空蝉

テーマ:

ニューファミリーと呼ばれる、児童幼児とその親をターゲットにして作られたのがこの遊園地で、


入り口のゲートサインには、チューリップの花びらを模したゲートサインが掲げられています。



その遊園地は夕暮れになると、


遠く博多湾の海抜けの風景となって夕陽に染まっていきました。


香椎辺りの駅で降車する人の波が去ると、


奈多を過ぎる頃には車内の空気が少しだけ緩むような


ゆったりとしたモードに変わります。




やはり初秋がいいのかもしれません。


蝉時雨がツクツクボーシの鳴き声に変わり、


季節は確実にうつろってゆきます。



かしいかえんに出掛けていた子供の時分には、


やれ玩具を買ってくれだの、綿菓子が食べたいだの、


欲しいものがたくさんありました。





和白を過ぎて、新宮も過ぎて..


白くて大きな提灯が飾られた古い海の町の家々、


大音量の蝉の音、ジリジリと照りつける日差し..


やがてホワイトノイズのような蝉時雨が聞こえなくなり、突如として訪れる無音の世界。


目の前の景色もすべて色の無い白い世界に。



ふと我に返ると、


もう電車は古賀ゴルフ場前へ。


子どもが忘れたのか、置き忘れられた虫網と虫かご。


緑色のプラスチック製の虫かごには、蝉の抜け殻がひとつ。


もう誰も乗っていない電車は、私だけを乗せて


廃線になったはずのレールの上を走っていました。







途方に暮れるほど、


取り返しのつかない時間が流れてしまい、


つくづく欲しかった様々なものたちも、すっかり色あせてしまっていました。


ツクヅクホシイ ツクヅクホシ ツクヅクホシイ ツクヅクホシ



もう欲しいものなど何も無くて、


ただ叶うならば、もう一度、西鉄電車に乗って海沿いの町を走ってみたい、そう思います。



AD

居水屋

テーマ:

NEWS




全国の名水が楽しめる飲食店が登場!


居酒屋ならぬ居水屋では、


日本国内はもとより、海外の軟水・硬水・ミネラルウォーターなども取り揃えて、


その地方の郷土料理と一緒に楽しめます。


1杯100円程度のものから、1杯千円近くするものまで水のメニューも様々。


1500円で呑み放題もあり。



若者のお酒離れや健康志向の高まりから、


水飲みBARも登場。


今や、水飲み場は全国的なブームになってきています。





AD

追憶

テーマ:

僕は、あの曲を知っている。


あの日、寒かったことや、


そっと手をつないだこと。


コーヒーショップで買ったスイーツとか、


靴の紐がほどけて電車を逃したことも。


僕があの曲を、知っている。




そういって、けっきょく君はいってしまった。

AD

うたたねカフェ

テーマ:

博多ホメホメ新聞-可.jpg
自殺の原因でもっとも多いのが
 
健康上の理由 とのことだが、
 
その内訳でもっとも多いのは
 
「うつ病」らしい。
 
そのうつ病と睡眠は密接な関係がある
 
とのことであるからして、
 
昨今の睡眠ブームはよい傾向だと受け止めている。
 
最近多く見受けられるようになった「睡眠カフェ」は画期的だ。
 
昼休みにカフェランチを摂り
 
お茶を飲んでから15分程度の昼寝をカフェでする
 
新しいライフスタイルだ。
 
比較的ゆったりと客席をとってあるカフェは
 
顔が隠れる程度のパラソルやキャノピーが各席に付いている。
 
客席を効率的にとった衝立カウンター形式のファストフード店も登場した。
 
ホテルで同様のサービスを始めたところもあれば、
 
大手高速バス会社のように
 
コクーン型の客席をもつバスそのもので
 
快眠市場を捉える企業も登場している。
 
健康と美容という不滅のマーケットも今ではここまで大きく広がりを見せてきている。
 

ワンピース

テーマ:

自分のことは、知らぬ間に封印している。


悲しいことや 悔しいこと、 恥ずかしいことや 情けないこと。。



いっぱい 不都合な真実が押し寄せてくるのが 生きてることだって理解っていても


ヒリヒリした心を殺して 亡くして 見ないふりをして 強がっていなきゃ


潰されそうで 怖くて。。



いつまでも逃げとおしたくて


結婚だってするつもりはなかった。


こんないい加減な自分が 情けない自分が 家族をもつことなんて 許されないような気がしていて。。



でも、今 ぼくの家族を持てたことを有難く思う。


自分の家族をもつこと、ちゃんと自分の群れをつくること、


うれしいことも つらいことも いっしょに感じられる仲間をつくれたこと、


情けないような 申し訳ないような気持ちにもなるけど


うれしいことも膨らむし 楽しかったね! って話せることだって有難いんだ。



仕事の帰りに きれいな夕陽を眺めながら 君にも見せたいな なんて思う自分も


あんがい好きなんだ。 ありがとう。



急ぐこともないし 勝つこともない 僕にとってのしあわせは


ひとにとっては 他愛のない ちっぽけなことかもしれないけど


ぼくたちにとって 素敵な時間なら それでいいんだ。



ぼくの時間を全うできたら それでいいし


あなたと その時間を 過ごしたいんだ。



ありがとう ありがとう だいすきなんだ。


きみのこと だいすきなんだ。



ぜんぶ ぜんぶ 必要なピースなんだ。


ぼく という 絵を完成させるのには


どのピースも必要なんだ。


かなしいことも みっともないことも。。



ぼくたちは おたがいの ワンピース なんだから。


 

