新しいバリューを世の中に問う仕事、
「新しさ」をリリースすることで小さな「HAPPY」を提供すること。
そんな仕事がしたくて毎日を過ごしています。
そろそろかな、という予感もあります。
ようやく な感じもしています。
やっと僕の番が来るのかもしれません。
「新しさ」を放ち、世の中をちょっとだけ「HAPPY」に。
夢のようなことだけれど、その緒につけるかもしれません。
Sly、僕も君のほうへ。
新しいバリューを世の中に問う仕事、
「新しさ」をリリースすることで小さな「HAPPY」を提供すること。
そんな仕事がしたくて毎日を過ごしています。
そろそろかな、という予感もあります。
ようやく な感じもしています。
やっと僕の番が来るのかもしれません。
「新しさ」を放ち、世の中をちょっとだけ「HAPPY」に。
夢のようなことだけれど、その緒につけるかもしれません。
Sly、僕も君のほうへ。
アルプスの少女ハイジ、
宮崎監督の世界観が最初に花開いた名作アニメです。
あの物語と同じ名前のスイス人歌手が歌うBack Togetherという曲が気に入っています。
大人になると
小さなことにはこだわらなくなって
だいたいよければそれでよい、というような
いい意味での大雑把さが身につきます。
若い頃のような神経質な正確さへのこだわりは
大勢に影響もなく馬鹿馬鹿しいと感じてしまいます。
ともすれば幼い連中にうっとうしさも感じます。
けれど、
自分のなかで 本当は「?」な事柄を
意見することが面倒だからと
「まぁ、それでもいいけど。。」と
小利口に呑み込んでしまうことをしていると
せっかくの種が自分の中で発芽せずに
知らぬ間に朽ちてしまうこともあるのです。
説得するのが面倒だとか
人と違う意見を言うことを億劫だとか
そんな小さなことで自分を丸めていては
自分の本当の力と出遭えないかもしれません。
人と違うから お互いに魅力を感じるし
人と同じようなあなたなら
あなたである必要もなくなってしまいます。
ちょっと変わっている、
「違い」という魅力。
差異そのものは違っていても
みんなだれしも持っているのが
異形の部分なのです。
その部分にこそ
光を当てて 磨きを掛けていくのが
本来的だと思います。
宮崎監督も 歌姫ハイジも
きっと ちょっと変わった
独特な個性が熟して
花開いたのだと思います。
思えば、僕らのカルチャーは
ラジオとマガジン(雑誌)と街角の小さな店から始まった。
そのどれもが とれも身近で 手の届く 手に負えるメディアだった。
皮肉にも、手のひら媒体をはじめとするインターネットに
ラジオも雑誌も食われてしまった。
身近なメディアからケータイ小説が生まれるように
リアルなインサイトをヒリヒリと感じている等身大のメディアからカルチャーは発信される。
多くのスポンサーが降りてしまった今、
昔よりも長尺のスポットを流しやすくなってきている。
アベレイジとまでいかなくとも
そこそこ長尺でドラマ仕立ての広告も可能だ。
アドバテーメントといわれる時代だから
ラジオドラマに織り込むようにして広告宣伝していくのも効果的だ。
ぼくは今でもラジオの可能性を強く信じているし
何十通りものラジオの使い方を思いついている。
クライアントに応じた効果的なラジオの活用の仕方なんて
その道の専門家ならもっと気付いているだろう。
あとは勇気だけなんだろうけどな。
昔は出来ていたんだ。
今だってきっとできるさ。
AIRを越えて AIRを伝って
つながっていくのがラジオなのだから。
子守唄を聞きながら 安らかな気持ちで眠りに落ちた頃、
寝苦しい熱帯夜の夕べに 高低のパートを合わせ歌った事、
唄は時間を連れてきます。
負けそうになったら、あの頃の唄を唇に点して。
もう唄えなくなってrしまった歌もあります。
心と体の調子が外れれば唄は もう歌えない。
年齢的にも もう二度と歌えない唄すら あるのです。
残された時間、吼えるように また交感するように歌いたい。
だから、ときどき唇に唄が上り
知らぬ間に口ずさんでいるのだと思います。
唄も 歌うことも ありがたいことに 好きなんです。
今の若い人たちにとって
80’sは古い時代なのかもしれないけど、
独特のカルチャーが花開いた独特の時代だったように思う。
レノンが撃たれて始まった1980年代を
象徴する出来事やヒト・モノを挙げてみる。
・山口百恵引退
・王貞治引退
・なるほどTHEワールド
・ET
・無印良品
・スターウォーズ
・NHK「シルクロード」放送開始
・東京ディズニーランド開園
・おれたちひょうきん族
・ファミコン発売
・ふぞろいの林檎たち
・風の谷のナウシカ
・カフェバー
・なんとなくクリスタル
・Dr.スランプアラレちゃん
・マイケルジャクソン
・ロス疑惑事件
・ロッキー
・ナメねこブーム
・アイドル全盛期
・「北の国から」放送開始
・金妻
・おニャン子クラブ
・イカ天
・フォーカス創刊
・となりのトトロ封切
・カールルイス
・グリコ森永事件
・日航ジャンボ墜落
・朝シャン
・写ルンです
・スーパードライ
・ベルリンの壁崩壊
・3年B組金八先生
・ドラゴンボール
・消費税スタート
・ワンレン、ボディコン
・ねるとん紅鯨団
・光GENJI
・東京ラブストーリー
・千代の富士
一言で言うと、
どんな時代だったんだろう?
