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2012-03-27 13:29:35

平成23年度  専務理事  ~浦川克樹~

テーマ:ブログ

皆さん、こんにちは


平成23年度専務理事の浦川です。


ついに2回目の役員ブログがまわってまいりましたが

3月末の寄稿ですので、真面目に感謝の意を表したいと思います。


「わが命、わがものと思わず」(大江戸捜査網より)の精神で

太田勝元会長に一年間お仕えいたしました。

すでに次年度モードになってる方が多い中、私はずっとずっと勝元丸に乗っていたいと思っています。


先立っての上海航路第1便で、船中に会長と2泊したことでも明確です。

本当にさびしい気持ちの中、会長はじめ役員、理事者、全会員に感謝いたします。

30周年の記念すべき年度、つたない働きしか出来なかった私にご指導ご協力

頂きまして誠にありがとうございました。


思いはつきませんが、胸がいっぱいでこれ以上書くことができません。

ただ、最後にこれだけは言わせてください・・・



나가사키YEG 정말 최고야.

사실 나보다 가쓰모도씨가 아케치 미쓰히데 입니다.

감사합니다.




実際、私より勝元さんが明智光秀です
ありがとうございました



                          平成23年度 専務理事  浦川克樹

長崎YEGは本当に最高だ

(訳)





2012-03-26 11:51:08

平成23年度 出向理事 ~小林央幸~

テーマ:ブログ

こんにちは。23年度出向理事の小林です。


最後に役員ブログをとうことで、県連懇親ゴルフの事を書いてくださいと義川ブログ番長よりお話がありましたが、


このゴルフはみんなスコアがあまりよろしくなくて、ご機嫌ななめだったので、話題を勝手に変えて出向理事にまつわることを書きたいと思います。



そもそも、出向理事ってなんだよ?県連?九青連?日本YEG?と思ってらっしゃる方も多いのではないでしょうか。そういう私も出向理事を経験するまでよくわかってなかったので、最後にその辺のことを書かせて頂きたいと思います。


YEGの活動は基本的に長崎YEGや大村YEG、大分YEGなどと各地域の単位YEGを基本としています。


それを県でまとめた連合会が県連こと長崎県商工会議所青年部連合会です。


今、長崎には長崎・島原・諫早・大村・佐世保・平戸・松浦・福江とYEGが8単会あります。この8単会の会長中心に組織されるのが県連の役員会です。


ちなみに、出向理事も県連の役員の一人です。


23年度は、平戸YEGの早田さんが県連会長でした。24年度は島原YEGの本多さんが会長をされます。


会長をだす単会は輪番制で各単会をめぐり、県連会長を出した単会は、県連の会員大会を担当することとなります。長崎YEGはおそらく平成26年あたりに担当になると思われます。



皆様にFACEBOOKの県連グループへの登録をお願いしたのも県連の事業として行ったものでした。



 次に、各県連会長と各県連の出向理事を中心に組織されるのが、九青連こと九州商工会議所青年部連合会です。九州以外には、北海道・東北・関東・東海・北陸信越・近畿・中国・四国とブロックがあり、全部で9ブロックあります。



九青連の会長はブロ長(ブロック長)やブロ代とも呼ばれます。


23年度は、宮崎県連都城YEGの竹内さんがブロ代でした。


また、太田勝元会長は、22~23年度九青連の監事でした。



24年は大村の野島さんが九青連の会長を務めます。


その為、24年のブロック大会は長崎県連大村YEGが主管となって開催されることになるのです。


長崎YEGも副主管として大村大会の成功にむけて協力していかないといけません。



そして、日本YEGがあります。日本YEGの会員は、各単会そのもので、役員会は各県連から選出される出向理事を中心に構成されます。



出向理事は日本YEGの役員会に県連の代表として出席するために、県連会長を出向理事としている県連も少なくありません。



日本YEGが主催する主な大会は全国大会と会長研修会とブロック大会です。大村であるブロック大会も主管は大村ですが、主催はあくまで日本YEGなんです。この辺がややこしい。

長崎YEGは過去に全国大会と会長研修会を開催しています。



今のところ長崎県連も九青連も委員会活動のようなことは行っていませんが、日本YEGには委員会があります。


単会と同じように総務・広報や、各種大会をサポートする企画委員会等です。ちなみに私はビジネス情報支援委員会に所属しておりました。


23年の早田県連会長は24年度日本YEG研修委員会の委員長を務めることとなってます。




まだまだ説明しきれてないことが沢山ありますが、なんとなく各組織をわかっていただけたでしょうか?わからない?ですよね。



しかし、私も疲れてきちゃいました。続きはまたの機会ということです・・・



なにはともあれ、今年度は出向理事として、かなりいろんなところへ行かせて頂き、多くの出会いがあり、さまざまな経験をさせて頂きました。


次の出向理事の輪番が長崎YEGにまわってくるのもすぐかもしれません。


多くの時間を割かなければならないのでなかなか厳しいかと思いますが、もし行けるチャンスがあれば是非手を挙げて行って頂きたいと思います。必ず良い経験ができるとお約束いたします!


最後に、今年度出向させて頂き、長崎YEG・長崎県連の皆様、誠にありがとうございました!




              平成23年度 出向理事 小林央幸

2011-11-24 11:10:54

『次郎物語!?』

テーマ:ブログ

現在、キムタク主演で『南極大陸』というドラマが放映されている


見たことはないが、今回はこれにあやかって、ジロー物語をお話ししよう



時は世紀末!!

