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みことばを教えられる人は、

教える人とすべての良いものを

分け合いなさい。

思い違いをしてはいけません。

神は侮られるような方ではありません。


人は種を蒔けば、

その刈り取りもすることになります。


自分の肉のために蒔く者は、

肉から滅びを刈り取り、

御霊のために蒔く者は、

御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。


善を行なうのに飽いてはいけません。

失望せずにいれば、時期が来て、

刈り取ることになります。

ですから、私たちは、機会のあるたびに、

すべての人に対して、特に信仰の

家族の人たちに善を行ないましょう。


ガラテヤ6:6-10

Galatians 6:6-10


自分の蒔いた種は

自分で 必ず刈り取ることになります


自分で蒔いた種を刈り取るという

表現は パウロがいったみことばです


教会の中で みことばを

教えている人達に 経済的な援助を

することは 最終的に自分の助けに

なるということを教えています


この当時 どんどん教会は

大きくなりつつありました 

みことばを教える牧師への経済的

援助が 人々からなかったために

牧師は自分のいくつも仕事もし

みことばも教え かけもちに

疲れ切っていました


みことばを教えられる人は

教える人とすべての良いもの

すなわち経済的なものを

分け合いなさい

というみことばの命令を

守る必要があるのです


みことばを教える牧師が

多くの仕事をし 疲れ切ってしまい

みことばを教えられなくなったら


神様の計画を果たすことが

できなくなってしまうのです


自分の肉のために蒔く者は と

みことばにありますが

それは どういうことでしょう


それは自分が神様から

与えられてるお金や賜物を

つかうこともなく 

せっかく神様にもらったものを

自分の中に とじこめていたり

また 自分の欲の方を優先したり

神様からせっかく委ねられているものを

自分で独り占めすると

滅びという実をかりとってしまうのです


御霊の為に 蒔く者は

神様から預かっているものを

神様の計画の中で色んな場面で

人々のために惜しみなく使う人です

その人は 神様の愛の実 

永遠の命という実を刈り取るのです


だから みことばを教えるものが

疲れ切ってしまわないように

経済的な助け や 精神的な助けが

必要なのです


私たちは、機会のあるたびに、

すべての人に対して、特に信仰の家族の

人たちに善を行ないましょう


という今日のみことばに

あるように 神様の家族に善を

いこうでは ないでしょうか

あなたは みことばを教える牧師を

助けていますか?

それとも与えられるばかりですか?


Pastor RIE

Photo RIE


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