OBTブログより
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2010/04/18
東京スカイツリーとレイライン

前回のエントリーで紹介した『レイラインハンター』。
ここには、全10章で10のエリアのエピソードを紹介しているが、これは、今までのレイラインハンティングの成果のほんの一部に過ぎない。
できれば、これから日本編だけで15冊くらいは出して行きたいと思っている(笑)。
というのはともかく、今回のエピソードでもまだ取材途中で、本文中には盛り込めなかったものもある。
そんなひとつが、東京スカイツリーにまつわるエピソード。
東京スカイツリーが、どうして唐突に下町浅草の一角に建設されることになったのか?
レイラインハンターとしては、地図でその立地を見たときに閃くものがあった。
大和朝廷の東国征服の最前線ポイントとして築かれた鹿島神宮は、
関東地方の主要レイラインのハブとなっていることは本でも触れたし、
荒俣宏氏の著作などでも有名な話。
その鹿島神宮から見て、冬至の入日は富士山に沈む形となっている。
神社としては異例な西南西を向いた参道は、正確に富士山=冬至の入日の方向を指している。
そして、その参道を延長していった先には、江戸城(皇居)、赤坂迎賓館、明治神宮と並ぶ。
東京スカイツリーの立地を見たときに、最初にこのラインが浮かんだのだが、デジタルマップにプロットしてみると、その予感は的中していた。
実際にはラインから200m程北になるが、これは東京の住宅密集地帯での用地買収などを考えれば、ここまで肉薄できたことのほうが奇跡的といえるかもしれない。
東京=江戸のレイラインといえば、もっとも有名なのは、徳川幕府開幕の後ろでブレーンとして絶大な影響力を持った天海僧正が仕掛けた日光東照宮と江戸城を結ぶラインや寛永寺・目黒不動の鬼門・裏鬼門ライン、
さらに五色不動の配置などが目立つが、じつは、江戸時代だけでなく、近代から現代に到るまで、レイラインや風水が都市計画に生かされている例が多い。
鹿島神宮と富士山を結ぶ冬至の入日のラインは、昭和初期に建設された小田急線もこれをはっきりと意識している。
下北沢から狛江にかけては10kmあまりの直線区間になっているが、これがまさしくこのラインにぴったり載っている(詳細はレイラインハンティングサイト参照)。
小田急創業者の利光鶴松は、大分の出身で、上京した当初は日光で鉱山開発を行っていた。
その事業が捗々しくなく、鉄道事業に転身して小田急を創業する。
その際、はじめは今の直線路をそのまま北東へ伸ばして、皇居の下を地下鉄として通す申請を出していたという。
ところが、地下鉄案は運輸当局に却下され、新宿へと大きく曲がる路線となった。
東京スカイツリーは、利光鶴松が当初構想していた皇居を突っ切って東へ伸ばしたまさにそのポイントにある。
21世紀になって早10年が経過した今でも、こうしたマジカルともいえる都市工学が実現されているのは、いったいどういうことだろうか?
『レイラインハンター2』では、真っ先に東京スカイツリーとレイラインの関係について掘り下げたいと思う。
2010/04/19
東京スカイツリーとレイライン その2

昨日は、東京スカイツリーが立地する場所が鹿島神宮-富士山ラインというレイライン上にあることを紹介したが、少し掘り下げると、また面白いことが見えてくる。
東京スカイツリーは、2003年に東京都心の高層ビル密集による東京タワーの電波障害を解消するために発足した「在京6社新タワー推進プロジェクト」の構想が元となっている。
このプロジェクトが建設用地を探す中で、名乗りを上げたのが東武鉄道だった。
東武伊勢崎線の業平橋駅と押上駅の間にあった約3.7ヘクタールの貨物ヤード跡地を新タワー用地として提供。
東武鉄道が全額出資する東武タワースカイツリー株式会社が東京スカイツリーの事業主体となる。
前回は、日光の鉱山開発にも関係していた利光鶴松が創業した小田急が、鹿島神宮-富士山ラインを意識していたことを紹介したが、
そのライン上に乗る東京スカイツリーは、同じ鉄道会社の東武鉄道の手になるというのが面白い。
徳川幕府を開いた徳川家康は、東照大権現として日光東照宮に祀られ、
古くから山岳修験の聖地であったニ荒山(ふたらさん=これを「にっこう」と読み替えて「日光」の字を当てた)
を背後に背負った日光東照宮からは、江戸城までニ荒山に発する「気」が送られるという構図が作られた。
日光東照宮の社殿は方位角173°15′30″の方向を向いている。
その方角の目の前には東照宮の守護寺である輪王寺が位置し、そのままラインを延長していくと、
旧古河庭園、柳沢吉保が元禄初期に徳川綱吉に下賜されて江戸下屋敷を築いた六義園、水戸藩邸があった小石川後楽園がぴったり並ぶ。
そして、江戸城天守閣に突き当たる。
旧古河庭園は明治に入ってから古河財閥の所有地になり、近代庭園として整えられたが、江戸時代には徳川将軍家御用達の鷹狩場だった。
風水では、山から発した気が龍脈という道を通って流れるとされる。
龍脈の途中には龍穴と呼ばれる気が噴出する場所があって、そこは池や沼であることが多いとされている。
また池や沼は流れ下ってきた気をそこでいったん溜めるコンデンサのような役割を負っているともされている。
そんな風水思想から敷衍してみると、天海僧正が仕掛けたと言われる日光東照宮から江戸城へと気を運ぶこのラインがかなりリアリティを帯びてくる。
ところで、東武鉄道はまさに東京と日光を結ぶ鉄道を敷くべく開設された。
1897年に会社設立。1929年に東武日光線を全通させる。
これにより、天海の構想した日光-江戸レイラインが鉄道路線という目に見える形となった。
利光鶴松が小田急を創業したのが1923年で、1927年には鹿島神宮-富士山ラインに沿った小田原線が全通しているから、あたかも昭和初期に鉄道を土俵にした風水合戦が東京で繰り広げられていたかのようだ。
そんな歴史を見てくると、東京スカイツリーが鹿島神宮-富士山ラインと日光-江戸ラインが交差する場所に建設されることが偶然ではなく思えてくる。
2009年8月19日付の産経ニュースに面白い記事が載っている。
「風水で運気を上げる車内弁当 東武鉄道 栃木」と題されたその記事には、
「東武日光線開通80周年を記念し、映画「おくりびと」の脚本などで有名な放送作家の小山薫堂(くんどう)氏がプロデュース。
江戸時代、風水に凝っていた徳川家康が「運気のいい場所」と考えていたとされる日光にちなみ、人気風水師の李家幽竹(りのいえ・ゆうちく)氏が食材を選んだ」とある。
古い街道は、都市の中心からランドマークであり山岳信仰の聖地であった山に向かって伸ばされるケースが多い。
鉄道もそれに沿わせるケースが多いから、東京にとってのランドマークである富士山に向かって鉄道が伸びていたり、
日光という聖地に向かって伸びる日光街道に鉄道が沿っているのも当たり前といえば当たり前かもしれない。
でも、富士山に沈む冬至の日を仰ぐように、
あるいは神となった徳川家康が江戸を守護する力が運ばれる目に見えない「道」があることをイメージして、鉄道や建築物を設置すれば、
それは同じように感じる人のイメージを喚起して、何か実際的な力を発揮するようにも思える。
東京スカイツリーという大建築のバックボーンに、そうしたロマンが潜んでいると思えるだけでも、かなり面白いと思うのだが。
2011/11/27
金環食とレイライン、東京スカイツリー

