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2005年03月05日

器(うつわ)か 品(しな)か

テーマ:預かった国を、少しでも良くして、次代へ
西武鉄道・堤会長逮捕!

このことに、思う。

不味いものを腹いっぱい食いたいか、

それとも、少しだが美味いものを食べたいのか。


「あの人は器がでかい」とか「部長の器じゃないんだよ」などと言うが、

大事なのは存外に、「器」だけでもない。

要は、器に入れる「中身」なのだ。

そこに入れる「人格」や「風格」や「品格」こそ、

「器」以上に大事な尺度ではないか。


器はでかいが下品な輩は、居る。

「器」が大きくても「品(ひん)」が悪くてはダメだ。

「器=容器(いれもの)」ではなく「中身=品(しなもの)」、

品性こそが問われる時代になりつつある。


会社も規模ではない。

小さくても真面目で誠実な会社もあれば、

大きな組織でも、

傲慢化した省庁、国営放送や民間企業も少なくないのだから。


もう、ボリュームで勝負する時代ではない。

まずは、品性があること、生地が誠実であること、これが大事だ。

ジャンクフードを山ほど出されても、いつまで食べても満たされない。

ほんとうに美味しい味わいのある食事がしたいのだ。

だって、そのほうが結局、体に良いのだから。無論、心にも。
2005年02月27日

だいじょうぶ..ですか?

テーマ:預かった国を、少しでも良くして、次代へ
とても達筆なのだが、文章が書けない。

大きく張りのある声なのだが、話ができない。

びっくりするほど国語力のない人って、実際にいます。


書かれている文章を読んでも、話を聴いていても、

肝心のニュアンスというものが伝わってこないんだなぁ..

気の毒なので、周りもあまり指摘しないしね、大人なんだし..


文章力や読解力は、本当に大事ですね~。

国語を侮ってはいけない。
2005年02月19日

尾を引かない、喧嘩をしよう!

テーマ:預かった国を、少しでも良くして、次代へ
やけん、言いたいことがあったら言わな。

言わな分からんめぇもん..

それで、どうこうなるわけじゃなかろうし、

お互いストレートに言いたいことは言おうぜ!

(博多ン者には、こげん言わんだっちゃ、向こうから言ってくるもんね!)



この国は、主張が足りない。

それぞれに違う人間が暮らしているのに、

意見の食い違いや衝突が無いはずが無いではないか。


食い違いを恐れるな。

衝突を嫌うな。

自分の想いと相手の考えと、

十二分に議論して、

気が済むまで主張して、

今を良くするために切磋琢磨して、

着地点を模索する時間は、

とても大事だ。


その点、

おそらく日本の中では、

もっとも古くから大陸と交流のあった九州は、

中国や韓国に似て

尾を引かない喧嘩が、上手な気がする。


言いたいことは言う。

それが終われば、きれいさっぱり。

この潔さがベースにあるけん、安心して喧嘩の出来ろうもん!
2004年12月29日

失敗が、生まれるとき

テーマ:預かった国を、少しでも良くして、次代へ
失敗をたくさんしてきた。

だから、失敗の「本質」みたいなことも、自分なりに解ってきた。


失敗は、いつ発生するか? ということ。

つまり、どの時点から「失敗」は「失敗」になるのか? ということ。

意外に認識不足だったのは、このこと、だった。


たとえば、道を歩いていたとしよう。

そして、なにかに躓いて転んだとしよう。

ここでは、実はまだ、失敗は生まれていない。

「あれ、こんなところに穴凹が。さては、こいつに足を取られたな」

「よく見ると、他にも草陰に、穴凹が。これは少し気をつけよう」

転んだ私は、「学習」して、「勉強になったわい」と思ったとします。

こうなると、ついに、失敗は生まれずじまい。


ところが、転んだ後で、通ってきた道を責め、

その道を教えてくれた人を罵り、

転んでしまった自分を大いに嘆き悲しみ悔いたとしましょう。

不幸な時間がだらだらと流れ、悪態をついているワタシに関わらないように、

周りの人は遠巻きに追い越していきます。

どれだけ嘆き悲しんでも、一向に救われないし、

通る誰ひとり、私のことを助けたい気持ちになりません。

あとは、不幸とワタシの根競べ、不幸せ競争が続くだけです。

いかにワタシが不幸なのか...

