遊んでしまおうか。

 

仕事は、それなりにけっこうやってるし。

 

役に立つことだけじゃ生きられない。

 

またそろそろ、遊んでしまおうか。

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<備忘録>


・絵に描くことで、演出はほぼ出来上がる。色、カタチ、音や時間設定も、決める作業。


・妄想する力。


・頼まれてもしないところまで提案する。


・表層に見えている事柄ではなく、その背景にある心の動きこそ重要。


・何かが補ってくれる。 この世を信頼する。 適当に何とかなっている。


・持って生まれた個性をすべて使い切って生きる。


・やる気 待ち。


・強気で、今を絶対的に肯定する。




あなたの伝えたいことを、あなたの伝えたい相手に、伝わるように伝える仕事。

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もしあなたが、だれかと出会って、強烈な何かを感じてしまったなら、


それはあなたが〝受け取った〟証拠です。


人は、人から〝受け取って〟しまうのです。


本や、映画や、音楽からも、でも一番人から、強烈に〝受け取って〟しまうのです。



人が熱い〝想い〟を語り、伝え、そんな気分になることは、ものすごい確率で、


同じように受け取ってみても、強いメッセージとして像を結ぶのは、限られた受像機だけ。



何億分の一の奇跡を起こしてしまった、発信機と受信機。


〝想い〟のバトンを受け継ぐことができた希少な人として、


次世代に大切なことを伝承伝播していくのです。



〝受け取った〟以上、きちんと情熱を燃やして次世代へつなぐ..


それこそが、生きるということなのです。



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仕事の交渉。

駆け引きなどなく

「はじめから、いいことばかりは言えないからね」と

条件や意見を

ズバズバ提示してくる。

悪びれず、爽やかで、気持ちいい。

博多ノリが通じる。


互いに知恵を出し合って

ひとつひとつクリアしていこう。

はじめてのことを創ろうと

しているのだから。
あなたは誰かに「ありがとう」「助かるよ」「よかった」と言われていますか?

この1週間、いや1ヵ月間、だれからか感謝の言葉や笑顔をもらえましたか?


