「何?」
とその行動の意味がわからないヒカルは、訝し気に銀紙の上のその粉を覗き込む。
「シャブだよ・・・、ヒカルもやってみる?」
とミカリンはそうボソッとつぶやいたかと思うと、右手の人差し指と親指でつまんだその粉を左手の甲に乗せ、スーッと思い切り両鼻から吸った。
「シャブって?」
と動揺するヒカルに、リュウイチが自分の人差し指に乗せた粉を彼女の顔に近づける。
ヒカルはわけもわからず、思い切ってそのひと山をミカリンをまねて一気に吸い込む、と同時に電流が走ったような感覚と共に全身に力がみなぎってくるのを感じる。
その一瞬、自分のまわりの空気の密度が薄くなり、パーっと何かが広がるのがわかった。
「キター!」
とヒカルが叫ぶと、
「キタかー?!!」
とリュウイチとミカリンも仁王立ちになって叫んでいる。
そしてそのまま3人は輪になり、音楽に合わせ踊り狂う。
神経のひとつひとつがビートに反応し、ヒカルは痙攣したように動きだす。
そんな自分をはっきりと覚醒しながら見ている自分も同時に存在している。
リュウイチは両手を広げ、大口を開けながらテキトーな英語の歌詞を叫ぶように歌っている。
こいつはアホだ、とヒカルはそんなリュウイチを見ていると急に笑いがこみ上げる。
ミカリンは両手で髪の毛をぼさぼさに掻きむしるようにして悶えながら踊っている。
ヒカルはいつも何かに怯えていたことを一気に忘れたかのような開放感が全身に溢れるのを感じ、眼鏡をほおりなげ、多幸感に包まれ踊り狂う。
自分が無敵になったようなこの感覚!
すると今度は急に全身の力が抜け、脱力状態に一気に変換されると、魚のようにぽっかりと口を開け、よだれが一滴、口もと右の端から垂れるのがわかった。
ふとヒカルはリュウイチに熱い視線を送っている自分に気づく。
あれ? さっきまでぼーっと宙を見ていたのに・・・、とリュウイチもその視線に応え、ヒカルを熱く見つめ返す。
その2秒後、リュウイチのまわりに何か別の空気が漂ったか? と思った瞬間、彼は突然、熱いディープキスをヒカルに浴びせかける。
そしてそれにむさぼるように応えるヒカル。
舌の先が別の生き物同士のようにねっとりと絡み付く。
そのキスが・・・いったいどのくらいの間続いていたのだろうか?
さっきまで気分よく踊っていたミカリンの顔色が豹変していることにヒカルは気づく。
「ちょっと・・・、オメエら何してんだよ?!」
とミカリンがふたりを引き離そうとするのだが、ヒカルとリュウイチはお互いの両腕が相手の体に絡み付いたような状態でディープキスを止めようとしない。
「だから、なんなんだよテメエらは!」
とミカリンが叫ぶ。
その声に対しふたりはさらに興奮し、野獣のように息を荒くして床の上を絡まりながら転げだす。
その時だった。
リュウイチは変な圧迫感と何かが体の中にするりと入り込むような感触に気づき、思わず後ろを振り向くと、そこには恐怖に目を見開いたミカリンが・・・、血まみれのナイフを持って震えていた。
「オマエ・・・」
と言った瞬間、リュウイチは自分の背中から熱い液体がどくどくと流れだしていることに気きづく。
ヒカルはフラッシュバックのように以前見た光景が目の前に展開していることに戦慄を覚える。
「な、何なの? こ、これ?」
「ご、ごめん。
さ、さ、刺しちゃった・・・みたい」
とミカリンはうわずった声でそうつぶやく。
「オマエ、だからぼ、暴力はやめろって・・・」
とリュウイチは顔をゆがめ、背中の傷口を押さえながら、
「ヒカル、きゅ・・・、救急車」
と言うかすれ声と共に床にうずくまる。
ヒカルは指の震えで何度も押しまちがえながらも、なんとか119のプッシュボタンを押し終え、リュウイチにその受話器を手渡す。
「こ、ころんでナイフが刺さって・・・、あの、しゅ、出血が・・・」
「は、早く来てください! 血が・・・、血が出てるの! いっぱい!」
とミカリンが受話器を奪ってそう叫んでいる。
ヒカルは、下を向いて小刻みに震えている。
その時ヒカルの脳裏によぎっていたのは、意外にも今日の昼にカフェで食べたグリルチキンクリームソースのことだった。
それを口に入れた時、微妙にチキンとクリームソースの間には隙間のような感覚があったように感じ、それはおそらくオリーブオイルの膜なんだろうなあ? と思い、このソースがなかったらこのチキンは味がないんだろうと思った瞬間だった・・・、すべての料理はそう、それぞれは味気ない絶妙なバランスでの素材のミックスによって成り立っている、そう悟った。
味気ないものが単独では(当たり前のごとく)味気ないのに・・・他のものと組合わさった瞬間からそれは絶妙なスパイスとなり、欠かせないものとなっていく。
ヒカルは人参が嫌いだったが、天ぷらになったそのころもと組合わさった時の人参はすごくおいしいと思っていた。
それにしても昼にチキンを食べたのになんでまたケンタッキーのチキンバーレルなんて買ってしまったんだろう?
クリスマスって・・・いつからチキン祭りになったんだっけか?
ヒカルにはその時のカフェでの光景が、まるで目の前に存在しているかのように鮮明に見えていた。
テーブルの上のグラスに付いた水滴のひとつひとつがまだらのようになっていて、その中の1滴がゆっくりと下の方へと流れて行く。
気分が知らぬ間にバッドな方向へと流れて行くのを自分でコントロールするのは難しいよなあ、なんていつも思っていたのだが・・・、こんな超バッドな状況において気づけば意味不明、予想外の方向へと思考が流れて行くってのは悪くないものなのかもしれない。
きっと自分には、落ちるところまで落ちないようにコントロールするための防衛本能? みたいなものが働いているのかもしれない。
ヒカルが正気に戻った時、リュウイチとミカリンはすでにそろって救急車に乗って病院へと向かった後だった。
ヒカルの目の前で救急隊員とミカリン、リュウイチが何やら話をしていたような光景を見たのを憶えている。
「ヒカル、ごめんね。ヒカルはここにいて」
って確かミカリンは言っていた。
目の前の絨毯には、リュウイチの体から垂れ流されたと思われるどす黒い血痕の染みが広がっている。
思ったほどではなかったか? と半径20センチぐらい、楕円形のロールハッシャーテストのようなその模様にヒカルはそっと触れてみた。
まだちょっと暖かい。
ヒカルにはその血痕の染みがリュウイチの分身であるかのように愛しく思え、しばらくはそれを拭き取らず、残しておくことにするのだった。
是非とも続けてプチッっと!! よろしくお願い申し上げます!
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