの影響を与えたかったんじゃないかな。一緒に住んでるのか優子にたかみな、こじはるだもんね。逆に優子達も影響を受けて、相乗効果って言うの?そういうのも生まれるのかもね。ただの予想だから、本当にそんなことを考えてるのかはわからない。でも良いね、共同生活。DiVAとフレンチ・キスあたりでやらせてくれないもんかねぇ。
「必死になり過ぎて怪我されちゃ困る」
「怪我した私が教えてるんだから、そんなことはさせないよ」
「……何かごめん」
「謝んなって。あの時の休養があったから、今の私があるんだもん。結果良かったと思うよ」
文字通り怪我の功名って奴だね。あの怪我があったからこそ、得るものも沢山あった。やる気と負けん気と悔しさって言う糧を特に得たよね。
「それにあの時優子に貰った振り付け表は今でも大切に仕舞ってあるよ」
「捨ててくれよ……」
「ダメダメ。とっても大切なもんだから、捨てることは出来んばい」
あれもまた、怪我をしたからこそ得たものだ。優子への気持ち。優子からの気持ち。めっちゃ大事。
「梅ちゃんって絶対ネガティブじゃないよ」
「ネガティブだよ。いつ何時だって、今この時が私の最低だ」
ママが教えてくれたこと。私の座右の銘。『常に今が最低。最低ならあとは頑張るだけ』。そう思えば、今が最低でも、どんなに最悪でも前を見れる。上を見れる。ネガティブだからこそ、中途半端なポジティブよりももっと前向きになれるんだ。そうだよ。今以上に最低なことなんて絶対にない。昔のことは全部思い出だし、未来のことはまだ存在しない。いつだって自分が考えるのは今この時だけだ。
「今が……最低か」
「あぁ、やっぱ意地張ってる場合じゃないや」
「ん……?」
「いつも自分が一人だとか思ってんじゃねぇよっ!!」
そうだよ。今が最低なんだ。前を向く為には優子とちゃんと話さなくちゃ。向きあわなくちゃ。意地を張ってる場合じゃないけん。意地張っとったら、今の優子と全く変わらないじゃないか。
思わず声を上げてしまって、客席から立ちあがった。周りにスタッフさんがいなくて良かった。聞かれてたらちょっと恥ずかしい。
「孤独とかなぁ、本当に一人になったことないくせに!」
「やっぱり言いたいことあるんじゃん」
「あるに決まってんじゃん!何自分だけが孤独ですみたいな顔してんだよ!ただの独りよがりのくせにさっ!」
「何て言われても良い。何も気にしないよ。私は一人だ。一人ぼっちだ」
無表情のまま、私から目を反らしてステージを見つめる優子。その瞳は何を見てるんだろ。焦点すら合っていないように思う。一人でいることに達観しちゃったとでも言うのか?自分が犠牲になれば全て丸く収まるとか、どうせそんな馬鹿なこと考えてるんじゃないだろうな?
「ふざけんなっ!」
「ふざけてねぇっ!私は私のためにここにいるんだ!!」
優子も我慢できなくなったのか、声を荒げた。2人して怒鳴り合ってるのに、私は昔のことを思い出してしまう。優子といつも喧嘩してたなぁって。梅島夏代とか、チームKで沢山さ。譲れないものが互いにあって、いつも意見をぶつけ合ってて。結局私も優子も、似たり寄ったりの人間なのかもしれないな。
「このままAKBを卒業になって良い」
「AKBで何も得なかったって言うのかよ!」
「一人だったから、何も無かった」
「思い出にまで嘘吐くなよ!!」
楽しかったこと。辛かったこと。ムカついたこと。どんなものだって過ぎれば思い出。自分の糧。思い出は……自分自身の味方なんだ。どんな思いでだって自分の中で輝いているんだ。輝いてなくちゃ、おかしい。優子とした沢山の喧嘩も、AKB48が本当に売れるのか心配で皆で話し合ったことも、梅島夏代も、優子がNot yetを始めるって言う時も、いつかは笑い話に出来る思い出ばっかりだ。過ぎ去れば、美しい記憶だ。
「私は楽しかったよ。優子といたこと。優子との思い出。全部楽しかった……!!」
優子といて、楽しくないことなんて一つもなかった。全部の思い出が輝かやいてる。それにこれからもそんな思い出が作れるって信じてるんだ。優子と一緒にやっていくことを、誰よりも私が期待している。卒業なんてして欲しくないし、由依や才加達と喧嘩なんてしてて欲しくない。優子にはずっと笑ってて欲しいんだ。一緒にレッスンを受けながら夢を語っていたあの頃の笑顔を……もう一度見せてよ。
優子の顔が滲む。ステージが明るすぎるからなのか、それとも私の瞳のせいか……。
「何なら結婚してでも、孤独になんてさせない!」
「……冗談言ってる場合かよ」
「……だよね」
言わなきゃ良かったかもしれない。何だか、余計に悲しくなって、虚しくなった。
「優子、いつか『私に付いて来てください』って言ってたろ」
「……総選挙の時だっけ」
「私達はずっと優子に付いてく。その背中が遠くなったって、優子に追い付きたいから……!」
私も才加も優子も、Kの皆も、優子に憧れてる。優子が目標だ。だからこそ優子の為に何でもしたいし、一緒にいたい。優子が淋しいなら、これ以上淋しい思いをさせてたまるか。今日この日を最低と思え。絶対にこれ以上淋しくさせない。チームKは、AKB48はまだまだ強くなれる。
「淋しくなんて……」
優子が鼻をすすった。強張っていた顔の筋肉が少し緩んで、表情がクシャッとなる。あぁ、この顔をよく知ってる。優子が泣きそうな時の顔だ。大好きな優子を、慰めてあげたいな。抱きしめてあげたい。抱きしめたら、多分ボロボロになるぐらい号泣するんだろう。けど優子は私に似て意地っ張りだからさ、この後他のメンバーもやってくるだろうから、涙は見せたくないだろう。だから今は……抱きしめちゃいけない。