これこそ、「失敗」が生まれ、さらに大きく育っていく姿です。


転んだときには、まだ「失敗」じゃない。


「失敗」が生まれるかどうかは、その後のアクションに因るのです。



転ばないことばかり考えると仕舞に歩けなくなる。

それよりも、上手な転び方を身につけよう。

受身を覚えることで怪我も減り大きな技を試す自信も生まれるのだ。
2004年12月26日

手をつなぐように

テーマ:預かった国を、少しでも良くして、次代へ
「責任」という言葉、案外苦手じゃありませんか~?

でも、この言葉、そんなに怖がったり警戒しなくてもいいのかも...



responsibility(責任)

この言葉の語源は、respondereというラテン語で、

「応答する」ということのようだ。

さらに、response+ability というように、応答能力とも言える。

責任=応えること、なのだ。


こうしてみると、「責任」と対極にあるのは、「無視」だろう。

...無視は、さびしい。



現代の特徴的な現象なのかもしれないが、

「無視」という、ひとつの「反応の方法」を安易に選ぶのではなく、

もう少し関わりあって過ごす方が、健全ではあるまいか?


そこに対話が生まれることから、世界は広がりを見せる。

自らの世界が大きく開いていくことは、そのこと自体が、

生命力をもりもりと作りだし、のびやかに生い茂る頼もしい

一本の樹木の誕生となる。


互いが対話することで、生命の交流が生まれ、はたして

そこには、みずみずしい生命力を湛えた木々が森となって、

多くの命を宿す世界を創り出す。


「無視」ではなく「対話」を。

ひとりひとりの小さなresponsibilityの上に、楽園は創られる。

むずかしいことじゃない、それは手をつなぐように。
2004年12月19日

怒りの宛先を間違えるのは、恥ずかしい

テーマ:預かった国を、少しでも良くして、次代へ
あのさ、

人間は弱いから、どこかで感じた怒りとか鬱屈とかを

打ち返すときに、時々、まるで関係ない方向に打ち返してしまうよね..

文字通り、お門違いで、ストロークを返す相手じゃないところへ。


たとえば、仕事でイライラしたとしよう。

イライラした気持ちを持ち帰ってしまって、たまに家人に当たったり、

仕事先でのフラストレーションを、社内でぶちまけてみたり..


自戒をこめて、ここに書き記しておくんだけど、

どんな気持ちも、しかるべき処へ打ち返すべきだし、

それでないとゲームにならないよね。


あっ、ごめん。ボール、当たっちゃいました?
2004年12月17日

選択肢こそ、豊かさの証

テーマ:預かった国を、少しでも良くして、次代へ
一斉に、というのが苦手だ。

たぶん、一斉に、ということに面白味を感じないからだろう。

この国は、「一斉に」が好きだ、と感じることがある。

「一斉に」には、マジョリティーの論理で物事が決まっていく

無責任さと危うさがある。


その昔、良い中学校を目指した、良い高校に入るために、

良い大学に入るために、良い就職ができるように、

良い生活ができるように、良い..


この国の子供たちが「一斉に」という感じで、

同じところを目指して流れ込んでいく光景を見ていた。

「あの頃のみんな、良い生活はできてるかい?」


「一斉に」ということの不自然は、自然に触れれば自然に分かる。

自然界では、さまざまな生き物が、さまざまなバリエーションやデザインで、

みんな上手に生きている。

どれもが至芸のライフスタイルで、どれもが美しい。


「一斉に」が楽なのは、

「一斉に」を作り出している側にとってだけだ、ろうな。


たとえば、

「一斉に」明るく元気である必要なんか、ないぜ。

天気と一緒で気分も「気」、

やる気が起きないときも、ちょっと元気がでないときも、あるさ。


自分の内なるところから聴こえる声、

- しかし、その声は、きっと高いところから降りてきたものだろう -

その声に耳をすまして、気持ちの波をつかまえよう。


まずは、心の波が描く不思議な模様を眺めて、

その変化に富んだ微妙な美しさを楽しむんだ。

そこから、「一斉に」ではない、自分だけのラインがみつかる。


君の人生だ、

果てしないヴァリエイションから自由に選び取って行け!

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