2009年に掲載した拙ブログ記事
再掲~
精神科医小田晋先生の著作より


・・・・・・・以下過去記事・・・・・・・・・・・



「秩序破壊型」の言論が出てくるのは、
とにかく少年非行を


環境のせいにしてしまい、本人の責任は


なるたけ問わない、という発想の結果であると

思われる。


しかし、こういう形の保護主義は果たして

正しいだろうか。



こういう考え方の背後には1970年代、全共闘時代の


1.犯罪、苛め、不登校等の教育病理、社会病理は


現体制の矛盾に発しており、革命以外に解決の方法は


なく、それを個人の責任に帰するのは間違いである。


2、それどころか、犯罪者、非行少年、精神障害者


ホームレスなどの反社会的エネルギーこそが


体制内化した労働者、農民に代わって


革命の原動力となるーという新左翼、過激派の


発想が存在する。




(中略)その中で培われた社会に対する「加虐の


快感」は、尾を引いて「社会解体促進同盟」(略)


「犯罪者応援団」とでも言う他ないような


動向になって、国家、司法、精神医療、教育、

家庭など


およそその邪魔になりそうな制度全般を麻痺させ


その機能を失わせようとしているのである。


その動向が今、最も先鋭に打ち寄せているのが


教育の領域だと言える。



「人権」「保護」の主張は、場合によっては


その美名の下に犯罪、非行に対する

社会の抑制力を


消滅させようとするものにすぎないのであり、


「隠された動機」の存在を読み取ることが


出来るのである。




(中略)


実際、全共闘運動は、日本に革命を起こすことには


失敗したが、社会を破壊することには


ある程度、成功した。


この成功体験による快感、攻撃衝動の充足が


彼等の言論の大きな特徴に為っている。



だからこそ、全共闘世代及びその影響を受けた


より若い世代の「人権派」の主張は一貫して


「建設」「構築」よりも「破壊」「攻撃」に


強く傾斜している。



1970年代以来、彼等は精神医療や矯正のシステム、


警察組織の効力を弱めよう破壊しようとしてきた。


また、それぞれ、部分的には一理ありそうな

代用監獄制度への反対、保安処分反対、

管理教育反対を

 唱え、子供の権利を擁護すると言いながら、

結果的には

 いじめっ子のような加害者の人権だけに

加担している。>




(引用終了=小田晋)






*小田晋氏の昔の著作の中の一部分ですが


ここで注目したいのは、全共闘世代の基本的理念は、


全ての反社会的行為が、現体制の責任であるかのように


マスコミを使って世論を誘導する、ということ、


従って犯罪は個人の責任に帰するのではなく


社会(現体制)が負うべきである、ということ、


だから現体制、現制度そのものを破壊すべきである、ということ。





こうしてみれば彼等の考え方そのものは


その1970年当時からいささかも変わっていない、と


思えます。






彼等の目的は結局ただ、ひとつ、


「革命」なのです。


暴力革命はこの日本ではもはや無理。


それで官僚や教職についたり政治家になったりして


内部からの破壊を長年に渡って続けてきた。


 


ウカウカしてる間にいつのまにか社会の中枢にはその


ような革命をあきらめない勢力が増殖していった。



政治家、マスコミ、官僚それこそ三位一体になって


国民などおかまいなし、自分等の理想である


共産主義、社会主義国家を築く為


長年に渡り活動をやめなかったのです。



(略~)






 小田晋氏の慧眼には敬服します。


こうして著書などで危険を指摘されていましたが


テレビに出てくる精神科医はほとんど


御用学者。


反日サヨク色の強い人が重用されますので


小田先生の正論は、広くは行き渡りませんでした。


残念です。



(以上2009年の自筆記事より

時代に会わない部分は削除)











AD

コメント(15)