2012年02月10日(金)

サポートするとき何が一番大切か?

テーマ:行動
すばらしいメルマガに出会いました

鏡の法則で有名になった


野口嘉則さんのメルマガです。
かなり長いです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<2012/2/9>━━━

こんにちは、野口嘉則です。

いかがお過ごしでしょうか。

最初に、僕の個人的なことをお知らせして(^^
その後に、今回の本題となる話をしますね。

まず、僕の個人的な情報ですが、
遅ればせながら、Facebookを始めました!

僕は、恥ずかしがりな性格なので、
顔写真を公開しておりませんが、
Facebook上に限って、公開することにしました(汗)

いろいろな方と交流するのが楽しみです^^

Facebookの僕のページは、以下のURLです。
→ http://www.facebook.com/noguchi.yoshi

すでにFacebook上での情報発信も気楽に始めたところですので、
ご興味ある方はお気軽に覗いてみてくださいね。

もちろん、コメントの書き込みなど大歓迎です。



では、本題に入ります。

あなたは、人と関わったり、人の相談に乗ったり、
人をサポートしたりするとき、

何が一番大切だと思いますか?



関わり方次第では、
相手の自立をむしろ妨げてしまう場合もあると思うんです。



相手の “幸せ” に最大限に貢献するためには、
相手の “自己実現” に最大限に貢献するためには、
相手の “自立と成長” に最大限に貢献するためには、

どのようなサポートをする必要があるのでしょうか?



たとえば、あなたが、
パートナー(配偶者)や友人の相談に乗るとき、

あるいは、あなたが、
子どもや部下や後輩の 自立と成長 をサポートするとき、

あるいは、あなたが、
講演 や セミナー の講師として、
(参加者)の 気づきと成長 をサポートするとき、

あるいは、あなたが、ブログ や メールマガジン や 本 の著者として、
読者の 気づきと成長 をサポートするとき、

あるいは、あなたが、
アドバイザーとして、コンサルタントとして、メンターとして、
ファシリテーターとして、コーチとして、
誰かのサポートをするとき、


それらの場面で、一番重要なことは何でしょう?



まず、この問いについて、
いろいろな角度から考えてみましょう。



ユージン・ジェンドリン博士という人がいます。

このジェンドリン博士という人は、

カウンセリングの祖であるロジャーズ博士のもとで
心理カウンセリングを学び、
後に “フォーカシング” という手法を開発した人です。



そのジェンドリン博士が、
フォーカシングという優れた手法を開発するに至った経緯が
おもしろいのです。


博士は、

「心理カウンセリングを受けることによって、クライアントに
成果が出る場合と出ない場合があるが、その違いは何か?」

という問いをもって、
カウンセリングのたくさんのケースを調査・研究しました。



実際のカウンセリングの場面において、
カウンセラーとクライアントの間にどのような対話が行われ、

そして、クライアントにどんな気づきが生まれ、
その結果、クライアントが現実生活においてどんな成果を
手にしたのか。

ということを、
たくさんのカウンセラーの協力のもとに、調査したのです。



調べてみると、

経験も力量もあるベテランカウンセラーのもとに長いあいだ
通いながら、
クライアントになかなか変容が起きない(=日常生活に成果
が出ていない)というケースもたくさんあったし、

逆に、
経験の浅い“駆け出し”カウンセラーのもとで、
わずか数回のカウンセリングをしただけで、
クライアントに変容が起きた(=日常生活に成果が出た)と
いうケースもたくさんありました。



では、
成果が出ているケースの共通点は何だったのでしょう?



成果が出ているケースをいろいろ調べてみると、
クライアント側の方に、ある共通点があったのです!