*オレンジのラインに挟まれた部分が金環食帯。
赤いラインは、もっとも食の大きな中心線。
青いラインが鹿島-富士山ライン。
東京スカイツリーは、ちょうど赤と青のラインの交点近くに位置する*
前回のエントリー『祈りの風景 06』では、ストーンサークルを中心とした花崗岩文化を紹介したが、
このエントリーをアップした直後に、長い間ご無沙汰していたTVプロデューサーの友人から連絡をもらった。
その内容は、2012年5月21日の金環食とレイラインに関連性はないかというもの。
『祈りの風景 06』でも少し触れたが、1960年代に天文学者のジェラルド・S・ホーキンスが「ネイチャー」誌上で、
イギリスにあるストーンヘンジが日食を予測する計算装置の機能も持っていたと発表した。
ストーンヘンジはイギリスを代表するレイライン「セントマイケルズライン」を構成するポイントの一つで、
以前から、ストーンヘンジのように単体だけでなく、レイラインのラインそのものが日食観測域を示すケースもあるのではないかと感じていた。
だが、日食が観測できる場所と時間は、太陽の出没時間のように簡単に計算できるものではないので、いずれ関連性を調べようと、ついつい後回しになっていた。
そして、前回のエントリーをアップしたのを機に、日食とレイラインの関連についてあらためて調べようとしていた矢先に、S氏からの連絡を受けたのだった。
2012年5月の金環食の観測域は、茨城県南部沿岸から太平洋沿岸を南西に、東京、静岡、名古屋、大阪、高知、宮崎、鹿児島と大きな都市を結んでいる。
この金環食帯の中の居住人口は8千万人で、日本人の3人に二人は自宅に居ながらにして壮大な天文ショーを観覧できる非常に稀な機会だ。
その観測域を示すラインを初めて見たとき、その中心線(もっとも食の大きな地点を結んだ線)が、鹿島神宮と富士山を結ぶレイラインにかなり近いのではないかという印象を受けた。
鹿島神宮から見て冬至の入日の方向に当たる富士山
(正確には夕陽はやや西にズレる。地球の歳差運動の関係で、鹿島神宮創建時には富士山頂と夕陽が一致していたという説がある)
を結ぶラインには、その上に様々な聖地やランドマークが置かれている。
その中には皇居や明治神宮もあって、日本でも代表的なレイラインの一つ。
これを今回の金環食の観測域に合わせてみると、ぴったり中心線に一致する…と想像したが、残念ながらこれは重ならなかった。
上の写真のように金環食帯の中に収まってはいるけれど、今回のこの金環食帯のバンドの幅は最大で230kmもあるので、関東から東海沿岸で適当なラインを引けば、すべて収まってしまう。
ところが、一つ不思議なことがある。それは東京スカイツリーにまつわることだ。
以前、東京スカイツリーの位置が、先の鹿島-富士山ライン上にあるということを紹介したが、今回の金環食では、鹿島-富士山ラインと金環食の中心線が交わる点の非常に近くに位置している。
さらに、東京スカイツリーの開業は金環食の翌日5月22日に予定されている。
偶然と言ってしまえばそれまでだが、東京の中心地にありながら飛び抜けて高く、360°の見通しがきく東京スカイツリーは、
今度の金環食を観測するのに、これ以上ありえないというくらい環境が整っている。
22日に開業ということは、前日はそれに先駆けて、何か儀式でも行われるのだろうか…。
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