日中韓文化地めぐりのブログ

日中韓のお寺や観光地を巡るブログです。


テーマ:
チベット仏教・ゲルク派の寺院「タール寺



さて、タール寺です

 青海省西寧市の近郊・湟中県にあるチベット仏教のお寺・タール寺。またの名をクンブム・チャンパーリン寺といいます。創建は16世紀の半ば。

 前回に書いた通り、このお寺はチベット仏教・ゲルク派の6大寺院の1つに数えられます。チベット仏教にも日本の仏教と同じく宗派があって、中でもゲルク派は最大宗派なんですね。
 また、ゲルク派の開祖・ツォンカパの生誕地に立つお寺でもあります。




 
因みにダライ・ラマはゲルク派に所属

 ダライ・ラマという称号をゲルク派の僧侶、スーナム・ギャツォ(ダライ・ラマ3世)に与えたのは、16世紀のモンゴルの有力者、アルタン・ハーンでした。チベット仏教はチベット人だけでなく、モンゴル人はじめ、多くの民族に影響を与えてますね。

 まあ、細かい歴史の話を述べるより、上の写真を見れば、モンゴルとチベット仏教の関係の深さが分かるでしょう。
 その最大宗派・ゲルク派の開祖の生誕地に立つくらいだから、タール寺はすごいお寺なんです・・・まあ、そういうことですねw




 
 しかし、そのすごいお寺も、これも前回書いた通り、完全に観光化されてます。ちょうど夏休みが重なったからか、ものすごい観光客の数でしたガーン






 もちろん、仏堂の中で五体投地を繰り返す熱心な信者もいましたけど。
 自分はこのとき、初めて五体投地を見ました。チベット仏教の寺院は北京の雍和宮にも行きましたが、あそこで五体投地をしている信者は全くいませんでしたので。





 その五体投地ですが、NHKの本で、亡くなった母の供養のために、ラサから五体投地しながらタール寺までやってきた、チベット人青年の話が載ってました。
 その距離は約2000kmビックリマーク、2年間かかったとか。そしてまたラサまで帰っていくそうです。
 いや~すごい話ですねえ。 自分も大切な人が亡くなったら、五体投地三昧の日々を送るのも悪くないかなと思いました(・・・って嘘ですけどwにひひ)。






文革による破壊、そして観光化へ



 さて、自分がこのお寺に何をしに来たかと言うと、当然、チベットの建築を見に来ました。以前に書いた通り、チベットの建築は、日中韓の建築とは大きく異なってます。
 





大経堂内部(拝借写真

 写真は大経堂の内部です。タール寺の建物内部はほとんど写真禁止のため、拝借しますね。
 この大経堂は建築面積2000平方mという広大なもので、そこに168本もの柱が林立していました目
 
 建築の話はさておき、これだけの規模の大経堂が存在したということは、かつてのタール寺に、いかに多くの僧侶が存在したかということですね。
 調べると、1958年当時には3600人以上の僧侶が在籍していたそうで。しかし、現在はわずか300人程度だそうです。

 これは、あの悪名高い「文化大革命」(文革)によって破壊や略奪の被害にあい、僧侶が去ってしまったからと言われます。 しかし、文革後も僧侶は戻らず、今は観光寺院として生き残っているというわけですね。





 まあでも、建築装飾が随分賑やかなので、観光客の多いこの賑やかな雰囲気も、案外似合っているようにも思えましたけどね。
 悲壮感など、微塵も感じられません。





 マニ車を回すチベット人女性。すっかり観光化したタール寺ですが、彼女は一人で熱心に巡ってました。今のタール寺をどう思ってるのでしょうか。






タール寺、その他



小高い場所から撮った写真です

 タール寺を上から眺めても、まあ、美しくはないですし、壮観でもありません。中国の寺院のように対称形の伽藍でもなく、建物が散らばって存在してますからね。
 それでもやはり、青空は綺麗でしたニコニコ




充実する土産屋コーナー





ジャガイモ。青海酿皮やめて、イモを食べればよかったと後悔(^▽^;)