成果が出たケースにおいては、

カウンセラーの質問に対して、
クライアントが 「そうですねー・・・・・・・(沈黙)・・・・・・」 と
沈黙する場面がとても多かったのです。



たとえば、
「そのときあなたは、奥さまの言葉を聞いて、どんな気持ちに
なったのですか?」
とカウンセラーが質問したときに、

クライアントが、すぐに
「そりゃあもう、悔しいやら、腹が立つやら、情けないやらで」
などとすぐに話し始めるようなケースでは、

クライアントに深い気づきも生まれにくいし、
変容も起きにくい。
ということがわかりました。



一方、成果が出ているケースでは、

「そのときあなたは、奥さまの言葉を聞いて、どんな気持ちに
なったのですか?」
とカウンセラーから、同じように質問されても、

クライアントは、すぐに話し始めたりせず、
目を閉じて、その場面をゆっくり、リアルに思い出しながら、
意識を自分の内面の深いところに向けて、
心の中に起きていることをじっくりと感じ取っているのです。

つまり内面を感じることにじゅうぶんな時間をかけるわけです。

しかし、この、心の中に起きているナマの感じというのは、
あいまいで、混沌としていて、
なかなか言葉にすることができません。
(このナマの感じのことを「フェルト・センス」と言います)


それでもクライアントは、
カウンセラーの質問に答えるために、なんとかそれを言葉
にしようとします。

そして、
その言葉にならない感じをなんとか言葉にするために、
さらに丁寧に、時間をかけて、そのナマの感じを味わって
探るのです。



成果が出たケースにおいては、
以上のようなプロセスを経ていたので、
クライアントはしばらくの間、沈黙していたわけですね。

(余談ですが、ジェンドリン博士は、この研究を経て、
クライアントが上記のようなプロセスを経ることができるよう、
フォーカシングという手法を開発しました)



カウンセリングやコーチングのセッションにおいて、
クライアントが、「なるほど!」 とか 「そうか!」 などと
気づくことは、よくあることです。

しかし、ここで大切なのは、
その気づきがどれだけ深いか、なのです。



クライアントが “深いレベルで” 気づきに至るためには、
とても重要な条件があります。

それは、クライアントが時間をかけて、自ら考え、自ら葛藤し、
自ら内省し、

そして、自分で気づくこと(=内発的な気づき)です。



もちろん、このような深い気づきは、
インスタントに得られるものではありません。

何回ものセッションを重ねていくうちに、
あるとき、あるセッションの中で、
とても深~い気づきが訪れたりするのです。

まさに「機が熟す」のを待つ必要があるんです。



ここでの重要なポイントは、

どんなに時間がかかっても、
クライアントが自分で気づくこと(=内発的な気づき)です。



これはカウンセリングやコーチングに限らず、
人をサポートする場面に共通する原則です。

ですので、
コンサルタント、メンター、ファシリテーター、コーチ、

それから、親、上司、師匠など、

人をサポートする立場にある人にとっては、
最も大切な原則であると思います。



一方、
の人(カウンセラー、コーチ、・・・)から何かを指摘される
ことによる気づき(=外発的な気づき)は、
内発的なきづきと比べると、
クライアントの変容にはつながりにくいという傾向があります。


また、外発的な気づきが中心になってしまうと、

クライアントの中の力(悩む力、葛藤する力、探る力、判断
る力、自分で決める力、等)が育たない上に、

カウンセラーに対する依存心が起きるので、
クライアントの自立と成長の妨げにもなります。



もちろん、プロのカウンセラーやコーチは、基本的に、
このあたりのことをしっかり訓練しているので、

クライアントが悩み、葛藤し、内省するのを邪魔したりは
しませんし、

上から目線で何かを指摘したり、アドバイスしたりはしま
せん。

静かでゆったりした安全なスペースを提供して、
クライアントが悩み、葛藤し、内省するのを見守り、
そしてクライアントの口から出てくる言葉を傾聴します。

(すべてのカウンセラーやコーチがそういうスタンスでやって
いるというわけではありません)