魚神

テーマ:
博多ホメホメ新聞-100103_1127~0002.jpg

その昔、まだこの辺りが海だった頃に、

巨大な魚がおったそうな。

幾たびかの天変地異を経て

いつしか此処は陸地になったと。

魚神と畏れられた巨大な魚は

その後も地中を泳いどったそうな。

いつかまた大海原を跳ね飛びながら

大きな水しぶきをあげて

泳ぎ回りたいと願いながら。

陽の差すことのない地中で

泥を押し 土砂をわけ

光の差す水面を目指して

力の限り 泳いだそうな。

幾年も時間が経って

やがて村人は、

此処が海だったことも

巨大魚がいたことも

忘れ去ってしまった。


やがて、時代は移ろい

大きな地震が何度か訪れた。

数百年の月日を隔てた或る晴れた月夜に

大地を揺るがす地響きとともに

大きな岩が隆起した。

巨大魚の頭の部分が遂に地表に現れたのだ。

村人たちは、いにしえの言い伝えを目の当たりにしておののいた。

いつか満月の晩に

巨大魚が大地を裂いて現れる、という伝説が

今、起こったのだ。


それからというもの、

兜岩と崇められた巨石に願をかけにくる人が

引きも切らずに続いている。

諦めずにあがくことで、明日が開けると信じる人たちが

巨大魚の執念にあやかりに参拝に訪れた。


やがて時代は移ろい

しゃにむに頑張ることが

馬鹿らしく思えたり、

気恥ずかしくなったり、

愚かしいと感じてしまう風潮が

社会に広がった。

地上げした土地を転がすだけで

一夜にして大金を掴むものが大勢いた。

この辺りは、古くから

大陸との交流があった由緒ある土地だが

今や こんな田舎町さえ

ビジネスの標的にされる時代になった。


いろんな時代が去来するなか

今も兜岩は時代を見つめている。

住民手帳

テーマ:
博多ホメホメ新聞-090814_1607~0001.jpg

住民手帳の、ネットオークションでの売り買いが

急増している模様です。

少子化の影響を受けて

減少の一途をたどるマーケット、

すなはち住民の奪い合いが深刻です。


地方分権化が進んだこともあり、

各地方自治体では個性を活かした

街づくりが進んでいます。


福祉や教育、

またゴミ問題への配慮も含めて

住環境の充実などを競っています。

ゴミを不当廃棄する域外からの流入者を

取り締まるのはもちろん、

域内住民の快適な市民生活を守るために、

様々な取り組みが行われています。


例えば、海水浴場の海の家の使用料が

住民手帳を見せると半額になったり、

市内の駐車場料金が割引になるなどの

市民サービスが受けられます。

住民手帳がICカード化している自治体も増えており、

カードで市内循環バスなどの交通機関の割引適応を

受けることもできるようになってきています。


企業もシチズンカンパニーとして

コンプライアンスを遵守している優良企業には

税率などの優遇措置が取られます。

企業や住民を囲い込むために

市区町村を同士が提携す

thanks!

テーマ:

ピッ!


ターミナル駅の自動改札に携帯電話をかざすようにして次々と人が降りてくる。


若い女性の間では、腕時計みたいなタイプが流行っていて、それをかざしている人も何人もいた。


あらかじめチャージしておいたポイントそのものが乗車券なんだ。



一足先に着いていた僕も、入国する前にあらかじめポイントホルダーをレンタルしておいた。


チャージしてある20万サンクスで、これから数日楽しむつもりだ。



駅地下駐車場からレンタカーを借りて海沿いの町までハイウェイを行こう。


料金の精算はあとから乗った分だけ支払う。


1日何十万人が乗り降りするこの駅の床全体が発電装置になっていて、


その足踏み電力みたいなものと屋上のソーラーで充電完了したレンタカーが並んでいる。


僕が選んだのは黄色いカブリオレ。これで海ノ中道を走るんだ。



いいことに、このクルマにはダウンロードジャックが付いている。


ここにUSBを差し込んでワンセグ局からの音楽を聴きながらダウンロードもできてしまう。


帰国してからも聴くことができる。


ダウンロード代金は1曲1サンクスと手頃だ。


さっき駅で連絡を待っているときに、車椅子の少女が急いでいる風だったのでちょっと手伝ってあげたら


ありがとう って1サンクス送ってくれたんだ。


こっちはそんなつもりで手伝ったわけでもないけど、赤外線でピピッと送ってくれて


ニコッて微笑んで行ってしまった。



知人に頼まれて日曜学校のクリスマス劇のストーリーを脚本にしたら1万サンクスもくれたこともあった。


1万サンクスあれば旨い酒が買えるぞ。



ものすごいチャンネル数があるんだけど僕がいつも聴いているのはチャンネル70’sだ。


海沿いを走るときの爽快な気分とよく合うからね!