僕にとっての80”sは
やっぱりユーミンかなぁ。。
素敵なサイトもご紹介しておきますね。
最近買ったムック本。
別冊太陽「金子みすゞ 生誕100周年記念」
発売当初にも気になっていたから、
ひょっとするとまた 本棚を探せば同じものが出てくるかもしれない。
昨日は、
岩波文庫ワイド版 「日本童謡集」 (与田準一編)
を購入。
この本、巻末に
JASRAC(日本音楽著作権協会)の印紙が貼ってある。
童謡という詩には
メロディが付いていることを
あらためて知る。
メロディを知っている有名なものもあれば
いったい どんな音階が当てられているのか
まったく不明のものも多い。
母が
童謡を口ずさむ人だったので
わりと多くの作品を知っていた。
書き出してみると...
北原白秋の
「雨」 「赤い鳥小鳥」 「揺り篭のうた」 「待ちぼうけ」
カニがウサギの耳を切る「あわて床屋」
傘を忘れた級友に蛇の目を貸す「アメフリ」
西條八十の
「かなりや」
浜辺に並んだ黒んぼをハゲタカがさらう
だぁれも知らない浜辺の話をうたった「九人の黒んぼ」
野口雨情の 「赤い靴」 「青い眼の人形」
短調のメロディラインで次々と犬が登場する「四丁目の犬」
日が暮れる かえりゃんせ とリフレインが印象的な「あの町この町」
ソソラ ソラ ソラ と調子のよい歌詞が並ぶ「兎のダンス」
~おてて つないで~♪ の「靴が鳴る」
~ぎんぎんぎらぎら~♪の「夕日」
なんかだ。
茶木滋の「馬」も
童謡らしく
だれにでも分かる平易な文章で書かれた童謡だ。
馬はだまって いくさに いった
馬はだまって 大砲 ひいた
馬はたおれた お国のために
それでも立とうと 足うごかした
兵隊さんが すぐ駆け寄った
それでも馬は もううごかない
馬は夢みた 田舎のことを
田んぼ耕す 夢見て死んだ
日本の童謡は、
ボブディランが唄ったような
プロテストソングだったのかもしれない
なんとなく そう思った。
昼過ぎから曇りだした空は
みるみる暗くなって
雷鳴とどろく春雷の天気となった。
遠くまで見渡せるオフィスの窓から
冬の夕暮れみたいに暗い空に
白く閃光が走るのを眺めながら
打ち合わせとも雑談ともとれそうな話をしていた。
これも
二度と巡って来ない春雷なんだなぁ。。
桜を見るときのような気持ちで
ドロリと生暖かい鉛のような空に
時々、バシャとフラッシュを焚くように
白い稲妻が走るのを見つめている。
きっと相手も、仕事の話をしながら頭の中では、
大きなグレーの画用紙を、子供が勢いよく破るように
光が天地にギザギザに走り、左右に引き裂かれた天空に
何か想っていたのかも知れない。
「春雷」を唄っていたのは、〝ふきのとう〟という
これまた春めいた名前のバンドだったように記憶している。
彼らも五十代半ばになる頃だろうか。。
それを引き継いで僕らは
どんな日本を作っていっているのだろう?
少なくとも自分の持ち場は僕が守らなくては、
そしてより良くして次へ渡さねば。。
そんな矜持が ふと頭をもたげた春の午後だった。
春だというのに
目覚めると庭に雪が積もって
うっすらと白い。
その香りを風に運ばせる
白い梅や 紅い梅が
ほころんでいる
この季節の気候は
とても微妙だ。
底冷えするような2月ではなく
さりとて汗ばむ日もある4月でもない。
やはり、「雪月花」は 3月のうた なのかもしれない。
そうだ、今夜は満月なのだった。
「雪月花」を聴くと、
わだかまっていた事柄が
なんだかちっぽけなことのように思えてきて
すぅーと肩の力が抜けて
気付くと やさしい気持ちになっているのです。
ユーミンは、いいなぁ。。
RKBの伝説的なラジオ番組「スマッシュイレブン」
明日に向かって撃て などの人気コーナーを
井上サトルというDJが楽しく盛り上げていく
まさに ラジオ全盛時代のAM番組。
当時のディレクターに見出されて
アンドレカンドレが出したレコードが
カンドレマンドレ。。
このアンドレさんは
後に井上陽水という名前で
フォーク界に君臨することになる。
彼の初期の作品に 野いちご がある。
なんてことない日常の風景を
ささやくみたいに優しく歌ったこの歌を
覚えたての 危なげな運指で
弾いていた頃を思い出した。
当時の彼が抱えていた想いを
野いちご という
ほんとに ちいさな 詩とメロディーにのせて
あの時代に そっと 配置した彼の
控えめな行為は
いまなお 静かな息遣いで
僕の耳元から離れないでいる。
強くはないけれど
静かな力を失わないままに
現代にも 当時のままの鮮度を保ちながら
ぷるんっと甘酸っぱい 野いちご。。
ときおり、口にしてみたくなる
そんな たいせつな 詩(うた)なのです。
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