ちなみに、

カウンセリングの祖であり、
全米心理学会による「20世紀に最も影響の大きかった心理療法家」
という調査でも 1位に選ばれたカール・ロジャーズは、

次のように言っています。

「人間には自己実現する力が自然に備わっている。
したがって、カウンセラーはクライアントに対して、
何かを指摘したり、アドバイスしたり、指導したりするのではなく、
『答はクライアントの中にある』ということを信じて、
クライアントの中の力が現れるのを待つことが大切である。
クライアントに起きるプロセスを受容しながら見守ることが大切
である」

「カウンセラーがクライアントの代わりに答を探してはいけない。
クライアントの宿題を奪ってはいけない」



深いですね(^^



さて・・・

ここまでお話ししたことは、
心理カウンセリングやコーチングの場面に限らず、
人をサポートするときに共通する原則です。



僕たちがサポートしようとしている相手が、

パートナー(配偶者)であれ、
友人であれ、
子どもであれ、
部下であれ、
クライアントであれ、
聴衆であれ、


サポートする側の僕たちにとって大切なのは、

「相手の人生を切り開くための答は、相手の中にある」
と心から信じてサポートすること。



これは、言い方を変えると、

「相手の人生を切り開くための答は、私にはわからない」
という意識を持つことです。


また、
「相手の心の中に起きていることは、私にはわからない」
という意識を持つことでもあります。



実はこれが、けっこう難しいことなんです。

なぜならば、僕たちはすぐに、
「わかったつもりになる」からです。



僕たちは、
目の前で起きていることをありのままに観察するのではなく、
自分の頭の中にある知識や経験に当てはめて、
わかったつもりになってしまいます。

『U理論』の著者オットー・シャーマーは、
これを「ダウンローディング」 と呼んでいます。

目の前のものごとを見ているようで、
は、自分の頭の中にある情報をダウンロードしているのです。



僕たちは、目の前の人に対しても同様のことをしてしまいます。

相手のことを、
自分が知っている理論や知識に当てはめて理解し、
「わかったぞ」 などと思ってしまうのです。

しかしこのダウンローディングでは、
相手のことを本当に理解することはできないですよね。



オットー・シャーマーによると、
相手のことを深く理解しようと思ったら、

ダウンローディングするのをやめて、
(=相手に対して評価や価値判断を下すのをやめて、)

「相手のことは、相手にしかわからない」
「自分は相手の心の内のことまでは知らない」
という視点に立ち、

ニュートラルな好奇心をもって相手に対することが
不可欠だと

しかし、若いころの僕は、

心理学などを学ぶと、
すぐに、学んだ理論やフレームワークを周りの人に当てはめ、
そのフィルターを通して見たりしていました。

これは典型的なダウンローディングですね。

こうして、
本当のその人のことが見えなくなっていくんです。



僕自身の反省を込めて、もう少し詳しく話しますね(^^;

僕が20代半ば~後半のころのことですが、

当時、僕は、心理学を学んで覚えた理論やフレームワークを、
仕事の仲間や後輩に当てはめて、
そのフィルターを通して彼らを見たり、
指導したりしていました。



たとえば僕は、

「君が行動できない理由を僕が教えてあげようか。
君は△△△△になることを怖れているんだよ。
どう? ピンと来るでしょう。
そして、その根本的な原因になっているのは、
君の心の中にある『○○○○するべきである』という
ビリーフなんだよ。
君はその非合理的ビリーフを信じ続ける気なの?」

だとか、

「君が人生で繰り返しているパターンの背後にあるのは、
君の人生脚本というやつだよ。
おそらく君は、子ども時代、□□□□な性格の親から
育てられたんじゃない?
・・・・・やっぱりそうなんだね。
そして君は、そのとき作った人生脚本を今も採用し続けて
いるんだよ。
採用し続けるのも、手放すのも、君次第なんだよ」

なんて具合に、指摘するわけですね(^^;



するとこれが、けっこう当たっていて、
言われた方がグサッとくるんです。

「うわ、野口さん、それグサッと来ました。
そのとおりですね、腑に落ちました。
目からウロコが落ちました!」
みたいな感じで、
その人に気づきが起きたりするわけです。