組織人は意外と少ないのかも。

自由人は案外多いのかも。

いずれも個人なのだけれど。。


なにが大切か決めたとき、その人の人生の方向が決まります。

無理をせず、あなたのままにゆけばいいと思います。

ひいてはそれが、だれかを勇気づけたり慰めたり元気にしたり癒したりします。



今日が人生最後の日だとしたら、と考えて一日を過ごせ。と言われます。

だれかの役に立つことが難しい時代だから、できることを楽しんで過ごそう。

岡本太郎みたいな無邪気さが、人に力を与えるのです。

ゴキゲンでいこう♪ 感謝して楽しもう♪

今日は少し個人的なことを書きます。


僕らにとっては大きな金額のプレゼンを控えて


僕は明日の祝日も、土日も返上で企画書を描くつもりです。


今日も遅くなったんで馴染みの酒場を覗いた。



同じ九州の先輩格のママが一人で仕切る小料理屋だ。


ところが、病み上がりの彼女は早めに店を閉めたのか


今日は開いていなかった。



いつものことで、こんな場合は、また近所の知り合いの店に。


だいたいこの辺りなら、居酒屋行って 小料理屋でビールを一本開けて


男気のある大将の店で焼酎をくらい、最後はいつものバーで締めるくらいに


何軒もの店を知っているし、彼らには世話になっている。



今日は、カウンター一本の安い酒場に。


屋台と同じで面白いのは、こういう安い酒場で


案外大手の立派な人格者に出会うことだ。



今日は、居合わせた三人が三人とも


福岡の第三共進丸で飲んだことのある連中で、


しかもその時期も10年前くらいとほぼ同時期だった。


福岡のリトルリーグで鍛えた息子さんも、もう24歳。


下には双子の娘さんがいるという。


うちの娘と同い年だ。



聞けば、いろいろと味わい深い話が出てくる。


やはり、人の心に響くのは、ネット検索では知りえない


その人固有の体験談だ。



彼曰く。ひと もの かね くち。


または、まめ もの かね くち 、こそが


人を動かすのに必要な要素だという。


また、営業マンらしく、数字は人格 とも話しておられた。


長は、どの長も同じ。課長も社長も、一国の長として同じ、という意味合いのことも。



僕がセールスディビジョンに身を置くようになったせいか


こういう話を聴けると、ほんとうにありがたい。


いつか、僕も語れる人になりたいと、思った。

わたしは、あまりクラシック音楽の知識がないのですが、

母の影響もありオーケストラは何度も聴きにいきました。

福岡でも、他の町でも、異国でも。


そして、今気になっているのはメナハム・プレスラーという人です。

ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝した辻井伸行さんのドキュメンタリー番組の要所で

いくつかの分かり易い解説をしていたあのお爺さんです。

彼は、音楽だけでなく他の分野にも通じる普遍的な例え話をたくさんしていました。

世界的なピアニストが国際ピアノ・コンクールに集まって腕を競う中、全盲の日本人ピアニストが

グランプリを勝ち取るまでのドキュメンタリー番組でしたが、わたしが興味を持ったのは

何をもってして優劣を決めるかという価値基準でした。


これほどまでに多様な価値観がある現代においては、共有できるモノサシをもつことがとても重要です。

たとえば,電車の中で化粧をすることが、いけないことなのか余計なお世話なのか、など

現代は共有できる価値基準を持ちにくい時代だからです。

個人間のギャップから国家間のギャップまで、世の中はギャップに満ちており

それが諍いを生み出しています。


そこで、この世界的コンクールでは、どんな基準をもとに審査をしたのか、とても気になりました。

モノサシが変われば、当然評価も変わるのですから、尺度は重要です。


メナハム・プレスラーのコメントをはじめ、最終選考で競演したオーケストラの指揮者が言う言葉の中に、

その答えがあったと思います。それは、やはり他のすべての分野と同様にコミニュケーション能力だったと思います。

「ポルシェみたいに只々早いスピードでガシガシ弾きまくるのではなく、たとえポルシェといえども

止まるべきところではきちんと止まる、そんな演奏こそ素晴らしい。」とか、

「協奏曲は、どちらが偉いと言うことではなく、ともに対話しながらひとつの音楽を奏でて

作曲者の意図を表現することだ。ピアノとオーケストラのどちらかが主役になるというものではない。」


多様な価値観の人間が共生していくためには、コミニュケーション能力が重要だと再認識しました。

力の競争をしているうちは、やはりダメなのだと思います。


番組では、繊細な顔の表情に体全体のアクションを交えて、東欧のピアニストがファイナルを弾いていました。

時に苦しく切ない表情で、また次の展開では鋭い眼差しで睨むように挑発的に。。

陶酔しきったそのパフォーマンスは、典型的な孤高のピアニストタイプで、

競演していたオーケストラの指揮者は、なんとなくやりにくそうな顔をしているように

わたしには見えました。


美青年ピアニストの彼は、賞を取り逃がしてしまいます。

いずれにせよ、3週間にわたり多くの曲を弾き倒す感のあるこのコンクールは過酷です。

ですが、人によっては最小限のストレスで、それを楽しむように過ごすことができるのだと思います。

もちろん、すべてのファイナリスト6人全員と協奏するオーケストラメンバーの体力は尋常ではないと思います。

それでも、楽しめた演奏はあまり疲れないのだろうと想像します。


コミニュケーションの極意は、なんなんだろうなぁ。

わたしも上手に協奏したいと思います。

毎日が、なぜだか忙しい。


僕も、家内も、転がるように一日を過ごしている。


忙しさにかまけて、気付いているのに


ほったらかしのことが日々 積もっていき、そのストレスに疲弊してくる。



夏休みの家族旅行は、


こどもたちにとっては ぐん!と大きく成長するために欠かせない時間だし、


僕らにとっては疲れた日常から開放されて、もっかい力をゼロから充電するようなものなのだ。



飛行場までの道程や、離陸まで空港で過ごす時間も楽しいのだけれど、


やはり着陸して感じる空気感は その土地の最初の印象となる。


帯広は、さらっと乾いて気持ちよくひんやりしていて、


気持ちいい!が、第一印象になった。



北海道に来て、最初の食事は「かしわ」という名の食堂だ。


名前からは鶏料理を連想するかもしれないけれど、


もちろん名物の豚丼を。


旅先で出会う人が親切だと、俄然その町が好きになる。


最初の店から、この町が好きになった。


観光行政は、こんな側面から観光プロモーションを考えていくことが


結局、投資対効果的にも有意義な施策となるんでは?





