「ハウルの動く城」のパンフレットを見て思った。というか実際は、以前から他の映画のパンフレットや、解説が掲載されている映画雑誌等を読んでは常に感じていたことなのだが。

 それは、「映画の評価や捉え方が、本当に人それぞれ異なるんだな」ということ。特に、「ストーリーに軸がなくてよく分からなかった」と一般的に酷評されている映画にこの傾向が多い。自分は逆に、そういう映画こそ面白いのではないか、そんな映画を作る監督こそ(映画作りが)上手い監督なのではないかと思う。人間各人考えることは違う。出身地も違えば、育ってきた環境も、今存在している環境も異なる。そんな人たちが同じ映画を観て、同じことを思う。そんな映画ってものすごく単純な映画ではないだろうか。それを否定するわけではない。そういう映画も必要だから。ただ、自分の経験と比較してみたり、自分の信条と照らし合わせてみたり、そうやって映画を観、考え、評価する。価値基準が異なるのだから、観る人によってそれらが異なることが、映画の一つの醍醐味だと思う。

 私が個人的に、そういう映画が好きなだけだろう。色々な意見が出てきて面白いのだ。映画の上映終了と同時に終わるのではなく、その後も映画の意味するところを考えたり、他の人のブログを読み漁る。そういう風に物事を考えられるようになると、小難しい映画も面白く感じられるかもしれない。映画『2046』への自分の評価を読んでいただき、コメントを多数いただけているのも、私と同様、考えることが好きな人が世の中にたくさんいるからだと思う。そう考えると、なんだか嬉しい。
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 「最近は映画を観ない」と書いた昨日の発言とは打って変わって、いきなり今日映画を観てきた。『ハウルの動く城』だ。さすがに公開5日目ということもあり、長蛇の列。うまいぐあいに上映の40分前に映画館に入ったので、結構前に並び、良い席が取れた。
 アニメーションを映画館で観るのは、『ドラゴンボール』以来だ(笑)。最近のジブリ作品はもっぱらビデオをレンタルして家で鑑賞してばかりだったから、期待と不安が入り混じっていた。

 とても心温まる映画だった。ジブリということで映像の素晴らしさに特に納得させられた。MovieWalkerというHPに「血縁でない新たな家族制、若さと老い、自由と契約、善と悪といった両義的テーマを複雑にからめながら、…(後略)」とあった。なるほど、確かにその通りだ。ただ、本題は「愛」だったな、と思う。一般的な「恋愛」だけではない。生物を愛する、平和を愛する、全てを含んだ「愛」。それがこの映画の一つの軸だったと思う。
 
 見方を変えると、さらに面白い発見もできる。私は、男の弱さ、女の強さが表現された映画でもあったように思う。人前では、強く、綺麗に装い、振舞う「ハウル」の本性は、弱く、臆病者だ。動く城の中での彼の言動はそれをよく表している。一方の「ソフィー」は、自分には魅力がないと思い込む性格であり、帽子屋の若い女の子達のようには振舞えない少女だった。自己嫌悪の感が否めなかったのに、ストーリーが進むにつれて、とても強く、凛々しいおばあさんになっていく、気が付いたらハウルを支えているし、90歳のおばあさんとは思えないほど若々しい。

 さて、そんなソフィーにかかった魔法が途中解かれていったのか、最後まで解かれていないのか、観終わった今も定かではない。現在、過去、未来をさまよっているようで、夢の中の出来ことであるようで、『ハウルの動く城』の世界観はものすごく不思議だ。魔法が解けたのかと思って観ていたが、よく観ると最後のシーンのソフィーは、白髪が残ったまま。う~ん…、この理由は一体??
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