(でも、最初に掛かった曲は、blue swedeのウガジャガウガウガだったけど)


次の曲は、ドゥービーだった。 china grove 1973 を聴きながら加速していく。


ちょっと肌寒いくらいだけど、あのカティングのリズムに乗っていきたいんだ。



ジュニアボナーってロゴ、紺色じゃなかったっけ? グリーンなの?


飛び去っていく景色とともに次々と思いが浮かんでは次から次へとめまぐるしく移り変わる。


チャンネル70’s から次々と飛び込んでくるナンバー、うつろう景色。


懐かしい西戸崎だ。



このあたりまで駐車場はすべてチャージステーションになっている。


大半はソーラーシステムを利用している。


話は変わるが、日本海に大量発生するエチゼンクラゲを砂漠化対策に活用している国もあるらしい。


なんでも数千万サンクスの経済効果が見込まれているとのことだ。



夏休みの子どもたちにラジオ体操の世話をしたり、近所の公園を掃除したりしていれば


この辺に住んでいる人たちはすぐにサンクスを送ってくれる。


わずか1サンクスでも ピッ ピッ ピピッ! と、


あっという間に1日の食費分くらいのサンクスが貯まる。


高校生くらいの若者たちは、街中のゴミを拾ったり壊れたベンチを直したりして小遣いを貯めている。


なかには、クラブの運営費にでも充てるのか、数人で公衆トイレを掃除しているグループもみる。



目的の場所に着いたのでクルマをそこで返す。


音楽ソフトのダウンロードも含めて5000サンクスで足りた。


懐かしい友人と再会するんだ。二人で海岸を歩きながら、きっといろんな話をしよう。


なんせ、もうずいぶん会っていなかったから。


散歩がてら海岸に流れ着いたゴミを拾いながら、二人でいろんな話をするんだ。


1時間も歩けば大きなポリ袋が10袋くらいはすぐだ。


海岸に当間隔に配置されたゴミ箱に設置されたポリ袋を1枚ちぎって、


次のゴミ箱の間に袋いっぱいのゴミを集める。


それを10回繰り返す頃には、二人で夕食を楽しむ程度のサンクスが貯まっているはずだ。



着いたよ、と連絡してからまもなく現れた彼女は少し歳を取った。


友達のお母さんが編んでくれたというカーディガンを5000サンクスでもらったらしい。


これから僕たちは25年分の話をしなくちゃ。


ドキドキも ワクワクもしない。 でも、とてもやさしい気持ちになっている自分がわかるんだ。


この気持ちは、何億万サンクスにも代えられない。



風が吹く。


海岸に寄せてはかえす波、


心地よい波音、


暑過ぎない日差し、


僕は心の中で呟いた、


thanks!

夏の朝

テーマ:
のろのろとした太陽がようやく沈むと

定かになりかけた感覚のはじから聞こえてくる低い口笛のような闇が訪れた。

血中のニコチンとアルコールが不足して

あやうく死にそうになる頃に

絶妙のタイミングで

夜はやってくる。



おんなこどもが深い眠りにつく夜

昼の間の未練が

かなしく くだらない 夜の宴を 始めるのだ。



映すものを失ったテレビを観る者はなく

耳と皮膚の感覚だけを澄ましながら

泉の場所を求めてさまよう夜。

朝陽が瞼を開く前に

泉の水で洗い流さなければ

それは古傷となって

うぉーん うぉーん と疼き

夢や 希望や 明日までも

奪い去ってしまうから。



うぉーん うぉーん と

体の奥深くに響く疼きに

うなされながら そっと瞼を開くと

忌々しい夏の太陽が

明るく 元気な 朝を連れて

容赦なく照り輝いていた。



脱力

テーマ:

腕を


ぶら下げるんだ。


腰から半分に体を折って


ずた袋に入った


ワインととうもろこしとひきがえるを


袋の中で攪拌するみたいに


上半身に溜まった体液に浮かぶそれらをイメージして


ゆする ゆする からだ からだ 。。。



脳みそなんて


いちばん要らない。


筋肉なんて


必要ない。


からだという重みから


からだの自重から


いかに開放されるか



ぼくらが問題にしていたはずの


自由とか


思想とか


イデオロギーとか


自己否定とか


人間疎外とか。。。



なんだったんだろうという昨日は


いつの時代にもあるのだから


恥じることはない。


えばることもない。



あたかも


雪解けの頃に


バサリッと


枝を鳴らして


雪の塊が滑り落ちるように


いかにも自然に


いかにも当たり前に


命を燃やして


命を燃やし尽くせば


いいだけのことだろう。



重力には逆らえないし


重力に従うことこそ美しいのだ。


自重の情けなさと


自らの重みの確かさを


誇るように 恥じるように


堕ちてゆけ!