競馬を楽しんだり、モール温泉の銭湯に浸かったりした後、



僕らが宿泊したのは一棟建てのヴィラだ。



ひろい敷地を贅沢に使って、敷地の一部である広大な牧場や木立や並木道を楽しめる。



ホテルの一室とは違って、部屋のひとつひとつが広々と気持ちいい。



地元の人たちも通うというレストラン棟でゆっくりと夕食を摂る。



たっぷりと食べてヴィラへ帰る小道を月明かりが照らす。






今回の旅行は、大手旅行社に部屋を供給するオオバコ施設と



こうして1日数組限定のヴィラを、交互に選びながら道東を旅した。



展望風呂付き温泉大浴場や、巨大な夕食会場での飽食バイキングも面白かったし、




巨大旅館をあまり経験していないこどもたちには新鮮で楽しかったようだ。



一方で、地元の食材を使って手間隙を掛けて作られたヴィラのテラスで食べる食事は、



夕食も 朝食も とても美味しくて贅沢な気分になった。








屈斜路湖から釧路川の源流をカヌーで下ったり、



オホーツク海の波打ち際で水遊びをしたり、



牧場で馬と戯れたり、ムックリの奏で方を教わったり、



ほんとうに楽しい時間は、システムで管理されたホテルでの時間ではなく



こうした体験だったり、人とのふれあいだったりする。





こうしたスモールトリップやスロートリップが、もっと求められる時代になるだろうから



大量送客するだけの旅行会社も、大量受入するだけの施設も厳しいなぁ、と思う。



お客様第一主義のホテルでも、お客様自体が変化していることに気付かなければ、



お客様第一からは遠のいてしまうのだ。






アイヌ語の名前のついた川に、たくさんの魚が群れ泳いでいる。



近くのパーキングに車を止めて、心行くまで遊んだ。



河口から広がる海岸でも存分に。



大型観光バスが橋を徐行しながら、僕らの遊ぶ川を見下ろしていく。



バスの窓越しに魚の群れを見下ろしながら、走り始めたバスの中の乗客たちの表情が一瞬ゆがむ。



きっと、もっと観たかったんだ。バスから降りて水に手をつけたかったのかもしれない。




水辺の遊びに満足して、ぼくらは次の場所へ。



水煙のようなマイナスイオンが心地よい大きな滝だ。



ぼくらが着いた頃、さっきのバスの乗客はひな壇に並んでいた。



たまたまパッケージ型の旅行で乗り合わせた他の乗客たちと旗を持ったバスガイドと一緒に、



カメラマンから「笑って!」「目をつぶらないで!」「もう少し左へ寄って!」「ハイ、いきますよ!」と



言われながら みんな一生懸命に笑おうとしていた。



「じゃあ、○○分に出発します。それまでにトイレは済ませておいてくださいね」



説明が終わると一斉にピクチャースポットへ急ぐ。まるで、スケジュールをこなしていくように



手際よく観光していく。



一行が立ち去った後も、ぼくらはゆっくりと涼を楽しんだ。







インターネットが発達して、ロングテール的に小さなツアー会社や現地オプショナルの会社が


ビジネスを展開している。



1日数組しか獲れないヴィラも、数組で成立するスモールビジネスを展開している。



大手の旅行会社やオオバコ施設は、どんなビジネスモデルを描けばいいのだろう?



各社が狙っているようにシニア層に向けて独自のサーヴィスを用意すること。



そして、旅+αの付加価値を、パッケージツアー自体に付帯させることだ。



もっと もっと 普通の目線が必要だ。



普通に暮らしている生活者が、テレビや雑誌やインターネットやカルチャースクールや塾では



決して味わうことのできないメニューを用意してこそ、こうした他業種の競合と渡り合える。



市場は、余暇という時間をいかに奪い合うか、だ。



ショッピングセンターやフィットネスジムやケーブルテレビや任天堂のWiiだって競合だ。



消費者インサイトのひとつを掴んで生まれた新たなビジネスモデルを



たまたまかつての旅行会社が始めるだけで、もう旅行マーケットといった


確固たる市場は無いのかもしれない。

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いくつも いくつも

何重もの層をなして

人の顔は自分さえ

出逢えていない一面がある。

どれもが素顔で

どれもが本当の自分。

見限ったら

いかんばい。

たかをくくったり

あきらめたり

決めつけたりせずに、

新しい自分という

鉱脈を掘り進まなくては。

あと1m掘り進んだら

問題を解決できる自分と

出逢えるかも知れない。

あなたは

目を凝らして

耳を澄まして

あきらめずに

掘り進むだけでいい。

あなたの眠れる力と出逢えるように、ね!