最後に、ヨーグルトがたくさん売ってたので、食べることに。





 青海酿皮と違って、これは美味いグッド! 2ついただきました。 この後、しばらくヨーグルトばかり食べてましたねw







チベット建築と、日本建築(興味のない人は、スルーしてください




 チベット建築を見て思うのは、「装飾は華やか、構造は単純」でしょうか。柱は彩色している場合もあるし、華やかな布を着せられていることもあります。
 その柱の上に、舟肘木のような部材を乗せ、梁を渡し、根太・垂木を乗せてますね。舟肘木の部分も梁の部分も、装飾豊かです。





大経堂の内部 

 ただ、規模を大きくする場合でも、単純に柱が増殖していく感じですね。柱と柱を繋ぐ貫のようなものはなく、頭貫もなく、繋梁も見ません(タール寺にはありますが、それは中国式の建築を併用しているという意味で存在します)。

 写真の大経堂のような巨大な面積を持つ場合でも、柱を省略しようという意思はほとんど感じられず、ただひたすら柱を並べているように感じます。 いくら華やかな布を纏っているとはいえ、ちょっと柱が目障りに感じました。





大経堂の外部

 そして、屋根はフラット、要するに陸屋根で、周囲は壁に囲まれています。この壁は建物を支える重要な構造材であり、壁が崩れれば、屋根も崩れます
 その点も、「壁崩れても屋根崩れずの日中韓建築」と違うところでしょうか。





 ただ、タール寺の建築は純粋なチベット建築というより、大半が中国式の建築との併用となっていましたね。
 上の写真の建物は、手前の柱だけがチベット式で、それ以外はほとんど中国式ですね。

 完全に純粋なチベット建築をたくさん見ようと思えば、それこそチベット自治区か、あるいはインドのラダックの寺院を見なければならないでしょう。
 まあ、自分は中国式との折衷とは言え、チベット建築を見れて満足でしたけど。





柱省略に努力した日本建築



国宝・長弓寺本堂(1279年、生駒市)

 さて、日本建築とチベット建築を比較して特に思ったのは、日本建築は、建物内部の柱を出来るだけ省略しようと努力してきた、ということでしょうか。
 柱が林立するチベット建築を見たとき、それを強く思いました。かなり古くから、日本建築は建物内部、特に礼拝空間に柱は不要とばかりに、柱を省略することに心血を注いできましたからね。
 
 上の国宝・長弓寺本堂緑の星印の柱は後付けの柱で、元は3間に渡る大虹梁を架けていました。
 大仏様建築の導入で継手や仕口の技術が飛躍的に発達すると、柱の省略にも気合が入ったのでしょう。





国宝・西本願寺御影堂(1636年)

 大規模な面積を持つ建物でも、近世では飛貫虹梁や頭貫虹梁などが多用され、柱が省略される傾向が強く、柱があまり目立ちませんね。





大谷本廟仏殿(1870年、京都市)

 近代や現代に至っても、柱を省略しようとする意思は変わらず、いや、むしろ強化されているように思えます。写真の大谷本廟の仏殿は、礼拝空間の柱が全て省略され、1つもありませんでした。

 もっとも、これだけの大スパン、もしかしたら近年に改築され、鉄骨梁でも入れられているのかもしれません。もしそうであれば、まさに今現在でも、柱省略の意思は変わらないということですね。





 圧巻は天理教教会本部でしょうビックリマーク ズドーンと向こうまで突き抜ける巨大な和の内部空間は、他に比べるものがありません。
 自分は5回ほど行ってますが、東本願寺御影堂の空間が可愛らしく感じるほど。
 教会本部の建築は近現代のものですけど、やはり和の空間、柱を省略しようとする強い意思が、そこには感じられました。



 ・・・・とまあ、最後は何か脱線気味でしたけど(^▽^;)、柱を林立させるチベット建築を見て、日本建築の柱省略への拘りを特に強く感じたのでした。


終わり










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