観てきました、『僕の彼女を紹介します』。

ここまで笑いと感動が混在した映画は、自分史上初めてだ。

前半は信じられないくらい僕の笑いのつぼにはまってしまい、映画館で一人自分の笑い声が響かないよう、目をつぶって我慢していたくらいだ。コ・ミョンウ先生の多くの不幸、苦難(例えば、車で旅行に行った時、薪を焚いている横でキスをしようと目をつむって…のシーンが印象的だが)に対して、ヨ・ギョンジン巡査は自分が関わっているのに、自分のせいではないよ、自分の責任ではないんだよといったような無邪気な顔つきで接しているところ、「何が起こったの?」みたいな態度で対応しているところなど、笑わずにはいられなかった(もちろんあのシーンも一種の事故だから、そういう対応をして当たり前なのだろうが、それでもギョンジンのあの対応は可愛くて笑えた。その一方でミョンウは本気で焦っているわけだし)。
後半シーンは感動のクライマックスへと移行していくわけだが、前半のこれら笑えるシーンがあってこその「感動」だったと思う。つまり、普通に感動作品として作っていたら「え?それだけ?つまんない。」って思いがちだが、前半のコメディタッチの箇所とのギャップがあったからこそ、感動の世界に落ちやすくなっているような気がした。

全体的には、気が付けば映像にのめりこんでいる自分がいたので、良かったのだと思う。前回見た酷評の多い「誰にでも秘密がある」と比べると、かなり良い作品だったと僕は思う。

ただ、韓国映画を見てよく思うのは、ストーリーの途中まではいいのだが、終わり方がつまらない。いや、もちろん途中もつまらない部分はあるが(例えば、小指の神話なんて、あの映像入れただけで映画の質が下がるな、とか、展開の早さとそのシーンを流す意味、重要性があまり感じられない、とも思った)。今回もミョンウが天国へ行くシーンなんて、なんだこのバレバレな合成映像は!とそこにばかり目がいってしまった。「秘密」、「ボク彼」両者に共通しているのが、死んだ人、天国へ行った人が現世に戻ってくるというところ。こういうストーリー展開は韓国で人気なのだろうか?

そんな酷評をしつつも、個人的には切なく泣ける映画だったと、その内容を評価したい。チョン・ジヒョンの切ない演技を見ると、感情移入してしまったわけだし。大切な人がいなくなった後を生きる残された人間の感情って、すごく複雑だと思うし、映画の枠を超えたその部分で考えさせられることは多いと思う。韓国の映画だからなのか、日本人の僕は最近韓国映画に親しみを感じています。

映画を観終わって、一日目の今日、外で風を感じてみた。今までは、風なんて吹いてるだけだと、何も意識していなかったが、それを大切な人の思いとして大事に感じている人も、もしかしたらこの世にいるのかもしれない。
自然の中に潜む、様々な人の思い。気付かない人が多いけど、それに気付いたとき、何か新しい世界が開けるかもしれない。

そう思うと、「風を感じるこの映画」が僕にも何かを与えてくれた気がする。

「風の中に僕のささやきが聞こえたら、僕と似た魂の人に君は出会える」、「僕はそばにいるよ。今日、君はその人にであうはず-」と書き残したメモ。
この言葉、どういう意味なのか、自分の中ではちょっとまだ悩み中です。

「猟奇的…」、実はまだ見てないんです。近いうちに見なければ。
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今日これから、観てきます。
『僕の彼女を紹介します』。
泣ける映画。いい映画。そんな噂をちらほら聞いているが。
他のブログを見るとネタばれされてそうなので、何も見ず映画館に向かいます。
そういえば最近このblog、ほとんど更新されてない。
すいません、大学院の授業で日中韓学生とのワークショップがあり、ものすごく忙しかったもので…。ニ徹なんてざらで…。
その話も今度blogで書きたいと思っていますが。
とにかく久しぶりの映画、楽しんできます。
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