自分の出た小学校は、土地柄なのか左派系の教師が多かったらしい。ある授業で生徒に力を込めて教えていた一つに「天皇機関説」がある。かつて石原さんが都知事選に初出馬した時に、革新系現職の美濃部さんに敗れた。その父親が戦前に提唱した説で、言ってみれば天皇職もビジネスであると。
女性教師だったが、えらく気合が入っていたな。しかし授業の合間のほんの10分間の休み時間でさえ、校庭で遊びに集中せねばならない身としては、いくら教師が力を込めても身につくはずがない。ポカ~ンと口を開けたバカ面で、天皇自ら機関銃を手に取り、先頭に立って戦う姿を想像する位だ。
柳に風と言うよりは馬の耳に念仏と言うべきかな。だけど今の天皇陛下は、「天皇」をご自分の職業と割り切っているように思う。即位の礼の時の「お言葉」でそう感じた。皇后陛下の意思でもあろう。自民党が主張するように明確に国家元首と規定することに対しては、ありがた迷惑なんじゃないかな。
今以上に自由を束縛して崇め奉る体制を作るのが、果たして本当にいいのかどうか。世継ぎ問題も含めて天皇家存続のためには、却ってマイナスになるような気がする。ましてや首相公選制となれば、主権者たる国民に直接選ばれた日本国首相が対外的にも国家元首の立場となり、兼ね合いが・・
今の行き詰った世の中では、人々は何らかの救いの対象を求めて、心の安らぎを得ようとするし、反面スケープゴードを見つけて槍玉に挙げ、ウサを晴らそうとする。天皇元首制は、国民に対して精神的救いを与えるのを口実に、実は憲法の他の条項の改正に利用しようとしているようにも思えるな。
今の日本の状態で、憲法を改正、若しくはある人に言わせれば自主憲法を制定すれば、真の独立を勝ち得るのかね。そう思ってない人の方が多いんじゃないかな。もう一度米国と戦争するぐらいの覚悟がないと無理だよ。そして現実は、それとは正反対の方向へ進んでいる。益々 「深化」 している。
戦時中に少年期だった人々は1930年生まれ位、出兵の経験者はその5年位前までの人だろう。経験者が少なくなってるから、時期的に体裁を整える良い頃合いと見る人も出る。反戦運動で、もう只々戦争の悲惨さや恐怖を訴えるだけでは逆効果のご時勢だ。原因の追究こそが肝心だと思うがね。
天皇機関説の他に教師が力を入れて教えていたのが、大塩平八郎の乱。これもよく覚えていない。まぁ勉強がきらいだったわけよ。ただ授業で何度も「オーシオ、オーシオ・ヘーハチロー !」とうるさいので、名前だけは覚えた。
ただ後年ざっとその経緯を読んでみたら、感じ入る部分が多かった。時代的には、教師が力説していた一億総中流と言われた当時よりも、現在の方が教えがいがあると思うけどね。幕府の体制疲労、民衆の鬱憤の様子は、今に通じるものがある。あんまり映画やドラマになってないのが不思議だ。
忠臣蔵と同じぐらい映像化されていてもいい気がする。戦前は、幕府に対しての反乱だからもっと大きく取り上げられていたかもしれない。今はテロを煽る危険があるのかいな ? 江戸時代の天保年間、大飢饉という同じ時代を背景にした「天保水滸伝」という映画はあったけど、予告編しか見てない。
あとは英国の産業革命、立つこともできない狭い坑道、足首に鎖の少年が炭鉱夫として這いつくばって働いてる絵を示し、その悲惨さを強調しながら、「ちゃんと勉強しないとこうなっちゃうぞ」だって。もっとマシな脅し方しろよ。
とにかく教えるんだったら、そうなった原因や時代背景を丁寧に分かりやすく説明するようにしないと、子供は興味を持たない。廊下を走り回って皆で騒いでいると怒るくせに、と思うだけだ。そして自身のイデオロギーを加味した主観を入れる必要もない。それは教室ではなく、別の場所でやるべきだ。
だけど自身を振り返ってみて、子供時代の思想教育ってそんなに重要なのかね。銭儲けが生業の経団連が愛国心教育を説いたって、名誉ある学者が副読本を通じて原発の有用性を訴えたって、長じればその欺瞞性に呆れ果て、軽蔑するだけだ。だったらあんまりボロを出す真似はしない方がいい。
子供を右に持っていこうとしようが、左に行かせようとしようがそんなの関係なく、子供たちが長じれば、自身の社会経験を基にして己れの判断で己れの思想を決める。学校でどう教わろうがね。「愛国」と「愛体制」は違うよ。
良い子のみんなー 崩れた核燃料ってこんなにきれいなのよ~
テーマ:日々雑感



































































