直立猿人の日日平安

酒と泪と三船敏郎と阪神タイガース


テーマ:
生きている人の数だけ、人生がある。
どれひとつとして、同じ生き様はない。

だが、病気というものは、一応「同じ病名」が付けられる。
それでも、人に応じて症状や治療法は、みんな違う。
厳密に言えば、総合感冒薬など万人に効能効果がある方がおかしい。

昨年の東日本大震災で、
同じような病名の診断を下された方がいらっしゃると思うが、


自分は、『心的外傷後ストレス障害(PTSD)による心因反応』
というのに、父が亡くなってから発症して
治ったりまた悪化したり、と繰り返し、今年で17年になった。


何の予備知識もなく、たまたま病院を探して出会ったのが
当時、その医大の講師兼外来担当だった、現ヒエログリフ院長。

突然の父の死への打撃は、自分の予想を遙かに超えていて、
何の前触れもなく、普通に歩くことも出来なくなったり、
ついには、会話に障害を来すようにまでなった。
当然、睡眠障害や不安愁訴など、重い鬱状態でもあった。

それまで、何もなく毎日忙しく仕事に明け暮れていたというのに。

自分よりも連れ添いを急に失ってしまった母は、
その辛さを連日自分にぶつけた。感情の起伏が半端なものではなかった。
今も、母とは接触をしない。
「時」が戻り、また不安定な状態に陥る。ヒエログリフ院長も禁じている。

日常生活が送れなくなり、数回、入院した。
多くの患者さんが、それぞれの病気で苦しんでいた。


長い月日が経っても、ずっとこの状態とは付き合っていかねばならない。
完治はしないだろう。何度試みても駄目だった。

ハンデ、という表現が正しいか誤りかは別にして、
自分はその消せない過去のハンデを乗り越えて
人一倍仕事に打ち込み、人を大切にしようと心がけて

普通に、「あー、幸せだなぁ、頑張ったなぁ」と思える日々が欲しかった。

仕事にも戻り、
歩けるようになって、話せるようになって、

「よく頑張ったなぁ」と、数年前にヒエログリフ院長は言った。

突如そんなことを言われて、振り絞るように院長の前でむせび泣いた。


自分より大変な人生を歩んでいる人たちは、たくさんいる。

だから、自分はまだ恵まれているんだから、と
実に罰当たりな思考だが、自分はそう思わなくなってしまった。

それは、量れない。

冒頭の通り、その人その人の苦しみ・辛さが、現に存在する。

ああだと大変だね。
まだそれくらいなんだから、大丈夫。
などなど。

何と、当人の思いを軽視した考え方だろか、と思う。
下手な思い量りなどせず、その人が困って助けを求める時、
自分に出来る範囲のことをするしかない。それが最善のような気がする。


紆余曲折があって、また症状が悪化している。

歩行は何とか戻ったものの、会話が出来ない。
思ったことを、言葉にするまで時間がかかる、それならまだマシなのだが
発声が出来ず、人との直接対話は筆談になる。
メールというものが当たり前の世の中になって、便利だ。


眠れない日は、夜中に近所を歩く。

誰とも話す必要がないからいい。


いつか、元に戻るだろう。
ただ、またこの症状に悩まされる恐れは多分にある。

こんなループを自分はいつまで繰り返さねばならないのだろう。

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