昨日は第二内科学会&忘年会が開催されました。またまた託児所設置、しかも夜の宴会まで託児所設置ということで、託児所には最初から最後までお世話になりました。託児所のおかげ様で、忘年会の時間帯、研修医時代から当直先でお世話になったり、大学でも癒し系でお慕いする先生と隣席になり、子育てや家庭や仕事の話もすることができました(先生も託児所にお子さんを預けられていたのでした
)。その中で!、以前介護のモチベーションその①ということでブログに書かせてもらったことについて、そのお慕いする先生から「先生は若いのにえらいと思います。旦那さんを愛してるんですね」とお言葉をいただいてしまい、早くその②をつづらなくてはという思いにかられ、筆をとりました。そう、第二内科ジョイブログはきれいごとだけではすまされませんから![]()
![]()
そうです、介護のモチベーションその①は「愛する夫のため」でした。確かにそれは真実です。が
、それだけではありません。その①としたからには②があり、③もあります。うふ
、④もかも。まず、今回その②は「自分の親も歳をとるから、旦那にも世話になるはず」ということです。まあ、悪く言えば、計算が働くわけです。きれいごとばかりではありません。それまでは同じ玄関ながら、階段ひとつで台所と風呂が別でしたので、嫁と夫と姑、とてもうまくいっていたわけです。しかし、その階段がいかに重要だったか、本気で介護が必要になった時に思い知るわけです。そもそも他人同士が、衣食住一緒に暮らすようになるわけですから・・・・。共働きで、当時2歳児の子育てをしなくてはならないので、かろうじて手押し車でトイレには行ける老人最優先の生活ができるわけがありません。そして、手塩にかけて育てた息子(私の夫)も、嫁(私)に気を使うわけですが、どうしても女の負担が多くなるのは否めません。赤裸々に語らせてください。完全に認知症というわけではありませんので、まあ、我々の合理的考えの生活、料理が不得手な私に義母が気に食わないこともいっぱい出てきますし(いわゆる嫁姑問題ですね
)、おそらく認知症により、まるで業者にだまされているようないろんな通信販売物品が家に週に3回は送られてきて、宅配の方に、よく確認されたほうがいいですよと忠告されたり、帰ってみれば使いきれない食材が冷蔵庫にあったりと、許容範囲の狭い嫁(私)は我慢しきれませんでした。また、旦那が当直や所用で不在の時に限って、息子の高熱と義母の転倒&ねん挫で片方に息子、もう片方に義母を抱え、またある日には朝から家じゅう便まみれで拭き掃除、その傍らで息子がその便を触っていて二人をシャワーに入れなくてはならなかったり・・・。逆もあります。私が泊りの出張でいないときに限って、夜に義母のショートステイ先から熱発で連絡があり、旦那が2歳児を片方に、もう片方に義母をつれて入院先へ連れて行って入院させ、2歳児息子と二人家に帰りついたのは深夜だったり(これが1回ではないのです)・・・。すべてきれいごとではすまされませんでした。正直に言いましょう![]()
![]()
。積もり積もってくると、義母に対して毎日憎しみの感情すらありました。朝食の準備をして(義母の分はおかゆを別に作り、みそ汁の具は細かく刻みます)起こしに行くときにはよからぬ期待もしたりしていました。家で介護する人たちの声をネットで調べたり、テレビで見たりするたびに、介護を本当に一生懸命されている声を聞けば、本当に自分の至らなさを憂い、深く深く自己嫌悪の毎日。ですから、途中からそんな番組とかあれば見ないようにしていました。そして一番つらく、特別養護老人ホームに入所できた今でも思い出しては心が痛いのは、毎日人を憎しまなくてはいけない生活でした。ただ、そんな毎日に、そのような思いを言っては旦那も嫌な思いになるだろうなと思いながらも、本当にダメになりそうなときには夫に訴え、傾聴してもらったのが、支えでした。そして、私は旦那と比べて10歳以上若いし両親も元気だけど、いつかは同じような時が来ることは間違いないということでした。旦那に「自分でも(実母に対して)死ねばいいのにと思う時がある」と言われた時にはびっくりでしたが、一番つらいのは実の息子かもね、と思いました。3人の大人の板挟みになって、怒りの鉾先になる2歳児の息子も本当に気の毒でした。寝室でお詫びの気持ちから旦那と私で2歳児息子を抱擁し合う夜もあったものでした。医療従事者としては言ってはいけないだろう事も書いてしましましたが、私もある一人の人として。