1999年12月、当時、私は現場監督をしており、ちょうど13階部分のコンクリート打設をしている時であった


『ん!?腹が痛い・・・』


『今は大事な時!この場を離れられん!我慢せんば!』


『ん!ん!我慢できん!!・・・ん!ん!ん!』


建設中で当然エレベーターはなく、階段も工事中・・・


『足場しかない』


足場の階段は、歩きにくい上、下まで降りるまで遠回りが続く


もうちょっとで、1階の仮設便所に辿り着こうとしたとき、

お尻の部分が・・・冷やっと・・・


『あれっ』


タレかぶったわけではなかった・・・


が、パンツが赤く染まっている


何が起こっているのか、わからない・・・放心状態とはこのことか!?


事を済ませたあと、コンビニで小学生以来のグンゼのパンツを購入・・・



この事件を機に、銅座の横断歩道で・・・など数回続いたため、浜口の病院へ


『先生、ぼく大腸ガンかもしれません』


『君の腸は、人より元気だよ!心配しなくていいよ!』


先生の力強い言葉で安心したが、この症状は不治の病と心に受け止め、

一生上手に付き合っていこうと決めた



そして、2001年に青年部に入会


飲む機会が半端なく増え、それに比例するかのように腫れていった


不治の病はだんだん僕をむしばんでいき、10分歩くと・・・出る


ソフトボールなんかした日にゃ、守備につく間に出る


その場で、みんなに気づかれないように引っ込める


土で手を洗う


ボールが来る


その手で仲間に投げる


『みんな、ゴメン』


ベンチに戻る


出る


引っ込める


手を洗う


エンドレス・・・・



こんな想いを僕はみんなに打ち明けた


すると、久〇田先輩が、ニヤっと内ポケットから薬の差し入れ


『うぉー神様仏様』



また、ある日、今や横綱、住〇先輩から相談が


『どこの病院がよかと?』


『まだ、病院行ってないんで・・・』



また、ある日、江先輩から、『先輩が行ったらしかけど、よか病院のあって日帰りらしかよ』


『切らんちゃよかとってよ』



青年部のネットワークって、すばらしい


打ち明けて数日で、こんな感じでポンポンと情報が入ってくる



でも、病院に行っても『僕のは不治の病。みんなとは違う』


そんな思いが僕の行動を止めていた



そして、今年の新年賀詞交換祝賀会にて


同志の久〇田の兄貴が

『正月の間まぐれとった。もう我慢できん。病院行ってみる』


兄貴が探した病院は、江先輩が言ってたとこと一緒だった


僕は、『兄貴、不治の病はそんなに簡単に・・・甘いっすよ・・・』と心に思いつつも、

結果が非常に気になっていた


『兄貴、どがんやったですか』


『うん、1ケ月薬塗れば治るって』


すごく嬉しそうだった


その表情をみた僕も自分の事のように嬉しかった


そして、僕に勇気と希望を与えてくれた兄貴に感謝し、

僕も不治の病と闘う決心を固めた



2月15日決戦の日



僕の不治の病は、注射数発という30分ほどの簡単な手術であえなく幕を下ろした


不治の病のはずが・・・・


あっけなかった・・・・


僕の10数年の苦しみは・・・


なんだったんだ・・・・



次の日から、ちょっと痛いが、仕事も出来た


便が通る感覚までリアルにわかる


自分とは思えない


失った10数年を取り戻した、まるで、えん罪で刑務所から出てきた人のような想いだった



僕は、うれしくってうれしくって、道行く人々にスキップでうれしさを表現した


知り合いに会えば、この思いを大いに伝えた


そう、僕のように不治の病と思い込んで苦しんでいる同志に、あきらめちゃだめだって伝えたくて


facebookを始めたのも、世界中の同志を助けたくてと言っても、過言ではない




そして、時は過ぎ、8月に入った頃


ん!?


ん!?ん!?


またも違和感が・・・


不治の病はそんな甘いもんじゃなかった・・・


『先生~もう大丈夫って言ってたのに・・・再発したですよ~』


『どれどれ、見せてみんね』


・・・・・・・・・・ドキドキドキドキ


『こいは、また違うとの出来たばい』


がびーーーん!!


『これは、薬で散らして治るけん、大丈夫!大丈夫!』


『あーよかった』


それから、1か月・・・2か月・・・治らない・・・というか、ひどくなってる・・・


そして、30周年記念事業が近づくにつれ、超ピークに・・・・


島ちゃんには、普通に歩いているだけで


『今、痛かやろ』って言われ・・・・



ぼくと先生は、ビッグNスタジアムでの事業が終わるのを待ち、第2回目の決戦の日を決めた



11月7日 第2回決戦の日



今度は・・・斬った!!


『景気のいい時代なら、1~2カ月は入院せんばとけど、そんな時代じゃなかし、でも2日は休まんばよ』


今回も30分程で終わり、自宅へ


翌朝、調子がよかったので、仕事に行ったら昼から39度の高熱・・・


結果、3日間休むことになった


それからも、約1か月・・・ヅキヅキ



そして、今日は12月15日


今から経過報告に久々病院に向かおうとしている


すっかり傷も癒え、元気である


たぶん、今日で病院ともおさらばだと思うと、ちょっと名残惜しい



今度、兄貴や横綱と『次郎会』を結成しようと思う


まずは、3人で発足するが、青年部には隠れG!も多いと聞く


そんな隠密同心さんや恥ずかり屋さんも、『次郎会』は温かく迎える


さぁ、同志の皆さん、我々にしかわからないこの想いを明るく前向きに討論しましょう



それでは、今回はちょっと固い話になったが



おしまい


















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