そして中には、
けっこう感動したり、喜んだりしてくれる人もいるわけですが、

しかし、このような外発的な気づきは、
その人の根本的な変容にはつながりにくいんです。
(一時的・短期的に変容したように見えることはありますが、
やがて息切れします)


そして何よりも問題なことに、このようなやり方では、

その人の「自ら考え、自ら見つけ出す力」が育たないし、
また、その人が僕に依存するようになるんですね。
(僕に依存的な尊敬心を抱くようになったりします)



最初は僕も、
そのような人たちが敬意を示してくれるので、
なんとなく心地よかったのですが(^^;

その人たちが仕事で結果を出せていないことに気づきました。



僕はその人たちの自立を妨げるようなサポートをしていたのです。

さらに僕は、
その人たちのことを深く理解できているわけではありませんでした。

心理学的な理論に当てはめて、
その人たちの「考え方のクセ」を指摘することをやっていただけで、
本当の意味で、その人という人間を深く理解し受け入れることが
できていませんでした。



それに気づいたのは、30代になるころに、
本格的に心理カウンセリングを学ぶようになってからです。

自分のやっていたことが、
いかにトンチンカンなことだったかを自覚したのでした(^^;



たしかに、目の前の人に対して、
学んだ理論やフレームワークを当てはめて見れば、
その人のことがわかったような気になるんですが、

それは、本当の意味で、
その人の深いところを理解したことにはならないんですね。

人間というのは、そんな浅いものではないと思うんです。



「相手の人生を切り開くための答は、相手の中にある」

「相手の人生を切り開くための答は、私にはわからない」

「相手の心の中に起きていることは、私にはわからない」

という姿勢が大切だと思うんです。



この、「私にはわからない」という姿勢のことを、
「無知の態度(無知のポジション)」と呼びますが、

この「無知の態度(無知のポジション)」こそ、
ダウンローディングを脱して、相手を深く理解する上で、
とても大切な姿勢なんですね。



日本を代表するユング心理学者である
河合隼雄先生の言葉も紹介しておきましょう。



河合先生は、クライアントの話を聴くときに、
次の心構えで聴かれるそうです。


「今まで学んだ理論をすべて忘れて、目の前のクライアント
の話に耳を傾ける」


「方向性を全部捨てた集中力で聴く(=導こうとしない)」


「何もしないことに全力を注ぐ」


「その人の中から何かが出てくるまで待つ」


(以上、『無為の力』 河合隼雄 著より)



また、「臨床心理と日本文化」という講演の中で、
河合先生は、次のような話をされています。

「科学的な方法を人間にも当てはめようとするのはナンセンス
です。
科学の世界においては、客観的理論は万物に適用できます。
しかし、人間にはおいては、そうはいかないのです。
あなたに通用した理論や手法が、必ずしも他人に適用できる
とは限らないのです。
その人が自分で自分を探求するのを、私はサポートします。
大切なのは、その人が内界を探求する場を作ってあげること
です」



そういえば・・・

カウンセリングの講座に通っていたときに、
おもしろいデモンストレーションがありました。



先生が、参加者(受講生)の一人(Aさん)を指名して、
前に出てきてもらい、

「Aさん、今からカウンセラー役をやってください」
と言いました。

そして、会場の参加者の中からもう一人(Bさん)を指名し、
「Bさんは、クライアント役をやってください」
と言いました。

そして先生は、
「ではBさん、今から本当にカウンセリングを受けるつもりで、
自分の悩みごとを一つ、Aさんに話してください。
Aさんは、カウンセラーとして、Bさんのカウンセリングをして
あげてください。
みんなが見ているから緊張するかもしれませんが、頑張って
くださいね」
と言ったのです。



