ニューヨークから続く時差ぼけの影響なのか、帰りの飛行機で熟睡しすぎたのか、まったく眠れないので朝までかかって村上春樹の「1Q84」BOOK3を読み終えてしまいました。
青豆が1Q84の世界から現実の1984の世界へ戻ってきたように、今朝カンボジア・シュムリアップから戻ってきました。(読んでない方は何のことかわかりませんね・・・)そこは同じ地球の上でも異次元の世界で、私たちが住み暮らす日本という国と根本的に作りが違う国です。
カンボジアの小学校では1年生のクラスを担当させていただいたのですが、正直申し上げると、私は最後まで彼らや彼女たちの目と真剣に向き合うことが出来ませんでした。
教室の中には、生まれながらにしてHIVに感染しているという絶望的な運命に向き合っている子供もいれば、貧困ゆえ今日教室にいても、明日この場所にいることが保障されていない子供もいます。
日本の小学1年生であれば、新入学に揃えてもらった新しい制服とまだ革の匂いが残っている新品のランドセルがあたりまえのように存在する教室かもしれません。何代も受け継がれたお下がりの制服とほとんどが素足で教室にいる小学1年生の子供たちは、無邪気ながらもしっかりと自分の人生を受け入れているのです。
自分の置かれている環境を受け入れて、真剣に生きている。そこに不平や不満が入る余地もなく命がけで生きようとしています。今を生きることに必死なのです。
おそらく、そんな人々の心には自然に「OMOIYARI」が宿るのだということが確信できた旅でした。そんな真剣に生きている人の目を、たやすく真正面から見据える度胸を私はまだ持ち合わせていません。
「OMOIYARI」の心を伝えに行ったのではなく、「OMOIYARI」の心を授かりに行ったというのが正直な感想です。
今回のGTSも(仮称)JCIカンボジアのメンバーと共に多くのプログラムを行いました。11月の大阪の世界会議でJCIカンボジアが正式に承認される可能性があります。今の段階ではその確率が高いとも低いともいえません。
偶然にも「1Q84」が3部作で完結するのと同じように、2008年会長 高野先輩、2009年会長 豊田先輩と3年に渡り続けてきた近畿地区のカンボジアでのGTSはその設立を持って最終回を迎えようとしています。
そして、そのミッションを担当してきた2008年森田委員長、2009年吉村委員長の執念ともいえるGTSへのこだわりは2010年木田委員長に確かに憑依していました。彼らが繋げてくれたカンボジアの青年たちとJCIのパイプは3年という歳月を経てようやく水が漏れない程度までの強度が備わったのです。
奇しくも、解団式で草刈副会長が述べたように、「僕たちは点になることが出来た」のかもしれない。単年度制の欠点を補いながら3年という時間をかけて、ようやくひとつの点になれたのである。
地球儀から見れば顕微鏡でも探すこのできないくらい小さな点かもしれないが、私たちは間違いなく大きな水面に落ちる一滴の水滴の役割を完遂出来た。それでいいと私は思う。
ありがとう OMOIYARI運動推進委員会、そして参加してくれた70名の近畿地区内JCメンバー。
ありがとう 2010 GTS