こうして、公開カウンセリングが始まったわけですが、

Aさんは、カウンセリングを学び始めたばかりの初心者で、
しかも、とても繊細な雰囲気の人でした。

そして、みんなに見られているという状況だったため、
Aさんは極度に緊張してしまい、
クライアント(Bさん)の話をちゃんと聴けていませんでした。


けっこう複雑な悩みごとを話し始めたBさんに対して、

Aさんは
「な、なるほど。ということは、あなたが悩んでいるのは・・・
ということなんですね」
と返すのですが、ピントがズレているんです。

それでBさんが、
「いや、そうじゃあないんです。私が悩んでいるのは***と
いうことなんです」
と修正します。


しかし、しばらくすると、
Aさんがまた、ピントのズレた言葉を返します。

するとBさんが、
「それはちょっと違うんですよ。うーーーん、私の説明が悪い
のかなあ。じゃあ、別の例で説明しますとね、・・・・・という
こともあったんです」
などと丁寧に説明します。


こんなやりとりが何度も続いた結果、
なんと、クライアント役のBさんは、

「かなり整理できました。何をやればいいのかが、自分なり
に見えてきました」
と言ったのです。

つまり、
(緊張のため)なかなか理解してくれないAさんに、
Bさんは、自分のことをわかりやすく説明しようとして、
いろいろな角度から説明をしたわけですが、

そのことによって、
Bさんの思考と感情がすっかり整理されたのです。



先生は、このように解説してくれました。

「カウンセラーのアウェアネスが低かったので、
まるでバランスを取るかのように、
クライアントの方のアウェアネスが高まったのです」

(注釈・「アウェアネス」とは「気づき、自覚」のこと。
「アウェアネスが高い」とは、「いろいろなことに、よく
気づいている」ということ)



そして、次に先生は、

「こんどは私がカウンセラー役をやりますので、
どなたかクライアント役をやってください」

と言いました。

そして、Cさんがクライアント役に手を挙げ、
また、公開カウンセリングが始まりました。

Cさんは、自分の悩みごとを話し始めたのですが、

先生は、Cさんの話す内容に対して、
正確に理解を示しつつも、さらに、

「Cさん、あなたが本当に悩んでいるのは□□に関すること
ではないですか?」

「Cさん、あなたに起きていることは、心理学では○○○と
言うんです」

「Cさん、あなたの話からあなたの性格傾向が見えてきます。
あなたは、・・・・・・するのが苦手でしょう?
それはあなたの△△△という性格傾向に起因するのですよ」

といったことを次々と指摘していきました。



その都度、Cさんは、

「まったく、そのとおりです」
「おっしゃるとおりです」

と納得するばかりでした。



そして、カウンセリングセッションが終わったあとに、
先生がCさんに感想を求めました。

するとCさんは、
「言われるまで気づかなかったことばかりですが・・・、
何から何まで、先生のご指摘のとおりです。
反論できる要素は何一つありません。
しかし、いちいち先生のご指摘どおりなんで、
すべて見透かされているような気がして、
なんだか、自分が薄っぺらい、情けない人間である
ような気がしてきました」
と言ったのです。

そして先生は、
「Cさん、ごめんなさいね。
Cさんが、そんなふうに感じたのは、
今の私のカウンセリングスタイルの影響だと思うんです。
実は、わざと悪いカウンセラーを演じたのですが、
今のカウンセリングでは、
カウンセラー(=私)が高いアウェアネスを持って、
ク ライアントにバンバン指摘していったのです。
すると、まるでバランスを取るかのように、
クライアントの方のアウェアネスが落ちていったのです。
そして、カウンセラーが自信満々に指摘すればするほど、
クライアントは自信を無くしていったわけです。
皆さん、見ていてわかったでしょう」


(参考 : 以上のことをもっと知りたい方は、
「グループダイナミクス」や「家族療法」や、
プロセスワークの「ロール理論」等が参考になります)



先生は続けました。

「さて皆さん、今の私が演じたカウンセラーと、
さっきのAさんがやってくれたカウンセラーとでは、
どっちが、心もとないカウンセラーに見えましたか?」

何人かが「Aさん」と答えました。

「では皆さん、結果として、どっちがいいセッションだった
と思いますか?
どっちのカウンセラーの方が、クライアントの気づきに貢
献したと思いますか?」

多くの人が、「Aさん」と答えました。



先生はさらに続けました。

「カウンセラーの姿勢は、いろいろなレベルで、クライアン
トに影響を与えます。
カウンセラーが、クライアントの代わりにいろいろなことに
気づき過ぎると、クライアントのアウェアネスが下がります。
カウンセラーが自信満々に指摘を繰り返すと、
クライアントはどんどん自信を失い、依存的になります。
また、上から目線で、クライアントのことを『導いてあげよう』
などという思いでカウンセリングすると、
クライアントの劣等感を刺激し、やはりクライアントは依存
的になります」


「カウンセラーとして避けなければならないことは、
『先生は、私のことを、私以上にわかるんだ』 とクライアント
に思われることです。
これはクライアントの自立を妨げます。
逆に、『私のことは、世界の誰よりも、私自身がわかるんだ』
とクライアントが思えるような、そんなカウンセリングをする
ことが大切です」



ずいぶん、長いメルマガになってしまいました(^^;

とりあえず、このあたりまでで、
あなた自身のご参考になったとことはありますか?



そろそろ話をまとめましょう。

今回のメルマガでは、
まず、人をサポートするときに最も大切なものは何か、
というお話をしました。


そして、逆に僕たちが人からサポートを受けるとき、
僕たちは、そのサポートしてくれる人に依存してしまいやすい
傾向を持っています。

なぜなら、僕たちの心の中には
「自ら考え、自ら悩み、自ら葛藤するというプロセスを省きたい」
という心理があるからです。



僕たちが、真に自由で創造的な 生き方をするためには、

与えられた答を鵜呑みにするのではなく、
自分で一から考え、悩み、葛藤する必要があります。



しかし、この作業は、ときに苦しみをともないます。
不安や孤独感をも、ともないます。

「自由に生きる」ということは、
「自分で考え、自分で選択することにともなう苦しさや孤独
感を引き受けて生きる」 ということでもあるんです。

しかし人は、その苦しさや孤独感から逃れたいあまり、
何かの権威によりかかり、
その権威から、「このように生きれば大丈夫」という保障を
もらおうとするのです。



このことは、
エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』という本に
詳しく書いてありますが、

人は自由を望んでいるようで、
実は自由から逃れたがっているのです。

より正確に言うと、
人は、自由にともなう「責任、葛藤、不安、孤独」から逃れた
がっており、

そのため、何かの権威にすがってしまいやすいのです。

これが、依存の心理です。

(以上のような心理から、1930年代のドイツ国民は、ヒトラー
のようなカリスマを指導者として選んだのでした)



権威やカリスマに依存するのではなく、

「自分の人生を切り開くための答は、自分の中にある」
と信じて、
自ら考え、悩み、葛藤し、人生の方向を見出していく。

そんな生き方をしたいものです。



なお、この「依存と自立と創造的な生き方」については、
本日更新した僕のブログ記事
「人生の解決策はどこにある? 自立&創造型の生き方」
http://coaching.livedoor.biz/archives/51887371.html
も読んでいただくと、
さらに深く理解していただけると思います。



以上、

僕という未熟な人間の「現時点での個人的な考え」を
お話ししました。

最後まで読んで下さった方には、心から感謝します。
ありがとうございます!

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以前、ある経営者の方と話をしている時に、1人会議が重要と伺いました。

自分で議題を出し、自分で答えを出す。


答えはすべて自分のなかにあるから・・・

あれから、何を決めるときや、迷ったときにはしている1人会議。

今では、自分の理想とする姿を思い描き、実現してきましたが、

何かが足りないと思ってました。

実現した先の姿。

実現したあとにどうしたいのか?

1人会議のやり直しです。

すべての答えは、自分のなかにある。

だからこそ、1人会議は重要です。

まだまだ、開催していきます。

1人会議。笑

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